三悪人物語 忍術千一夜 第二話

13話 十三

2,070字 約4分 2022年6月11日 公開

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「これは、――」封を切って小判を出すなり益造旦那は汽笛のようにほえた、「これはどうだ、いやいけない、贋金(にせがね)だ」

「なあんですって、なんとおっしゃった」

「贋金です、皆さん調べてごらんなさい、これはくわせ物です、まっかな贋金ですぞ」

 旦那連は驚倒し仰天した。箱は片端からこじ明けられ封印はすべてはがれた、まさにさよう贋金も贋金、正真正銘いつわりなし掛値なしの贋金である。当の成助は旦那連よりも動顛(どうてん)し愕然(がくぜん)となった、「お静かに、どうかお静かに」彼は両手を振って懇願した、「これはなにかの間違いです、すぐに取り替えます、御存じのように私には玉村の若旦那という金主がついていますから、私のためには何千万両でもすぐ融通してくれる旦那ですから、ひとつ一緒に来てください、決して御迷惑はかけませんから」そして彼は旦那方と一緒にでかけていった。

 ちょうどその時刻である。玉村の若旦那、つまりわれらの八百助は、なんと誰が袖のお杉姐さんをつれて来六屋の店にいた、彼は馬に積んで来た六千両の金を、店先へ運ばせながら出平にこう云っている。

「いやおかげで小遣いの不自由をしずにすんだよ、利息として千両、少ないが取ってくれ」

「これはどうも、これは」出平はもみ手をした、「多分の御心配で、へえ、たしかに六千両、たしかにお受け取り申しました」

「それから例の預け物さ」八百助はおうように振り返った、「例の持木屋の壱万両の手形と和田屋の船荷証券七枚、あの二つはここにいるお杉さんに遣(や)ったからな、――なに、口説かれてうんと云わなかった詫(わ)びの印さ、お杉さんわかったな、両方ともおまえのものだ遠慮なく受け取っておいで、私はひと足さきに帰るよ」

「まあ若旦那、なんてまあ、若旦那」姐(あね)さんは夢のような贈り物に恍惚となり両手に胸を抱いて身もだえをした、

「あたしもう、もう……」

 だが八百助はもう店から出ていった。――あとが騒動である、来六屋は初めから手形も証券も騙取(へんしゅ)するつもりだった。あの若僧は世間知らずでお坊ちゃんで知恵才覚がない、ちょうどいつか中国筋で金をまき上げて逃げた、あのびっこで背むしで眼っかちの八百助少年と同様だ、ぞうさはない、いざとなったら手玉に取ってくれる。こう勘考思量したのである、ところが権利は他人に譲渡された。しかもそれは男にとって最も強敵たる女性であり女性の中でも最も奸譎(かんけつ)なる妖婦であった。……もはや手はござらぬ、出平が十言(とこと)と口をきかぬうちに妖婦は叫びだしわめきたてた。

「文句はいらないんだ文句は」姐さんは目じりをつり上げてどなる、「持木屋の手形と船荷証券この二つをもらえばそれでいいんだ、へん、誰だと思う誰が袖のお杉姐さんだよ」

 そして店先でくるりと裾をまくり、あられもない弁天小僧を極(き)めこんだ。――なにもいちどきに崩れだしてござる、こう急がしくなっては筆(ペン)が折れ申す、ひと休みして明日のことにいたそう。

 早朝まだほの暗い時刻に、「監察使到着」の報が佐貝全市に伝わった。いつ誰がしたものか、辻々に高札が立って、「政治向きに不正不義あれば訴訟せよ、監察使みずから奉行所においてきくべし」という触書(ふれがき)がはられた。――日の出から半刻、監察使は馬に乗り、三名の従者をつれて乗り込んで来た。しかしよく見られよ、監察使はわれらの八百助にそっくりだし、従者の三人も身装(みなり)こそ違うが、権頭と中将と杢に瓜二つでござる、一行は威容堂々と南広小路を進み、大通りを埋める群衆の歓呼にこたえつつ、ゆっくりとうたせて奉行役所へ着いた。――役所では佐貝奉行たる笠間六郎兵衛が病中なので、筆頭与力の蓑賀参蔵が責任者として応接に当たった。監察使は幕府の尽印のあるたしかな「監察命令書」を示し、自分は玉村八百之丞であると名乗った。蓑賀は役人たちを紹介し、旅の無事を祝ってから、すぐに広間へと案内した。

 広間には饗応(もてなし)の支度が出来ていた。なにより盛りつぶしである、酔わせて食わせて艶色を与えて金を握らせる、これが監察使に対する不変の礼儀であり、唯一にして欠くべからざる作法である。「粗略ではござるがまずお寛(くつ)ろぎください」蓑賀殿は玉村使節を上座に請じて云った、「当市は治安経済民生すべて申し分がなく、民は鼓腹して泰平を謳歌(おうか)しております。その状まさに楽土天国とも申すべく、われら牧民たる者も満足恐悦に耐えぬしだいです、ま、どうぞお平(たい)らに、されば――御監察の要はいささかもこれなく、これ膳部(ぜんぶ)を差し上げ申せ、――ただゆるゆる御滞在あって、お心まかせに御保養ご休息を願いまする」

「ははあ、佐貝は楽土天国ですかな」使節は盃(さかずき)を取られた、「私はまるで違う評判を聞いて来たが、いやそれは結構――」

 使節は酒をひと口すすられたが、すぐ苦い顔をして盃をおいた。蓑賀殿は手酌で飲み、能弁に佐貝市政の公明について述べられる。

「どうぞお重ねくだされ」使節が盃を置いたのを見て彼はすすめる、「灘(なだ)より取り寄せた銘酒でござる、どうぞ御遠慮なくお過ごしくだされ」

「いやたくさんだ、それより探索がそこへ戻って来た。――ひとつ公務から先に片つけるとしよう」

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