三悪人物語 忍術千一夜 第二話

2話 二

2,129字 約4分 2022年6月11日 公開

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「大変です来てください」

 娘は狂気のように叫ぶ、

「いま押込(おしこみ)がはいって家(うち)じゅうの物を持っていこうとしています。どうか早く、早く来てください」

 番所の中には三人の番士がいた。土間の炉に火を焚(た)いて、干魚を焼きながら、ちょうど煮燗(あつかん)で酒を始めたところである。「押込だって」と、番士の一人が云った、彼はむっとしたように面(つら)をふくらませた。

「それはここじゃない、係りが違う、ここへそんな事を訴訟して来たって、――まるで係りが違う、冗談じゃない、押込だなんて」

「ではどこへ、どこへお願いしたらいいんでしょう」

 娘は半ば狂乱して叫ぶ、

「もうこれで三度めなんです、みんな持っていかれてしまいます、どこへいったら助けてくださるでしょうか、お係りはどこでしょうか」

「そうさ、たしか、――広小路の札場(ふだば)だったかな」

「札場のお番所へはもうゆきました」

「それじゃ西浜かも知れない」

 番士はこう云いながら焼けた干魚を皿へ取った、

「このごろはよく係りが変わるから、そうさ、たぶん西浜だろう」

 娘は西浜のほうへかけだしていった、「間に合うかしら、間に合うかしら」と呟(つぶ)やきながら、こんどこそ狂人そのままの勢いで、――三人の悪漢は「へえお疲れさま」と、番所へ声をかけながら右へ曲がる、権頭が胴震いをして水洟(みずっぱな)をひっこする。湯屋町を少しいったとき、左側の家で女と子供の悲しげに泣く声がした。立ちどまるとそれを圧して威猛高(いたけだか)にわめくのが聞こえる。三人は思わず首を縮めた。なぜなら奉行所の役人の声だから、――それはこうわめいている。

「米は一人につき一日一合という御禁令だ、ええか。五人家族なら五合だろう、さすれば一回量は一合六勺六分六厘六毛となる、ええか、しかるにこの釜(かま)の中らをみろ、この中らには三合以上あるぞ」

「なんとも申しわけございません」

 女房の哀訴する声だ、

「やどは大浜へ荷揚げに出ますし、十五に十三の食べ盛りを抱えて、一日五合では生きてゆくこともできませんので、ない中から物を売っては」

「黙れこやつ、きさま下民の分際で御政治を誹謗(ひぼう)するか」

 役人は絶叫する、

「法というものは至上尊厳、いやしくも犯すべからざるものだ、第一、ええか、法はもとお上の御都合によって定(きま)るもので、なにも貴様ら下民どものためにあるんじゃない、貴様らはただ守ればよい、一日一合、法がそう命じたら一日一合、それで生きられるかどうかなんてことは、まったく問題が別じゃ、ええか、法は守れと命ずる、生きろなどとは命じやせん、――この飯は釜ごと没収だ、米もあれば残らず出せ、うろんなまねをいたすとひっくくるぞ」ところがその隣りの家でもやっている、こちらは役人が三人だ。そしてそのまた隣りでも。――三軒めの役人は酔っているとみえて呂律(ろれつ)が怪しい、「おれをよく眺めろ」

 こう云っている、

「どうだ、おれが死んでるか、ひっく、死人が歩いたり口をきいたり、ひっく、するかあー、おれは佐貝政所奉行役所の御役人だ、けれどもが、不正はしない、一日一合といえば、ありがたい、一日一合ですませる、嘘も隠しもない、神仏は、ひっく、すべて、へっく、これ見のがしだ、いや見透しだ。しかも生きてる、現の証拠だ、にもかかわらず下賤なうぬらが生きてるというのは怪しい、これはありえねえ、稀有(けう)だ、今そこにあるのは、ひっく、それあ水のような粥(かゆ)だろうさ、だが朝か、昼には、不正があるに違いねえ、佐貝政所奉行役所の御役人たるおれが、一日一合で生きてるのに、下賤なうぬらが一日一合で生きられる道理がねえ、神仏は、なにもかも、見透しだ、そんな、ひっく、理屈は通らねえ、米を出せ家捜しだぞ」

「うーん」

 権頭が感じ入ってうなる、

「役人なんてものは学があるもんだ、ちゃんと理の立ったことを云うぜ、ああ理詰めでこられちゃあぐうの音も出やしねえ、――うう寒い、つっ走ろう」

 市町の中ほどに「御休処(おやすみどころ)」と軒行燈の出た家がある、権頭の二人の盟友はそこへ入っていった。燈火禁制に軒行燈の出ているのもふしぎだが、中へ入るとそれどころではない、大きな八間(はっけん)の吊り燈(あかり)が幾つもあり、行燈、燭台(しょくだい)で、家じゅうがまぶしいほど照り輝いている、土間の床几(しょうぎ)は片付いているが、大小十幾つの部屋はいっぱいの客で、贅(ぜい)を凝らした魚鳥珍菜に、酒徳利を並べる者、精(しら)げた飯を食いちらす者、唄う声はやす音、禁令法度などはどこ吹く風かという景色である。権頭が板場へ顔を出すと、二十七八になる女が現われた。眼と唇つきのみだらがましい、しかしずばぬけた縹緻(きりょう)である、――彼女は土間へやって来て婉然(えんぜん)と三人にうなずいた。

「寒かったろう御苦労だね、いま一杯つけさせるから飲んでておくれ、権(ごん)、おまえその床几を下ろして、そう、隅のほうがいいね、――断わっておくがつぶれちゃあいけないよ、今夜は大事な頼みなんだから、いいかい」

「わかったよお杉の姐(あね)さん、だがいいのかい」

 権頭がまた胴震いをしながら座敷のほうを見た、

「あっちにだいぶ役人がいるようだぜ」

「役人だから安心じゃないか、例によって旦那衆の御招待さ、驚くにゃあ当たらないよ」

 ここだけはうす暗い土間の隅で、三人はつつましく酒を飲み始めた。ではこの暇にちょっと奥の座敷を拝見しよう、いちばん奥の最も上等な座敷を。

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