白金之絵図

2話 白金之絵図(2)

7,189字 約14分 2007年3月9日 公開

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相違(ちがい)ない、これじゃ。」

 あの怪しげな烏瓜を、坂の上の(やぶ)から提灯、逆上(のぼ)せるほどな日向(ひなた)に突出す、()せた頬の片靨(かたえくぼ)は気味が悪い。

 そこで、坂を下りるのかと思うと、違った。……老人は、すぐに身体(からだ)ごと、ぐるりと下駄を返して、元の塀についてまた戻る……さては先日、極暑の折を上ったというこの坂で、心当りを(たしか)めたものであろう。とすると、(ねらい)をつけつつ、こそこそと退()いてござったあの町中(まちなか)の出窓などが、老人の目的(めあて)ではないか。

 (うち)に、眉のあとの美しい、色白なのが居ようも知れぬ。

 それ、うそうそとまた参った……一度屈腰(かがみごし)になって、(そっ)と火薬庫の方へ通抜けて、隣邸の冠木門(かぶきもん)(のぞ)く梅ヶ枝の影に(すが)って(とま)ると、(くだん)の出窓に、鼻の下を(のば)して立ったが、眉をくしゃくしゃと目を(ねむ)って、首を振って、とぼとぼと引返して、さあらぬ垣越。百日紅(さるすべり)燃残(もえのこ)りを、真向(まっこう)に仰いで、日影を吸うと、出損なった(くさめ)をウッと吸って、扇子の隙なく袖を(おさ)える。

 そのまま、立直って、徐々(そろそろ)と、も一度戻って、五段ばかり石を()いた小高い格子戸の前を行過ぎた。が(どぶ)はなしに柵を一小間(ひとこま)、ここに南天の実が赤く、根にさふらんの花が(ぷん)と薫るのと並んで、その出窓があって、窓硝子(まどがらす)の上へ真白(まっしろ)に塗った(かね)の格子、まだ色づかない、(つた)の葉が桟に縋って(ひさし)()う。

 思わず、そこへ、日向にのぼせた赤い顔の皺面(しわづら)で、鼻筋の通ったのを、まともに、(のし)かかって、ハタと()ける、と、(さっ)と映るは真紅の肱附(ひじつき)牡丹(ぼたん)たちまち驚いて(ひるがえ)れば、花弁(はなびら)から、はっと分れて、向うへ飛んだは蝴蝶(ちょうちょう)のような白い顔、襟の浅葱(あさぎ)()れたのも、空が映って美しい。

 老人転倒せまい事か。――やあ、緑青色の夥間(なかま)()じよ、染殿(そめどの)御后(おんきさい)垣間(かいま)見た、天狗(てんぐ)が通力を失って、羽の折れた(とび)となって都大路にふたふたと羽搏(はう)ったごとく……(あわただ)しい()げ方して、通用門から、どたりと廻る。とやっとそこで、(ほっ)と息。

 ちょうどその時、通用門にひったりと附着(くッつ)いて、後背(うしろ)むきに立った男が二人居た。一人は、小倉(こくら)(はかま)(かすり)衣服(きもの)、羽織を着ず。一人は霜降(しもふり)の背広を着たのが、ふり向いて同じように、じろりと此方(こなた)を見たばかり。道端(みちばた)の事、とあえて(こころ)にも留めない様子で、同じように(つま)さきを刻んでいると、空の鵄が暗号(あいず)でもしたらしい、一枚びらき馬蹄形(ばていがた)の重い()が、長閑(のどか)な小春に、ズンと響くと、がらがらぎいと鎖で()いて、二人を、(うち)へ吸って、ずーんと閉った。

 保険か何ぞの勧誘員が、紹介人と一所に来たらしい風采(ふうつき)なのを、さも恋路ででもあるように、老人感に堪えた顔色(かおつき)で、

「ああああ、うまうまと入ったわ――女の学校じゃと云うに。いや、この構えは、さながら二の丸の御守殿とあるものを、さりとては(うらやま)しい。じゃが、女に逢うには服礼(あれ)利益(まし)かい。袴に、洋服よ。」

 と気が付いた……ものらしい……で、懐中(ふところ)(あご)で見当をつけながら、まずその古めかしい洋傘(こうもり)を向うの亜鉛塀(トタンべい)(おし)つけようとして、べたりと(ぬり)くった楽書(らくがき)を読む。

「何じゃ――(八百半(やおはん)の料理はまずいまずい、)はあ、可厭(いや)な事を云う、……まるで(わし)面当(つらあて)じゃ。」

 ふと眉を(しか)めた、口許が、きりりと(しま)って、次なるを、も一つ読む。

「――(小森屋の酒は上等。)ふんふん、ああたのもしい。何じゃ、(但し半分は水。)……と、はてな……?

 勘助のがんもどきは割にうまいぞ――むむむむ割にうまいか、これは大沼勘六が事じゃ。」と云った。

 ここに老人が(つぶや)いた、大沼勘六、その名を聞け、彼は名取(なとり)の狂言師、鷺流(さぎりゅう)当代の家元である。

       七

「料理が、まずくて、(がん)もどきがうまい、……と云うか。人も違うて、芸にこそよれ、じゃが、成程まずいか、ははっ。」

 溜息を深うして、

「ややまた、べらぼうとある……はあ、いかさま、この(――)長いのが、べら棒と云うものか。」

 あたかも、差置いた洋傘(こうもり)の柄につながった、消炭(けしずみ)()いた棒を(なが)めて、虚気(うつけ)に、きょとんとする処へ、坂の上なる小藪(こやぶ)の前へ、きりきりと舞って出て、老人の姿を見ると、ドンと下りざまに(おおき)破靴(やぶれぐつ)ぐるみ自転車をずるずると()いて寄ったは、横びしゃげて色の青い、猿眼(さるまなこ)の中小僧。

「やい!」と唐突(だしぬけ)怒鳴付(どなりつ)けた。

 と、ひょろりとする老人の鼻の先へ、泥を(つか)んだような握拳(げんこ)を、ぬっと出して、

「こン(じじ)い、(てめえ)だな、楽書をしやがるのは、八百半の料理がまずいとは何だ、やい。」

「これは早や思いも寄りませぬ。が、何かの、この八百半と云うのは、お身の身内かの。」

「そうよ、まずい八百半の番頭だい、こン爺い。」

 と評判の悪垂(あくたれ)が、いいざまに、ひょいと歯を()いて(つば)を吐くと、べッとりと袖へ。これが熨斗目(のしめ)ともありそうな、柔和な人品穏かに、

(わし)は楽書はせぬけれどの、まずいと云うのを決して怒るな、これ、まずければ、私と親類じゃでのう。」

「何だ、まずいのが親類だ――ええ、畜生!」と云った。が、老人の事ではない。前生(ぜんしょう)(あだ)が犬になって、あとをつけて追って来た、(つら)の長い白斑(しろぶち)で、やにわに胴を地に()って、尻尾を巻いて()えかかる。

「畜生、(しッ)……畜生。」と(こぶし)揮廻(ふりまわ)すのが棄鞭(すてむち)で、把手(ハンドル)にしがみついて、さすがの悪垂真俯向(まうつむ)けになって邸町へ敗走に及ぶのを、斑犬(ぶち)は波を打って(さっ)と追った。

 老人は、手拭で引摺って袖を拭きつつ、見送って、

「……緑樹影沈んでは(うお)樹に上る景色あり、月海上に(うか)んでは兎も波を走るか、……いやいや、面白い事はない。」

 で、羽織を出して着たのであった。

 頸窪(ぼんのくぼ)胡摩塩斑(ごましおまだら)で、赤禿()げに額の抜けた、(つら)に、てらてらと(つや)があって、でっぷりと肥った、が、小鼻の(しわ)のだらりと深い。引捻(ひんねじ)れた唇の、五十余りの大柄な(おとこ)が、酒焼(さけやけ)の胸を露出(あらわ)に、べろりと兵児帯(へこおび)。琉球(まが)いの羽織を()たが、(ひっ)かけざまに出て来たか、羽織のその襟が折れず、肩をだらしなく両方を懐手(ふところで)で、ぎくり、と曲角から(にら)んで出た、(これこれ、いやさ、これ。)が、これなのである。

「何ぞ、老人に用の儀でも。」

 と慇懃(いんぎん)に会釈する。

 赭顔(あからがお)は、でっぷりとした頬を張って、

「いやさ、用とはこっちから云う事じゃろうが、うう御老人。」と重く云う。

貴方(あなた)は?」

「いやさ、名を聞くなら其許(そこもと)からと云う処だが、何も面倒だ。俺は小室(こむろ)と云う、むむ小室と云う、この(あたり)の家主なり、差配なりだ。それがどうしたと言いたい。

 ねえ、老人。

 いやさ、貴公、貴公先刻(さっき)から、この町内を北から南へ行ったり来たり、のそのそ歩行(ある)いたり、(うかが)ったり、何ぞ、用かと云うのだ。な、それだに因ってだ。」

 もの云う頬がだぶだぶとする。

「されば……」

「いやさ、さればじゃなかろう。裏へ入れば、こまごまとした貸家もある、それはある。が、表のこの町内は、(おれ)(とこ)と、あと二三軒、しかも大々とした邸だ。一遍通り門札(かどふだ)を見ても分る。いやさ、猫でも、犬でも分る。

 一体、何家(どこ)を捜す? いやさ捜さずともだが、仮にだ。いやさ、(しち)くどう云う事はない、何で俺が門を(うかご)うた。唐突(だしぬけ)に窓を(のぞ)いたんだい。」

 すっと出て、

「さては……」

「何が(さては。)だい。」

 と()んでいた小楊枝(こようじ)を、そッぽう向いて、フッと地へ吐く。

       八

 老人は膝に扇子(おおぎ)(うやうや)しく腰を(かが)め、

「これは御大人(ごたいじん)、お初に御意を得ます、……何とも何とも、御無礼の段は改めて御詫(おわび)をします。

 さて、つかん事を伺いまするが、さて、貴方(あなた)に、お一方、お娘御がおいでなさりはせまいか。」

 と、思込んだ(さま)して言った。

「娘……ああ、女のかね。」

 唐突(だしぬけ)(よそ)(うち)の秘蔵を聞くは、此奴(こいつ)()しからずの口吻(くちぶり)、半ば(あざ)けって、はぐらかす。

 いよいよ真顔で、

「されば、おあねえ様であらっしゃります。」

「姉だか、妹だか、一人居ます。一人娘だよ。いやさ、大事な娘だよ。」

「ははっ、御道理(ごもっとも)千万な儀で。」

「それが、どうしたと云うんですえ。」と、余り老人の慇懃さに、膨れた頬を手で(おさ)えた。

(てまえ)、取って六十七歳、ええ、この年故に、この年なれば御免を(こうむ)る。が、それにしても汗が出ます。」

 と額を(ぬぐ)って、(しわぶき)をした……

「何とぞいたして御大人、貴方の思召(おぼしめし)をもちまして、お娘御、おあねえ様に、でござる、ちょっと、御意を得ますわけには相成りませぬか。」

「ふん、娘にかい。」

「何とも。」

「変だねえ、娘に用があるなら俺に言え、と云うのだが、それは別だ。いやあえて怪しい御仁とも見受けはせんが、まあね、この陽気だから落着くが()うござす。一体、何の用なんだい。」

「いや、それに就いて罷出(まかりで)ました……無面目に、お家を(うかが)い、御叱(おしかり)を蒙ったで、恐縮いたすにつけても、前後申後(もうしおく)れましてござるが、老人は下谷御徒士町(おかちまち)に借宅します、萩原与五郎と申して未熟な狂言師でござる。」と名告(なの)る。

「ははあ、茶番かね。」と言った。

 しかり、茶番である。が、ここに名告るは(おし)かりし。与五郎老人は、野雪(やせつ)と号して、鷺流名誉の耆宿(きしゅく)なのである。

「おお、父上(おとうさん)、こんな処に。」

「お町か、何だ。」

 と(あか)ら顔の家主が云った。

 小春の雲の、あの青鳶(あおとび)も、この人のために方角(むき)を替えよ。姿も風采(なり)も鶴に似て、清楚(せいそ)と、端正を兼備えた。襟の浅葱(あさぎ)と、薄紅梅。(まぶた)もほんのりと日南(ひなた)の面影。

 手にした帽子の中山高(ちゅうやまたか)を、家主の袖に差寄せながら、

「帽子をお(かぶ)んなさいましッて、お母さんが。……裏へ見廻りにいらしったかと思ったんです。」

 と、見迎えて一足退()いて、亜鉛塀(トタンべい)に背の附くまで、ほとんど固くなった与五郎は、たちまち得も言われない嬉しげな、まぶしらしい、そして懐しそうな顔をして、

「や、や、や、貴女(あなた)、貴女じゃった、貴女。」と袖を開き、胸を()いて、(すが)りもつかんず、しかも押戴(おしいただ)かんず風情である。

 (うたがい)と、驚きに、浅葱が(こまか)く、揺るるがごとく、父の家主の袖を覗いて、《みは》った瞳は玲瓏(れいろう)として(すず)しい。

 家主は、かたいやつを、誇らしげにスポンと(かむ)って、腕組をずばりとしながら、

「何かい、……この老人(とりより)を、お町、お前知っとるかい。」

「はい。」

 と云うのが含み声、優しく(さわやか)に聞えたが、ちと覚束(おぼつか)なさそうな(ひびき)(こも)った。

「ああ、しばらく、一旦の御見、路傍(みちばた)老耄(おいぼれ)です。令嬢(おあねえさま)、お見忘れは道理(もっとも)じゃ。もし、これ、この夏、八月の下旬、彼これ八ツ下り四時頃と覚えます。この邸町、御宅の処で、迷いに迷いました、路を尋ねて、お優しく御懇(ごねんごろ)に、貴女にお導きを頂いた老耄でござるわよ。」

 と、家主の前も忘れたか、気味の悪いほど莞爾々々(にこにこ)する。

「の、令嬢(おあねえさま)。」

「ああ、存じております。」

 鶴は(すそ)まで、素足の白さ、水のような青い端緒(はなお)

       九

「貴女はその時、お隣家(となり)か、その先か、門に梅の樹の有る(やかた)の前に、彼家(あすこ)乳母(ばあや)と見えました、円髷(まるまげ)に結うた(おんな)の、嬰坊(あかんぼ)を抱いたと一所に、垣根に立ってござって……」

 と老人は手真似して、

「ちょうちちょうちあわわ、と云うてな、その()をあやして、お色の白い、手を(たた)いておいでなさる。処へ、空車(からぐるま)()かせて老人、車夫めに、何と、ぶつぶつ小言を云われながら迷うて参った。

 尋ねる(うち)が、余り知れないで、既に車夫にも見離されました。足を曳いて、雷神坂と承る、あれなる坂をば(あえ)ぎましてな。

 一旦、この(あたり)も捜したなれども、かつて知れず、早や目もくらみ、心も弱果(よわりは)てました。処へ、煙硝庫(えんしょうぐら)の上と思うに、夕立模様の雲は出ます。東西も(わきま)えぬこの荒野(あれの)とも存ずる空に、また、あの怪鳥(けちょう)の鳶の無気味さ。早や、既に立窘(たちすく)みにもなりましょうず処――令嬢(おあねえさま)お姿を見掛けましたわ。

 さて、地獄で天女とも思いながら、年は取っても見ず知らぬ御婦人には左右(そう)のうはものを申し(にく)い。なれども、いたいけに()をあやしてござる。お優しさにつけ、ずかずかと立寄りまして、慮外ながら伺いましたじゃ。

 が、御存じない。いやこれは()もそう、深窓に姫御前(ひめごぜ)とあろうお人の、他所(よそ)の番地をずがずがお弁別(わきまえ)のないはその(はず)よ。

 硫黄(いおう)が島の僧都(そうず)一人、(すが)(ともづな)切れまして、胸も苦しゅうなりましたに、貴女(あなた)、その時、フトお思いつきなされまして、いやとよ、一段の事とて、のう。

 御妙齢(としごろ)なが見得もなし。世帯崩しに、はらはらとお急ぎなされ、それ、御家の格子をすっと入って、その時じゃ――その時覚えました、あれなる出窓じゃ――

 何と、その出窓の下に……令嬢(おあねえさま)、お机などござって、(かたえ)の本箱、お手文庫の中などより、お持出でと存じられます。寺、(やしろ)()を塗り、番地に数の字を()いた、これが白金(しろかね)の地図でと、おおせで、老人の前でお手に取って(ひら)いて下され、尋ねます(うち)を、あれか、これかと、いやこの目の(うと)いを思遣(おもいや)って、御自分に御精魂な、須弥磐石(しゅみばんじゃく)のたとえに申す、芥子粒(けしつぶ)ほどな黒い字を、爪紅(つまべに)の先にお拾い下され、その清らかな目にお読みなさって……その……解りました時の嬉しさ。

 御心の優しさ、御教えの尊さ、お智慧(ちえ)の見事さ、お姿の《ろう》たい事。

 二度目には雷神坂を、しゃ、雲に乗って飛ぶように、車の上から、見晴しの景色を(なが)めながら、口の(うち)に小唄謡うて、高砂(たかさご)で下りました、ははっ。」

 と、(しゃが)むと、扇子を前半(まえはん)に帯にさして、両手を膝へ、土下座もしたそうに腰を折って、

「さて、その時の御深切、老人心魂に徹しまして、寝食ともに忘れませぬ。千万(かたじけの)う存じまするぞ。」

「まあ。」

 と娘は、またたきもしなかった目を、まつげ深く()と見伏せる。

 この狂人(きちがい)は、突飛ばされず、打てもせず、あしらいかねた顔色(がんしょく)で、家主は不承々々に中山高の(ひさし)を、堅いから、こつんこつんこつんと(はじ)く。

「解りました、何、そのくらいな事を。いやさ、しかし、早い話が、お前さん、ああ、何とか云った、与五郎さんかね。その狂言師のお前さんが、内の娘に三光町の地図で道を教えてもらったとこう云うのだ。」

「で、その道を教えて下さったに……就きまして、」

「まあさ、……いやさ、分ったよ。早い話が、その礼を言いに来たんだ、礼を。……何さ、それにも及ぶまいに、下谷御徒士町、遠方だ、御苦労です。早い話が、わざわざおいでなすったんで、茶でも進ぜたい、進ぜたい、が、早い話が、家内に取込みがある、(さい)が煩うとる。」

「いや、まことに、それは……」

「まあさ、余りお饒舌(しゃべり)なさらんが()い。ね、だによって、お構いも申されぬ。で、お引取なさい、これで失礼しよう。」

「あ、もし。さて、また。」

「何だ、また(さて。)さて、(また。)かい。」

       十

 与五郎は、早や懐手をぶりりと(ゆす)って行こうとする、家主に、(すが)るがごとく手を指して、

「さて……や、これはまたお耳障り。いや就きまして……令嬢(おあねえさま)に折入ってお願いの儀が有りまして、幾重にも御遠慮は申しながら、辛抱に堪えかねて罷出(まかりで)ました。

 次第(わけ)と申すは、余の事、別儀でもござりませぬ。

 老人、あの当時、……されば後月(あとつき)、九月の上旬。上野辺のある舞台において、初番に間狂言(あいきょうげん)那須(なす)(かたり)。本役には釣狐(つりぎつね)のシテ、白蔵主(はくぞうす)を致しまする(はず)。……で、これは、当流においても許しもの、易からぬ重い芸でありましての、われら同志においても、一代の間に指を折るほども相勤めませぬ。

 近頃、お能の方は旭影(あさひかげ)、輝く(いきおい)(なさけ)なや残念なこの狂言は、役人(やくしゃ)も白日の星でござって、やがて日も入り暗夜(やみよ)の始末。しかるに思召しの深い方がござって、(ひと)舞台、われらのためにお世話なさって、別しては老人にその釣狐(つかまつ)れの御意じゃ。仕るは狐の(ばけ)、なれども日頃の鬱懐(うっかい)を開いて、思うままに舞台に立ちます、熊が穴を出ました意気込、雲雀(ひばり)ではなけれども(にじ)を取って引く(いきおい)での……」

 と口とは反対(うらはら)(しお)れた顔して、娘の方に目を()って、

貴女(あなた)に道を尋ねました、あの日も、実は、そのお肝入り下さるお邸へ、打合せ申したい事があって罷出る処でござったよ。

 時に、後月(あとつき)のその舞台は、ちょっと清書にいたし、方々(かたがた)の御内見に入れますので、世間晴れての勤めは、(あらた)めて(きたる)霜月の初旬(はじめ)、さるその日本の舞台に立つ(はず)でござる。が、(つるぎ)も玉も下磨きこそ大事、やがては一拭いかけまするだけの事。先月の勤めに一方ならず苦労いたし、外を歩行(ある)くも、から(ずね)を踏んでとぼつきます……と申すが、早や三十年近う過ぎました、老人が四十代、ただ一度、芝の舞台で、この釣狐の一役を、その時は家元、先代の名人がアドの猟人(かりゅうど)をば附合うてくれられた。それより中絶をしていますに因って、手馴(てな)れねば覚束(おぼつか)ない、……この与五郎が、さて覚束のうては、余はいずれも若い(じん)、まだ小児(こども)でござる。

 折からにつけ忘れませぬは、亡き師匠、かつは昔勤めました舞台の可懐(なつかし)さに、あの日、その邸の用も首尾すまいて、芝の公園に参って、もみじ山のあたりを俳徊(はいかい)いたし、何とも涙に暮れました。帰りがけに、大門前の蕎麦屋(そばや)で一酌傾け、思いの外の酔心(よいごころ)に、フト思出しましたは、老人一(にん)(めい)がござる。

 これが海軍の軍人に縁付いて、近頃相州の逗子(ずし)()ります。至って心の優しい婦人で、(あたら)しい刺身を進じょう、海の月を見に来い、と音信(おとずれ)のたびに云うてくれます。この時と、一段思付いて、遠くもござらぬ、新橋駅から乗りました。が、夏の()は短うて、最早や十時。この汽車は大船が乗換えでありましての、もっとも両三度は存じております。鎌倉、横須賀は、勤めにも参った事です――

 時に、乗込みましたのが、二等と云う縹色(はなだいろ)の濁った天鵝絨(びろうど)仕立、ずっと奥深い長い部屋で、何とやら陰気での、人も沢山(たんと)は見えませいで、この方、乗りました(みぎり)には、早や新聞を顔に乗せて、長々と寝た人も見えました。

 入口の片隅に、フト(あかり)の暗い影に、背屈(せくぐ)まった和尚がござる! 鼠色の長頭巾(もっそう)、ト二尺ばかり()を長う、肩にすんなりと(たれ)(さば)いて、墨染の法衣(ころも)の袖を胸で()いて、寂寞(じゃくまく)として(うずくま)った姿を見ました……

 何心もありませぬ。老人、その前を通って、ずっとの片端、和尚どのと同じ側の向うの隅で、腰を落しつけて、何か、のかぬ中の老和尚、死なば後前(あとさき)冥土(めいど)の路の松並木では、遠い処に、影も、顔も見合おうず、と振向いて見まするとの……」

 娘は浅葱(あさぎ)の清らかな襟を合す。

 父爺(おやじ)の家主は、棄てた楊枝(ようじ)を惜しそうに、チョッと歯ぜせりをしながら、あとを探して、時々(つば)吐く。

       十一

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