三悪人物語 忍術千一夜 第二話

3話 三

1,988字 約4分 2022年6月11日 公開

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 そこには招待した旦那衆と、招待された役人の中の身分の高い連中が集まっている。旦那衆というのは米問屋の田丸屋益造(たまるやますぞう)、呉服太物糸綿商の折屋伝内(おりやでんない)、酒問屋の水尾屋割助(みずおやわりすけ)、魚問屋、乾物問屋、……と、いやこれは、次にいる両替商の持木成助(もちきなりすけ)をごらんあれ、なんと成木持助でござるぞ、保良郡の豪家たる権右衛門(ごんえむ)殿のむすめ婿になりそこね、婚礼の席から逃亡した贋金(にせがね)作り、闇七こと成木持助でござる。しかもその隣りに坐っている人間が、――いやはやなんたる奇遇であろう、倉庫業の来六屋出平(きろくやでへい)とは出来六(できろく)でござるぞ、あの不逞(ふてい)な下僕、旅先で哀れな少年八百助を脅し、金を奪ってけし飛んだかの出来六でござる。さっき権頭(ごんのかみ)の話によれば、彼らは出来分限の両親玉だという、一は両替商、一は倉庫業、佐貝へ来て幾ほどもなく、土蔵の三棟も建てる資産家になったという、なるほど二人とも、りゅうとした身妝(みなり)だし、どこから見ても堂々たる旦那ぶりでござる。……客のほうも御紹介しよう、上座のまん中にいる肥(ふと)ったのが蓑賀参蔵(みのがさんぞう)、これは奉行所の筆頭与力、左に皆疋太九郎(みなひきたくろう)、次席与力、右に同じく矢土真平(やつちまへい)、その脇が池名勘兵衛(いけなかんべえ)、みんな歴々の奉行所幹部である。

「どうも近ごろは道徳がみだれとる」

 蓑賀参蔵殿が苦々しげに盃をあおられた、

「幾ら御禁令を出しても守らん、他人の迷惑などそっちのけで、自分だけ腹の裂けるほど食い、隠れて酒を飲み、ぬけ買いをやる、しかもこそこそ御政治の悪口ばかり申す、こんなことでは佐貝の復興なぞ思いもよらん、実になんたる世相であるか」

「要するに人心の腐敗堕落ですな」

 矢土真平が慨然として椀の蓋へ酒を注ぎ、ぐっとあおって眼を怒らす、

「これではだめです、まず準法の精神と社会道徳と良心を煥発(かんぱつ)しなければならない。酒が禁止されたら、うーい、断じて酒を飲まない、これが秩序ですからな、しかるに下民どもは、おい酒がないぞ、――下民どもは禁を犯して飲む、これでは秩序が乱れるのは当然です」

「手ぬるいんだよ」

 こう云って池名勘兵衛が鯛の塩焼をつつく、

「もっと絞め上げるんだ、ぎゅうぎゅうとね、下民どもにはその他に手はない」

「それでございます、もっと厳しくお取締りを願わぬといけません」

 米問屋の田丸屋が申し上げる、

「貧民どもは夜にまぎれて濠を渡り、河内(かわち)領へ米のぬけ買いにゆくそうです、なんでも当地の五分一ぐらいの安値だそうで、近ごろは私どもの裏口へ来る者がとんと少なくなりました、これでは商売のさきゆきが案じられてなりません」

「いやそれは綿も糸も呉服も太物も同じことです」

 折屋伝内が出っ歯を剥(む)いた、

「なにしろみんな濠をぬけて外へ買いに出る、なんのためでしょう、――御禁令があればこそ手前どもではちゃんと裏口で商売をしております、それを高価(たか)すぎるとか物が悪いとかぬかす、たしかに三日ですり切れる綿布もあるでしょう、糸なんぞふけていて物が縫えないかも知れない、……だがそれだからってなんでしょう、品物は品物なんですから、綿布三尺なら三尺、糸ひと巻ならひと巻、品物はちゃんと渡すんですからな、また高価(たか)いと云ったって御禁制の品を裏で売ってやるんですから、高価(たか)いのは当然のことじゃありませんか、この理屈がわからないで、野良犬どもはよそへぬけ買いにゆく、彼らは御政治を嘲笑(ちょうしょう)し私どもを破産させようとしているのです、この際どうしても」

「厳しいお取締りですな、もっと徹底的な」

 魚問屋が憂(うれ)わしげに首を振る、

「やつらの中には自分で魚を釣って来て食べるのがいます、これでは二十日に一度という御禁令も無になり、御禁令によって成り立ってゆく私どもの商売もやってまいれません、どうかぜひとも厳重なお取締りを願います」

 この真摯(しんし)な懇談の席からちょっと失礼しよう。向こうでは下役人たちが盛大に飲んでいる、飲んで食ってまた飲みながら、互いに口角泡を飛ばして世の頽廃(たいはい)を怒り、人心の堕落と無恥を叱(しった)している、「要するに彼らは猿だ、犬だ、豚だ」などとわめく。また片方では「おーいお杉はいないか」「お杉はどこへいった」などと景気をあげている、なかには当時はやった林不棹(ふさお)先生の著書でも読んでいるのだろう、

「われらの姫、まどんな、のうとるだあむよいずこへいった」

 と、亜剌比亜(アラビア)語などひけらかす者もいる。当のお杉はというと、――これは離れた小部屋でなに猫とかいうやつ、……え、山猫は郵便局のサボで、海猫は鴎(かもめ)でと、そうそうしんねこをきめこんでいる、相手は誰だろう、これがふしぎなことに人間ではない、高さ三尺ばかりの木彫彩色をした若衆人形である。人形としんねこ? ――いかにもお杉の姐(あね)さんは酒肴(しゅこう)の膳(ぜん)を前に、躯(からだ)をくの字にして人形に寄り添って、しきりにながしめを送りながら口説いている。

「ねえなんとかおっしゃいましな、若旦那、女のあたしにこんなことまで云わせて、可哀そうだぐらい思ってくだすってもいいでしょう」

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