三悪人物語 忍術千一夜 第二話

11話 十一

1,995字 約4分 2022年6月11日 公開

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 厖大(ぼうだい)なる蔵匿(ぞうとく)物資を商人どもから召し上げ、横へ流して巨利を占めようという計劃は、蓑賀殿と持木成助と来六屋出平の三者合議によるものだった。もっとも成助は成助で、ひそかに自分が独占するはずだったが、その先を蓑賀殿に越されたと知っては驚かざるをえない。だが――さよう、結果がこうなってみれば、へっ、成助としてはいささかも敵意は持たない、敵意どころか今や蓑賀殿は彼にとっての「鴨(かも)」であった。

「それはどうも」成助は同情の太息をつき、暗然と眼をつむった、「――なにしろ莫大な量の物資ですからな、たとえ内金を返したところで、商人は決して取引解消には応じますまい」

「やむをえなければ法定備蓄の分を吐き出させよう、米だけは肥後と庄内から間もなく着く」

「あれ、……まだ御存じないのですか」成助は口をあけた、「けさ早く浜へ知らせがありましたが、肥後の船も庄内も難破したそうです」

「な、な、なん、なんだと」

 蓑賀殿が身ぶるいをなされたとき、奉行役所から池名勘兵衛がとんで来た。成助の言葉を証明するために、すなわち「片方は豊後水道、片方は明石沖で、両船ともきれいさっぱり沈没した」

 という急報がもたらせられた。

「おれは破滅で、間違いなしに二重の大破滅だ」参蔵殿は白眼(しろめ)を出した、「もうだめだ、救いようがない、逃亡だ」

「いやむしろこれからですよ」成助はそろそろ鴨へ網を掛け始める、「蓑賀さんともある人物が、こんなことで弱音をあげる手はありません、お側に持木成助という人間のいることをお忘れになったのですか」

「おおおまえ持木屋、おまえなにか――」

「とにかくこれを見ていただきましょう」

 成助は七枚の証書を差し出した。参蔵殿は手をふるわせてそれを見た、なにを隠そうかの船荷証券である。米五千俵、呉服太物四千反、糸綿千二百貫、海産物千二百貫、酒五百樽、醤油味噌八百樽、その他なになにという巨額な物資で、菱垣船(ひしがきぶね)の和田屋忠兵衛の振り出しにかかる歴(れっき)とした証券だ。諸君は御存じであろう、これは八百助から来六屋へ渡され、来六屋が八百助に貸す五千両のかたに持木屋へ渡したものだ――蓑賀殿は夢かと思った、次いで死地からよみがえり、よみがえって本性を取り戻した。これだけあれば取引をすませても余る。

「和忠の証券ならたしかだが」参蔵殿はぐっと威厳を示された、「しかしこれをどうにかできるのか」

「来六屋から私が五千両のかたに預かったのですが、日ごろの御恩返しにこれを御融通したいと思います、――これだけあればお間に合いになりますでしょう」

「それは間に合うが、しかしなにかその、これにはその、代償がなくてはなるまい」

「なに私の御恩返しですから」成助はごくあっさりと云った、「ただもし思召(おぼしめ)しがありましたら、法定備蓄の倉出し指令書をいただきたいので」

「よかろう」参蔵殿は早くも証券をおしまいなされる、「どうせ商人どもにはひと泡(あわ)ふかせてくれなければならん、では一緒に役所までまいれ」

 狐と狸はうちつれて出かけた。――これと同じとき、八百助の住居では三人の悪漢が助けを呼んでいた。彼らは七十二時間の労働によって、身のまわりいっぱいに金包みを積み上げたが、さてそれをさらって逃げようという段になって困惑した。金包みが動かないのである。包むときには平気で手に持てたのが、またしても磐石(ばんじゃく)のごとく動かなく相成った。つづめて云えば、彼らは自分らの努力奮闘によって、自分自身の周囲に不動の鉄壁を築き上げたのである。……三人にとって問題はすでに生死にかかっていた。

「もらあらへた、こなだ」中将は自分のぺしゃんこになった腹部をなでた、「こなだ、なんもね、からからだ、めくらむ」

「やあいこの家の野郎」権頭はじだんだを踏み、絶叫する、「おれ達をどうする気だ、ぺてんにひっかけやがって、とうとう人に家庭内職みてえなまねをさしあがって、おまけに出も引きもならねえようにするなんて、訴えてくれるぞ銀流し、なんとかしろ、出て来い、罪なことうするないっ」

「云ってみればですね」杢は細くなった指をそれでもかろうじてひらひらさせる、「これはですね、つまり、どうやらその、――失敗だったですなあ」

「もらたってらね、だみだ、めまたまもぐらぐらだ」中将はくたくたとぶっ坐った、「もなくいて、しんそだ」

 権頭は暴れた、金包みの山へ躯を叩きつけ、押しこくり、とびかかった。あれほどの執着をもって押し込み、家人をみな殺しにしても強奪する決心だった金、現在眼の前に山と積まれたその「金」が、今や三人には身の仇であり生命の敵となっている。……幾百たびもへたばり、幾百たびも奮い立って脱出を試みた結果、三人とも力つき精根消耗してぶっ倒れた。

「かりにもし、子供があったら、ですね」杢はもうひらひらさせられない指をあげて、きわめて柔和にこう云った、「私はこう遺言(ゆいごん)をしますよ、――決して眼をくれるな、金はかたきだ」

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