白金之絵図

3話 白金之絵図(3)

6,929字 約14分 2007年3月9日 公開

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「早や遠い彼方(あなた)に、右の和尚どの、形朦朧(もうろう)として、灰をば(つか)ねたように見えました処、汽車が、ぐらぐらと揺れ出すにつけて、吹散った(てい)になって消えました、と申すが、怪しいでは決してござらぬ。居所が離れ陰気な部屋の深いせいで、また(さびし)い汽車でござったのでの。

 さて、品川も大森も、海も(はた)()い月夜じゃ。ざんざと鳴るわの。(あし)の葉のよい女郎(じょろうし)口吟(くちずさ)む心持、一段のうちに、風はそよそよと吹く……老人、昼間息せいて、もっての外草臥(くたび)れた処へ酔がとろりと出ました。寝るともなしに、うとうととしたと思えば、さて早や、ぐっすりと寝込んだて。

 大船、おおふなと申す……驚破(すわ)や乗越す、京へ上るわ、と(あわただ)しゅう帯を直し、棚の包を引抱(ひんだ)いて、洋傘(こうもり)取るが据眼(すえまなこ)、きょろついて戸を出ました。月は晃々(こうこう)と露もある、停車場のたたきを歩行(ある)くのが、人におくれて我一人……

 ひとつ映りまする我が影を、や、これ狐にもなれ、と思う心に連立って、あの、屋根のある階子(はしご)を上る、中空(なかぞら)()けた高い空橋(からはし)を渡り掛ける、とな、令嬢(おあねえさま)、さて、ここじゃ。

 橋がかりを、四五(けん)がほど前へ立って、コトコトと()くのが、以前の和尚。()せに痩せた干瓢(かんぴょう)、ひょろりとある、脊丈のまた高いのが、かの墨染の法衣(ころも)(もすそ)を長く、しょびしょびとうしろに()いて、前かがみの、すぼけた肩、長頭巾(もっそう)を重げに、まるで影法師のように、ふわりふわりと見えます。」

 と云うとふとそこへ、語るものが口から吐いた、鉄拐(てっかい)のごとき魍魎(もうりょう)が土塀に映った、……それは老人の影であった。

「や、これはそも、老人(わし)(たま)の抜出した形かと思うたです、――誰も居ませぬ、中有(ちゅうう)の橋でな。

 しかる処、前途(ゆくて)の段をば、ぼくぼくと靴穿(くつばき)(あが)って来た駅夫どのが一人あります。それが、この方へ向って、その和尚と摺違(すれちご)うた時じゃが、の。」

 与五郎は呼吸(いき)()いて、

「和尚が長い頭巾の()を、木菟(みみずく)むくりと(もたげ)ると、片足を膝頭(ひざがしら)へ巻いて上げ、一本の(すね)をつッかえ棒に、黒い尻をはっと振ると、組違えに、トンと廻って、両の(こぶし)を、はったりと杖に()いて、

(横須賀行はこちらかや。)

 追掛(おっか)けに、また一遍、片足を膝頭へ巻いて上げ、一本の脛を突支棒(つッかえぼう)に、黒い尻をはっと(ゆす)ると、組違えにトンと廻って、

(横須賀行はこちらかや。)

 と、早や此方(こなた)ざまに参った駅夫どのに、くるりと肩ぐるみに振向いた。二度見ました。(やせ)和尚の黄色がかった青い長面(ながづら)。で、てらてらと仇光(あだびか)る……姿こそ枯れたれ、石も点頭(うなず)くばかり、(おこない)(すま)いた和尚と見えて、童顔、鶴齢(かくれい)と世に申す、七十にも余ったに、七八歳と思う、軽いキャキャとした小児(こども)の声。

 で、またとぼとぼと杖に(すが)って、向う(さが)りに、この姿が、階子段に隠れましたを、(じっ)()ると、老人思わず知らず、べたりと坐った。

 あれよあれよ、古狐が、坊主に化けた白蔵主(はくぞうす)。したり、あの(すご)さ。(さびし)さ。我は化けんと思えども、人はいかに見るやらん。尻尾を案じた後姿、振返り、見返る処の、(こなし)(おもむき)八幡(はちまん)、これに(きま)った、と鬼神が(おしえ)(たも)うた存念。且つはまた、老人が、工夫、辛労(しんろう)、日頃の(おもい)が、影となって(あらわ)れた、これでこそと、なあ。」

 与五郎、がっくりと胸を縮めて、

「ああ、(わざ)は誇るまいものでござる。

 舞台の当日、流儀の晴業(はれわざ)、一世の面目(めんぼく)、近頃衰えた当流にただ一人、(古沼の星)と呼ばれて、白昼にも頭が光る、と人も言い、我も許した、この野雪与五郎。装束(すま)いて床几(しょうぎ)を離れ、揚幕を切って!……出る! 月の荒野(あれの)渺々(びょうびょう)として化法師の狐ひとつ、風を吹かして通ると(おぼ)せ。いかなこと土間も桟敷(さじき)も正面も、ワイワイがやがやと云う……縁日同然。」

       十二

「立って歩行(ある)く、雑談(ぞうだん)は始まる、茶をくれい、と呼ぶもあれば、鰻飯(うなぎめし)(あつら)えたにこの弁当は違う、と(わめ)く。下足の札をカチカチ(たた)く。中には、前番(まえ)のお能のロンギを、野声を放って習うもござる。

 が、おのれ見よ。与五郎、鬼神相伝の秘術を見しょう。と思うのが汽車の和尚じゃ。この心を見物衆の重石(おもし)に置いて、呼吸(いき)を練り、気を鍛え、やがて、(くだん)の白蔵主。

 那須野ヶ原の古樹の(くい)に腰を掛け、三国伝来の妖狐(ようこ)を放って、殺生石の毒を(あび)せ、当番のワキ猟師、大沼善八を折伏(しゃくぶく)して、さて、ここでこそと、横須賀行の和尚の姿を、それ、髣髴(ほうふつ)して、舞台に(あらわ)す……しゃ、(ならい)よ、芸よ、術よとて、胡麻(ごま)の油で揚げすまいた鼠の(わな)に狂いかかると、わっと云うのが可笑(おか)しさを(はや)すので、小児(こども)は一同、声を上げて(どつ)と笑う。華族の後室が抱いてござった(ちん)()えないばかりですわ。

 何と、それ狂言は、おかしいものには作したれども、この釣狐に限っては、人に笑わるべきものでない。

 (すご)う、寂しゅう、可恐(おそろ)しげはさてないまでも、不気味でなければなりませぬ。何と!」

 とせき込んで言ったと思うと、野雪老人は、がっくりと下駄を、腰に()いて、路傍(みちばた)へ膝を立てた。

「さればこそ、(せん)、師匠をはじめ、前々に、故人がこの狂言をいたした時は、土間は野となり、一二の松は遠方(おちかた)の森となり、橋がかりは細流(せせらぎ)となり、見ぶつの男女は、草となり、()の葉となり、石となって、舞台ただ充満(いっぱい)の古狐、もっとも奇特(きどく)は、鼠の油のそれよりも、狐のにおいが(ぷん)といたいた……ものでござって、上手が占めた鼓に劣らず、声が、タンタンと響きました。

 何事ぞ、この未熟、蒙昧(もうまい)愚癡(ぐち)、無知のから白癡(たわけ)、二十五座の狐を見ても、小児たちは笑いませぬに。なあ、――

 最早、生効(いきがい)も無いと存じながら、死んだ女房の遺言でも()められぬ河豚(ふぐ)を食べても死ねませぬは、更に一度、来月はじめの舞台が有って、おのれ、この度こそ、と思う、未練ばかりの故でござる。

 寝食も忘れまして……気落ちいたし、心()え、身体(からだ)は疲れ衰えながら、執着(しゅうぢゃく)の一念ばかりは呪詛(のろい)の弓に毒の矢を(つが)えましても、目が(くら)んで、的が見えず、芸道の(やみ)となって、老人、今は弱果(よわりは)てました。

 時に蒼空(あおぞら)澄渡(すみわた)った、」

 と心激しくみひらけば、大なる瞳、(きっ)と仰ぎ、

「秋の雲、靉靆(あいたい)と、あの(とび)たちまち孔雀(くじゃく)となって、その翼に召したりとも思うお姿、さながら夢枕にお立ちあるように思出しましたは、貴女(あなた)令嬢様(おあねえさま)、貴女の事じゃ。」

 お町は(つつしん)で袖を合せた。玉あたたかき(かんばせ)(やさし)い眉の曇ったのは、その黒髪の影である。

「老人、唯今の心地を申さば、炎天に(こうべ)(さら)し、可恐(おそろし)い雲を一方の空に()て、果てしもない、この野原を、足を(こが)し、手を焼いて、徘徊(さまよ)歩行(ある)くと同然でござる。時に道を教えて下された、ああ、尊さ、(うれし)さ、おん可懐(なつかし)さを存ずるにつけて……夜汽車の和尚の、(へや)をぐるりと廻った姿も、同じ日の事なれば、令嬢(おあねえさま)の、袖口から、いや、その……あの、絵図面の中から、抜出(ぬけだ)しましたもののように思われてなりませぬ。

 さように思えば、ここに、絵図面をお(ひら)き下されて、貴女と二人立って見ましたは、およそ(あま)ヶ下の芸道の、秘密の巻もの、奥許しの折紙を、お授け下されたおもい致す!

 姫、神とも存ずる、令嬢(おあねえさま)

 分別の尽き、工夫に(つま)って、(なさけ)なくも(おしえ)を頂く師には先立たれましたる老耄(おいぼれ)(ほか)(すが)ろうようがない。ただ、(ひとえ)に、令嬢様(おあねえさま)思詰(おもいつ)めて、とぼとぼと夢見たように参りました。

 が、但し、土地の、あの図に、何と秘密が有ろうとは存じませぬ。貴女の、お胸、お心に、お袖の(うち)に、何となく(おしえ)(こも)る、と心得まする。

 何とぞ、貴女の、御身(おんみ)からいたいて、人に(はや)され、小児(こども)たちに笑われませぬ、白蔵王(はくぞうす)法衣(ころも)のこなし、古狐の尾の真実の化方を(おん)教えに預りたい……」

「これ、これ、いやさ、これ。」

「しばらく! さりとても、令嬢様(おあねえさま)御年紀(おんとし)、またお(ぐし)の様子。」

 娘は髪に手を当てた、が、(かたち)づくるとは見えず、袖口の(かすか)(くれない)(かいな)も端麗なものであった。

「舞、手踊、振、所作のおたしなみは格別、当世西洋の学問をこそ遊ばせ、能楽の(あい)の狂言のお心得あろうとはかつて存ぜぬ。

 あるいは、何かの因縁で、斯道(このみち)なにがしの名人のこぼれ種、不思議に咲いた花ならば、われらのためには優曇華(うどんげ)なれども、ちとそれは考え過ぎます。

 それとも当時、新しいお学問の力をもってお導き下さりょうか。

 さりとて()せたれども与五郎、(しな)や、(ふり)は習いませぬぞよ。師は心にある。目にある、胸にある……

 近々とお姿を見、影を去って、(ひざまず)いて工夫がしたい! 折入ってお願いは、相叶(あいかな)うことならば、お台所の隅、お玄関の端になりとも、一七日(ひとなぬか)二七日(ふたなぬか)、お差置きを願いたい。」

「本気か、これ、おい。」と家主が怒鳴った。

 胸を打って、

「血判でござる。成らずば、御門、溝石の上になりとも、老人、腰掛に弁当を持参いたす。平に、この儀お聞済(ききずみ)が願いたい。

 口惜(くちおし)や、われら、上根(じょうこん)ならば、この、これなる烏瓜一顆(ひとつ)、ここに一目、令嬢(おあねえさま)を見ただけにて、秘事の(さとり)も開けましょうに、無念やな、(おい)(まなこ)の涙に曇るばかりにて、心の霧が晴れませぬ。

 や、令嬢(おあねえさま)、お聞済。この通りでござる。」

 とて、開いた扇子に手を()いた。(ほこり)(さっ)と、名家の紋の(たちばな)の左右に散った。

 思わず、ハッと吐息(といき)して、羽織の袖を、(ひとし)く清く土に敷く、お町の小腕(こがいな)、むずと取って、引立てて、

「馬鹿、狂人(きちがい)だ。此奴(こいつ)あ。おい、そんな事を取上げた日には、これ、この頃の画工(えかき)に頼まれたら、大切な娘の衣服(きもの)を脱いで、いやさ、素裸体(すッぱだか)にして見せねばならんわ。色情狂(いろきちがい)の、(じじい)の癖に。」

       十三

生蕎麦(きそば)、もりかけ二銭とある……場末の町じゃな。ははあ煮たて豌豆(えんどう)、古道具、古着の(たぐい)。何じゃ、片仮名をもってキミョウニナオル(がん)疝気寸白虫根切(せんきすばくのむしねきり)、となのった、……むむむむ疝気寸白は(いと)わぬが、愚鈍を根切りの薬はないか。

 ここに、牛豚開店と見ゆる。見世(みせ)ものではない。こりゃ牛鋪(ぎゅうや)じゃ。が、店を開くは、さてめでたいぞ。

 ほう、按腹鍼療(あんぷくしんりょう)蒲生(がもう)鉄斎、蒲生鉄斎、はて達人ともある姓名じゃ。ああ、(うらやま)しい。おお、琴曲(きんきょく)教授。や、この町にいたいて、村雨松風の調べ。さて奥床(おくゆかし)い事のう。――べ、べ、べ、べッかッこ。」

 と、ちょろりと舌を出して横舐(よこなめ)を、()ったのは、魚勘(うおかん)の小僧で、赤八、と云うが青い顔色(がんしょく)、岡持を()ら下げたなりで道草を食散らす。

 三光町の裏小路、ごまごまとした中を、同じ場末の、麻布田島町へ続く、炭団(たどん)を干した薪屋(まきや)の露地で、下駄の歯入れがコツコツと()るのを見ながら、二三人共同栓に(あつま)った、かみさん一人、これを聞いて、

「何だい、その言種(いいぐさ)は、活動写真のかい、おい。」

「違わあ。へッ、違いますでござんやすだ。こりゃあ、雷神坂上の富士見の台の差配のお嬢さんに()れやあがってね。」

「ああ、あの別嬪(べっぴん)さんの。」

「そうよ、でね、其奴(そいつ)が、よぼよぼの(じじい)でね。」

「おや、へい。」

色情狂(いろきちがい)で、おまけに狐憑(きつねつき)と来ていら。毎日のように、差配の(うち)の前をうろついて附纏(つきまと)うんだ。昨日もね、門口の段に腰を掛けている処を、(おおき)な旦那が襟首を持って引摺(ひきずり)出した。お嬢さんが(すが)りついて留めてたがね。へッ被成(なさる)もんだ、あの爺を(かば)う位なら、(おいら)頬辺(ほっぺた)ぐらい指で(つつ)いてくれるが()い、と其奴が(しゃく)に障ったからよ。自転車を下りて見ていたんだが、爺の背中へ、足蹴(あしげ)に砂を()っかけて()げて来たんだ。

 それ、そりゃ昨日の事だがね。串戯(じょうだん)じゃねえや。お嬢さんを張りに来るのに弁当を持ってやあがる、握飯の。」

「成程、変だ。」……歯入屋が言った。

「そうよ、其奴を、(だん)踏潰(ふみつぶ)して怒ってると、そら、(おいら)追掛(おっか)けやがる斑犬(ぶちいぬ)が、ぱくぱく(くい)やがった、おかしかったい、それが昨日さ。」

「分ったよ、昨日は。」

「その(めえ)もね、毎日だ。どこかで見掛ける。いつも雷神坂を下りて、この町内をとぼくさとぼくさ。その癖のん気よ。角の蕎麦屋から一軒々々、きょろりと見ちゃ、毎日おなじような独語(ひとりごと)を言わあ。」

「其奴が、(もりかけ二銭とある)だな、生意気だな、狂人(きちがい)の癖にしやあがって、(場末)だなんて(ぬか)しやがって。」と歯入屋が、おはむきの世辞を云って、女房(かみさん)達をじろりと見る(やつ)

「それからキミョウニナオル丸、牛豚開店までやりやがって、按摩(あんま)(とこ)が蒲生鉄斎、たつじんだ、土瓶だとよ、薬罐(やかん)めえ、(わら)かしやがら。何か悪戯(いたずら)をしてやろうと思って、うしろへ附いちゃあ歩行(ある)くから、大概口上を覚えたぜ。今もね、そこへ来たんぜ。」

「来るえ。」と、一所に云う。

「見ねえ、一番、尻尾を出させる考えを着けたから、駈抜(かけぬ)けて先へ来たんだ。――そら、そら、来たい、あの爺だ――ね。」

 と、琴曲の看板を見て、例のごとく、帽子も(かぶ)らず、洋傘(こうもり)()いて、据腰(すえごし)に与五郎老人、うかうかと通りかかる。

「あれ! 何をする。」

 と言う間も無かった。……おしめも(ふんどし)も一所に掛けた、路地の物干棹(ものほしざお)(ひっ)ぱずすと、途端(みちばた)の与五郎の(すそ)(ねら)って、青小僧、蹈出(ふみだ)す足と()く足の真中(まんなか)へスッと差した。はずみにかかって、あわれ与五郎、でんぐりかえしを打った時、

「や、」と倒れながら、激しい矢声(やごえ)を、掛けるが響くと、宙で()めて、とんぼを切って、ひらりと(かえ)った。古今の手練、透かさぬ早業(はやわざ)()(さかさ)に、地には着かぬ、が、無慚(むざん)な老体、蹌踉(よろよろ)となって倒れる背を、側の向うの電信柱にはたとつける、と摺抜(すりぬ)けに支えもあえず、ぼったら焼の(なべ)を敷いた、駄菓子屋の小店の前なる、縁台に《どう》と落つ。

 走り寄ったは(おんな)ども。ばらばらと来たのは小児(こども)で。

 (さぎ)の森の稲荷(いなり)の前から、と、見て、手に薬瓶の紫を提げた、美しい若い娘が、袖の(しま)を乱して駈寄(かけよ)る。

怪我(けが)は。」

「吉祥院前の接骨医(ほねつぎ)へ早く……」

「お怪我は?」

 与五郎野雪老人は、品ある顔をけろりとして、

「やあ、小児(こども)たち、笑わぬか、笑え、あはは、と笑え。(じい)が釣狐の舞台もの、ここへ運べば楽なものじゃ――我は化けたと思えども、人はいかに見るやらん。」

 と半眼に、従容(しょうよう)として口誦(こうじゅ)して、

「あれ、あの意気が大事じゃよ。」

 と、(こうべ)を垂れて、ハッと云って、俯向(うつむ)(せな)を、人目も恥じず、()と抱いて、手巾(ハンカチ)も取りあえず、袖にはらはらと落涙したのは、世にも端麗(あでやか)なお町である。

「お手を取ります、お爺様(じいさま)、さ、私と一所に。」

       十四

 (まる)桔梗(ききょう)の紋を染めた、(いか)めしい馬乗提灯(うまのりぢょうちん)が、暗夜(くらやみ)にほのかに浮くと、これを捧げた手は、灯よりも白く、黒髪が艶々(つやつや)と映って、ほんのりと(あかる)い顔は、お町である。

 と、眉に(かざ)すようにして、雪の(うなじ)を、やや打傾けて優しく見込む。提灯の前にすくすくと並んだのは、順に数の重なった朱塗(しゅぬり)の鳥居で、優しい姿を迎えたれば、あたかも(くれない)の色を染めた錦木(にしきぎ)の風情である。

 一方は灰汁(あく)のような卵塔場、他は(うるし)のごとき崖である。

 富士見の台なる、茶枳尼天(だきにてん)の広前で、いまお町が立った背後(うしろ)に、

 ()一廓(かく)、富士見稲荷鎮守の地につき、家々の畜犬堅く無用たるべきもの(なり)。地主。

 と記した制札が見えよう。それからは家続きで、ちょうどお町の、あの(うち)背後(うしろ)に当る、が、その間に寺院(てら)のその墓地がある。突切(つッき)れば近いが、()けて来れば雷神坂の上まで、土塀を一廻りして、藪畳(やぶだたみ)の前を抜ける事になる。

 お町は片手に、盆の上に白い(きれ)を掛けたのを、しなやかな羽織の袖に捧げていた。暗い中に、向うに、もう一つぼうと白いのは涎掛(よだれかけ)で、その中から目の釣った、(とが)った真蒼(まっさお)な顔の見えるのは、青石の御前立(おんまえだち)、この狐が昼も凄い。

 見込んで提灯が低くなって、裾が鳥居を(くぐ)ると、一体、聖心女学院の生徒で、昼は(はかま)穿()く深い裾も――風情は萩の花で、鳥居もとに彼方(あなた)此方(こなた)、露ながら(あかる)く映って、友染(ゆうぜん)(さば)くのが、内端(うちわ)な中に(なまめ)かしい。

 狐の顔が明先(あかりさき)にスッと来て(ちかづ)くと、その背後(うしろ)へ、真黒(まっくろ)な格子が出て、下の石段に(うずくま)った法然(ほうねん)あたまは与五郎である。

 老人は、石の壇に、用意の毛布(けっと)引束(ひったば)ねて敷いて、寂寞(ひっそり)として腰を据えつつ、両手を膝に端坐した。

「お爺様。」

 と云う、提灯の柄が賽銭箱(さいせんばこ)について、(くだん)の青狐の像と、しなった背中合せにお町は老人の右へ()く。

「やあ、」

 もっての外元気の()い声を掛けたが、それまで目を(つぶ)っていたらしい、夢から覚めた面色(おももち)で、

「またしてもお見舞……令嬢(おあねえさま)、早や、それでは痛入(いたみい)る。――老人にお教へ下さると云うではなけれど、絵図面が事の起因(おこり)ゆえ、土地に縁があろうと思えば、もしや、この明神に念願を掛けたらば――と貴女(あなた)がお心付け下された。暗夜(やみよ)燈火(ともしび)、大智識のお言葉じゃ。

 何か、わざと仔細(しさい)らしく、夜中にこれへ出ませいでもの事なれども、朝、昼、晩、日のあるうちは、令嬢(おあねえさま)のお目に(とま)って、易からぬお心遣い、お見舞を受けまする。かつは親御様の前、別して御尊父に忍んで遊ばす姫御前(ひめごぜん)御身(おんみ)に対し、別事あってならぬと存じ、御遠慮を申すによって、わざと夜陰を選んで参りますものを、何としてこの暗いに。これでは老人、身の置きどころを覚えませぬ。第一唯今(ただいま)も申す親御様に、」

「いえ、母は、よく初手からの事を存じております。煩っておりませんと、もっと以前にどうにもしたいのでございますッて。ほんとうにお爺様、貴老(あなた)の御心労をお察し申して、母は蔭ながら泣いております。」

「ああ、勿体至極(もったいしごく)もござらん。その儀もかねてうけたまわり、老人心魂に徹しております。」

「私も一所に泣くんですわ。ほんとうに私の身体(からだ)で出来ます事でしたら、どうにもしてお上げ申したいんでございますよ。それこそね、あの、貴老(あなた)が遊ばす、お狂言の(わな)にかかるために、私の身体(からだ)を油でいためてでも差上げたいくらいに思うんですが……それはお察しなさいましよ。」

「言語道断」と与五郎は石段をずるりと(すべ)った。

       十五

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