14話 十四
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なるほどそこへ権頭、杢、中将の三人が入って来た。参蔵殿はじめ役人どもの狼狽はみるも気の毒であったが、使節は厳粛に威儀を正して云った。
「申し付けたことは調べて来たか」
「取り調べてまいりました」権頭によく似た従者が答える、「食糧衣料日用雑貨、なんにもございません、御定法の備蓄までなに一つ残らず売られております」
「よし、さもあろうと思った」使節はうなずいて、「杢右衛門、訴訟にまいった市民があろう、許すから庭へ呼び入れろ、蓑賀参蔵そこ動くな」杢右衛門が出てゆくとすぐ、役所の庭へどっと人波があふれ込んで来た。あらゆる不法がさらけだされ、なにもかも曝露に及んだ。――持木屋成助は贋金をつかったゆえに五人の旦那から訴えられ、五人の旦那は物資隠匿と不当利得のかどで訴訟された。来六屋は手形と証券の騙取でお杉の姐さんに訴えられ、お杉の姐さんは強盗教唆と密営業の件で訴訟された、なにがさて急がしい、成助が縛られ五人の旦那が縛られた、お杉の姐さんは縛られた肚いせに役人達の収賄と涜職を告訴したので、こんどは役人達がお互いを縛りだした。矢土真平は皆疋太九郎を縛って池名勘兵衛に縛られ、小松太造は池名勘兵衛を縛ったうえ自分が縛られた。おまけに大阪の富商の手代が蓑賀参蔵を詐欺犯人であると証言するや、ごうごうがくがくと蓑賀殿の悪事醜行が並べられ、ついにこの筆頭与力殿も縛られなされた。――あらゆる物語の定例によって、汚吏穢商の類はかくのごとく検挙され、善良無辜の市民には平和が回復した。
だが待ちたまえ、あれへ来六屋が逃げてまいる、この痴者はどさくさまぎれに法廷をぬけ出し、雲を霞と逃亡でござる、それ走れ、もうひと息、――彼は濠を渡り申した。そして足も宙に河内街道を走っていったが、島多村の辻へ来たとき、向こうから走って来た三人づれの男と、出合いがしらに衝突し、眼から火をとばしてすっ転んだ。いや珍しい、三人づれは杢に中将に権頭でござる、彼らもまた役割の恐ろしさにおじけづき、かくは脱出ずらかって来たのだ。「早く早く」権頭はころんだ杢を引き起こした、「追手が掛かったらおしまいだ、あんなに洗いざらい、誰も彼も悪事がばらされる、さあかけろ、日本の果てまで逃亡だ」そして三人の悪漢は、土ぼこりといっしょにかなたへ消えていった。
「ああ痛え、ひでえめにあわしゃあがる」出平は額をさすりさすり起き上がった、「まるでつむじ風みてえな奴らだ、ああ瘤が出来た」
「でも私の背中の瘤より小さいよ」
突然うしろでそう云う者があった。出平はひえっと叫んで振り向いた。そこに誰か立っている、誰か――眼っかちで背むしで跛の少年が、……出平はだらりと唇をたらした。
「どうしたい出来六、私だよ、忘れたのかい」
「ば、化物だ」出平、すなわちかの不逞なる下僕出来六はがたがたとふるえだした、「――幽霊だ」
「いや幽霊じゃない、化物でない、よくごらんよ足がある、跛の足がね、背中の瘤へさわってみないか、ずいぶん久し振りだったね、八百助だよ、まだわからないかい」
「ははははは」出来六は眼を恐怖におののかせながら笑った「こりゃあ面白い、ちょっとした冗談だ、なかなかの洒落だ、はははははさあ踊るぞ」
そして「うー」とうめくなり仰反さまに道の上へ顛倒した。八百助はやおら背伸びをし、手を振り足踏みをした、姿はくるりと剥け変わり、輝くような美丈夫に返った。――彼は懐中から折った紙を取り出し、出来六の胸の上へひろげて石で押えをした。それには出来六の罪状がくわしく書いてあり、発見した者はすぐに縛って奉行所へ届けよと注をしたものだ。
「踊りたいだけ踊るがいい、牢舎の仲間にさぞ喝采されるだろう」八百助はこう云って振り返った、「さて帰ろう、故郷の山へ、吹矢村のなつかしい安息所へ」
蛇足を加えれば、そのとき奉行所へは本物の監察使が到着し、八百助の後をうけて仕上げの最中だった、――三悪人はまだ走っている、懸命に走っている、土ぼこりをあげて……どうやら彼らは永久に走るつもりらしい。