7話 七
読み方を変える
「ふむ、あと二十箱ね」
八百助は相手の話しを聞いてうなずいた、
「それはいいが、合わせるとこれで五十箱になるね、持木屋、おまえ算盤は持ってるんだろうな」
「失礼ながら私も商売です、これだけの金を動かすのにめどのないところへ手は出しません、実申しますと、――いま云った奉行所の役人ですな、若旦那は恩人だから申し上げますが、蓑賀さんというこの役人と、納屋貸の来六屋、この三人でこしらえた仕事なんですが、底をばらせば二人には棒をかつがせるだけで、どたん場には私ひとりがさらってしまいます。五十箱の御出資に少なくとも二十箱の利はつけてお返し申しますよ」
「そんなことを云って、おれにも棒をかつがせるくちじゃあないのか」
「冗談じゃございません、商売は眼っぱりっこですが出資主は命の親です、かりにもそんなことをしたら持木屋は二度と世間へ出られなくなりますよ」
「世間へね」
八百助はからからと笑った、
「じゃあそれを信用して二十箱すぐ届けよう、だが合わせて五十箱となるとただじゃあいけない、十日期限で額面一万両の手形を五枚書いてくれ」
「手形でございますか」
「なにかたちだけだ、まるで形なしというわけにもいかないだろう、いやなら」
「とんでもない結構でございます」
成助はちょっと苦い顔をした。なぜなら、持木屋の手形はいま慶長大判と同じ信用がある、――もっともそれは玉村の若旦那の存在によるのだが、――したがって慶長大判で支払うのと同じ場合でない限り、絶対に手形は振り出したことがない。ふむ、自己保存の本能から成助はちょっと戸惑った、しかし相手は唯一の金主である、商売は地面を弓で射るほど確実である、
「結構でございます、すぐ書いてまいりますからしばらく」
こう云って成助は立っていった。
ほどなく持木屋を出た八百助は、広小路の通りをまっすぐにいって、穀物町にある米問屋の田丸屋益蔵を訪ねた、極秘の話しだからと云うと、蔵座敷へ案内され、そこで主じの益蔵と対談した。――八百助の話しは益蔵にとってもさして意外ではなかったらしい。
「おそらくおっしゃるとおりでしょうて」老人はこう云って手をもんだ。
「蓑賀さんと来六屋と持木屋、この三人は油断がならない、私どもでもそう見ていたのです、が、それについてなにかぬけ道がございますかな」
「いったい米はどのくらいあるんです」
八百助が返問した、
「奉行所の掟で定められた貯蔵米の他に、いまある米はどのくらいです」
「さよう、正確なところはわかりませんが、およそ三千俵あまりでございますかな」
「じゃあ私がそれを買いましょう」
「あ、なた、が、――」
「私がね」
八百助はむぞうさにうなずいた、
「今夜のうちに西浜へ三艘ばかり船をつける、それへ夜明けまでに積んでください、値はこれで買います」
八百助は持木屋の手形を一枚そこへ出した、三千俵で一万両、百俵六十両という当時の相場としては、現在いかに闇値が高いとしても法外である、蓑賀殿の不当な横流しは目前に迫っているし、手形は金と同じ信用のある持木屋の振出しであった。
「それとも三人に儲けさせてやりますか」
八百助にこう微笑されたとたんに田丸屋の決心はついた。取引は定り、今夜の荷積の手はずもついた、そして田丸屋を出た八百助は、その足で呉服太物糸綿商の折屋伝内を訪ね、酒問屋の水尾割助、海産問屋の美那屋古蔵を歴訪した。――遍歴の終わりは来六屋出平である、西浜の一劃に堂々たる店構えと、三戸前の大きな倉庫を持ったこの家の前に立って、八百助はしばしふしぎな微笑をうかべていた。
「私が来六屋の主じでございます」
訪れた八百助の顔を、出平は傲岸にじろじろ眺めまわした、
「なにか御用でございますか」
「倉は明いているかい」
八百助は立ったままぶっきら棒に云った、
「五六日うちにこれだけの荷が入るんだがね、ちょっと見てくれ」
出されたものをみると船荷証券が七枚、米五千俵、呉服太物四千反、糸綿千二百貫、海産物千二百貫、酒五百樽、醤油味噌八百樽、油三百樽という巨額な荷だ。出平は眼をむいてこの若者の顔を見直し、それからまたあわててその船荷証券を見た。兵庫の菱垣船で有名な和田屋忠兵衛の証券である。
「これはあなたの荷でございますな」
出平の態度がぐっと変わった、態度ばかりではない眼つきも顔つきも変わった、「で、なんでございますか、こういう荷にはたいてい御融通をすることになるのですが、そこのところは……」
「その証券だけじゃ無理だろう、これをつけるから五千両ばかり融通してもらえないかね」
八百助はこう云って、持木屋の手形を差し出した、
「四五日の小遣いがほしいんだ、ほんの五箱でいい」
四五日の小遣い五千両と聞いて、出平はひそかに舌を巻き同時に貪欲の知恵を巻いた。この若僧めなんにも知らねえな、持木屋の手形なら金も同様だ、よし五千両で額面そっくりふんだくってやれ、貸す五千両は船荷証券で持木屋から借り出せばいい、こいつは近来にない福の神だ、こう思ってひざを乗り出した。