12話 十二
読み方を変える
右のごとくしてついに、三人はついに「助けてくれ」と叫び始めた。抜刀斬込み隊の勇士、三人組みの凶猛なる悪徒も自分の命は惜しい、死ぬか生きるかとなればやっぱり「生きたい」とみえる。
「助けてくれ、なんにもいらねえ、金もなにもほしくはねえ、命だけは勘弁してくれ」権頭が悲しげな声をあげた、「本当に死んじまう、おねげえだ、助けてくれ」
その悲鳴と同時に、忽然と、――まさに忽然とそこへ八百助が現われた。彼は彼でその七十二時間を正味七十二時間に使って帰ったのだ。
「どうした、金を盗んでいかないのか」
「かにあいらね」中将が気息えんえんとして頭を振った、「そなもな、みるせやだ、まぴらだ、もなくいて」
「つまりです、――われわれと、しましてはですね」「助けてくれ、食わせてくれ」権頭もぐらぐら頭を揺らかした、「なんでもする、眼が見えねえ、死んじまう」
「いや死にはしないよ、大丈夫だ」八百助は微笑しながら云った、「おまえさん達にはまだ仕事が残っている、仕上げはこれからだ」
物語はポコ、ア、ポコよりアレグロに変わり申す。
佐貝の港へ前触れもなく五艘の船が入った、前触れはなかったが、入港と同時に大変な触れが出た、「加賀、薩摩、仙台の三大藩主から、佐貝市民に贈る救恤物資の到着」という知らせだ。虚報ではない、荷下しが始まった。米俵が、酒樽が、衣料が、海産物が、味噌醤油が、油の樽が、あらゆる物が浜へ積まれた。――これを聞いて奉行役所から蓑賀参蔵殿が出張した、果たして事実とすれば市の主脳部にとっては大恐慌である、かかる厖大な物資が放出されるとすれば厳酷な統制によって維持しきたったインフレ経済は破壊されてしまう。蓑賀殿は精細に調査なされた。しかし事実は現実であった。伊達、前田、島津、大藩ちゅうの大藩たる三侯の墨付があり、江戸幕府の許可書まであった。……蓑賀殿は血涙をのんで感謝の辞を述べ、配給に当たってはできるだけの便宜を計ろうと約束をし、もういちど血涙をのんで役所へ帰られた。
浜には小屋が設けられた、そして直ちに救恤物資の配給が始まった。市民は歓呼し凱歌をあげた、みんな一家総出で米を衣料を味噌を油を、その他のあらゆる物を運ぶのに三日のあいだ浜と家とを往復した。それだけではない、最後には小判五枚ずつの包みが配られた。なんと、それを配る人間をごらんあれ、かの三悪人、権頭に中将に杢、彼らでござる。
「押してはいけません、順々に、静かにしてください」杢が云っている、「さあどうぞ、はいあなたにも、お次はそちら、立ちどまらないでください」
「おらっちは受難者だ、犠牲者だ」権頭は金包みを渡しながらなげいていた、「飲まず食わずで骨を折って金包みをこしらえ、死にそこない、汗みずたらしてここへ運び、あげくの果てにこうやって人に配っている、一文にもならねえ、――ただばたらきだ、受難者だ」
「わけしれね、むちゃくちゃだ」中将もぼやく、「はなしなんね、おたまげだ」
他の場所でも時間はいきいきと動いていた。まず奉行役所をのぞいてみよう、――そこではいま急使が来て、江戸幕府の監察使が予定より早く、すなわち「明日佐貝へ到着する」という報知をもたらせた。すわこそ一大事、直ちに高札触書を撤去しなければならぬ、かの酷烈無比を極めた生活の枷、あらゆる食糧物資の統制と制限令を、もし監察使に見られたら最後だ。全役人は市中へとびだした、辻々の高札場をはいでまわり、市民に諭告をくれてまわった、「もし誰かにきかれたら答えろ、当市の生活は安穏であり満足である、衣食住はすべて潤沢であり、政治は公明である、いささかも不平はない、――誰にきかれてもこう答えろ、もしこれにそむく奴があれば逆さ磔刑にして鋸びきだぞ」こう諭告をくれてまわった。――その一方、筆頭与力の蓑賀殿はその役所に於って一人の客と対談していた。まぎれもない、かの大阪のさる富商の手代である。彼は倉出し証書をそこへ置いて、蓑賀殿を執達吏のごとく追求している、「これは騙りですな、詐偽ですな」こういきまく、「どの店にも品物はありません、倉という倉はがらがらです、私は断言しますが、――」などと云っている。
「手違いです、ほんのちょっとした手違いです」参蔵殿はうろうろ手文庫の中をかきまわしておられる、「お知らせしようと思ったのだが、待ってください、荷はあるんです、たいへんな物資です、船荷証券、菱垣船の和忠の振り出しです、はてどこへいったか、待ってください、きっとびっくりするでしょう、もうすぐです」
同じとき持木屋の店先でも悶着が起こっていた。田丸屋益造、折屋伝内、水尾割助など五人の旦那が、それぞれ額面壱万両の持木屋の手形を出して「すぐ現金に替えてもらいたい」と請求したのだ。寝耳に水だ、がよろしい払いましょう、持木屋の手形は慶長大判と同じ信用がある。千両箱が運び出された、ところで商人ほどみみっちく要慎ぶかいものはない、「念のために拝見しますよ」こう云って田丸屋の旦那が千両箱の一つを明け、金をあらためた。