三悪人物語 忍術千一夜 第二話

14話 十四

1,651字 約3分 2022年6月11日 公開

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 なるほどそこへ権頭(ごんのかみ)、杢(もく)、中将(ちゅうじょう)の三人が入って来た。参蔵殿はじめ役人どもの狼狽(ろうばい)はみるも気の毒であったが、使節は厳粛に威儀を正して云った。

「申し付けたことは調べて来たか」

「取り調べてまいりました」権頭によく似た従者が答える、「食糧衣料日用雑貨、なんにもございません、御定法の備蓄までなに一つ残らず売られております」

「よし、さもあろうと思った」使節はうなずいて、「杢右衛門、訴訟にまいった市民があろう、許すから庭へ呼び入れろ、蓑賀参蔵そこ動くな」杢右衛門が出てゆくとすぐ、役所の庭へどっと人波があふれ込んで来た。あらゆる不法がさらけだされ、なにもかも曝露(ばくろ)に及んだ。――持木屋成助は贋金をつかったゆえに五人の旦那から訴えられ、五人の旦那は物資隠匿と不当利得のかどで訴訟された。来六屋は手形と証券の騙取でお杉の姐さんに訴えられ、お杉の姐さんは強盗教唆と密営業の件で訴訟された、なにがさて急がしい、成助が縛られ五人の旦那が縛られた、お杉の姐さんは縛られた肚いせに役人達の収賄と涜職(とくしょく)を告訴したので、こんどは役人達がお互いを縛りだした。矢土真平(やつちまへい)は皆疋太九郎(みなひきたくろう)を縛って池名勘兵衛(いけなかんべえ)に縛られ、小松太造(こまつたぞう)は池名勘兵衛を縛ったうえ自分が縛られた。おまけに大阪の富商の手代が蓑賀参蔵を詐欺(さぎ)犯人であると証言するや、ごうごうがくがくと蓑賀殿の悪事醜行が並べられ、ついにこの筆頭与力殿も縛られなされた。――あらゆる物語の定例によって、汚吏穢商(おりわいしょう)の類はかくのごとく検挙され、善良無辜(むこ)の市民には平和が回復した。

 だが待ちたまえ、あれへ来六屋が逃げてまいる、この痴者(しれもの)はどさくさまぎれに法廷をぬけ出し、雲を霞(かすみ)と逃亡でござる、それ走れ、もうひと息、――彼は濠を渡り申した。そして足も宙に河内街道を走っていったが、島多村の辻へ来たとき、向こうから走って来た三人づれの男と、出合いがしらに衝突し、眼から火をとばしてすっ転んだ。いや珍しい、三人づれは杢に中将に権頭でござる、彼らもまた役割の恐ろしさにおじけづき、かくは脱出ずらかって来たのだ。「早く早く」権頭はころんだ杢を引き起こした、「追手が掛かったらおしまいだ、あんなに洗いざらい、誰も彼も悪事がばらされる、さあかけろ、日本の果てまで逃亡だ」そして三人の悪漢は、土ぼこりといっしょにかなたへ消えていった。

「ああ痛え、ひでえめにあわしゃあがる」出平は額をさすりさすり起き上がった、「まるでつむじ風みてえな奴らだ、ああ瘤(こぶ)が出来た」

「でも私の背中の瘤より小さいよ」

 突然うしろでそう云う者があった。出平はひえっと叫んで振り向いた。そこに誰か立っている、誰か――眼っかちで背むしで跛(びっこ)の少年が、……出平はだらりと唇をたらした。

「どうしたい出来六、私だよ、忘れたのかい」

「ば、化物だ」出平、すなわちかの不逞(ふてい)なる下僕出来六はがたがたとふるえだした、「――幽霊だ」

「いや幽霊じゃない、化物でない、よくごらんよ足がある、跛の足がね、背中の瘤へさわってみないか、ずいぶん久し振りだったね、八百助だよ、まだわからないかい」

「ははははは」出来六は眼を恐怖におののかせながら笑った「こりゃあ面白い、ちょっとした冗談だ、なかなかの洒落だ、はははははさあ踊るぞ」

 そして「うー」とうめくなり仰反(あおのけ)さまに道の上へ顛倒(てんとう)した。八百助はやおら背伸びをし、手を振り足踏みをした、姿はくるりと剥(む)け変わり、輝くような美丈夫に返った。――彼は懐中から折った紙を取り出し、出来六の胸の上へひろげて石で押えをした。それには出来六の罪状がくわしく書いてあり、発見した者はすぐに縛って奉行所へ届けよと注をしたものだ。

「踊りたいだけ踊るがいい、牢舎の仲間にさぞ喝采(かっさい)されるだろう」八百助はこう云って振り返った、「さて帰ろう、故郷の山へ、吹矢村のなつかしい安息所へ」

 蛇足を加えれば、そのとき奉行所へは本物の監察使が到着し、八百助の後をうけて仕上げの最中だった、――三悪人はまだ走っている、懸命に走っている、土ぼこりをあげて……どうやら彼らは永久に走るつもりらしい。

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