8話 八
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出平が船荷証券で持木屋から五千両借り、馬に積んで北の庄村の家へ届けたとき、入れ替わりに八百助の家から誰が袖のお杉さんが、とび出して来た。――この凄艶なる女は眼をつり上げ、血相を変えて怒っていた。
「なんという図う図うしい青二才だろう」彼女はつんぼ井戸のほうへ急ぎながら、歯がみをしてから呟やいた、「人にさんざん気をもませておいて、ゆうべは木偶を抱かせるし、今日はまたあんな、――ああくやしい、どうしてやろう」
今日はまた、――とはなにごとがあったのであろう、拝見する機会のなかったのは残念であるが、わざわざ本宅まで押し掛けながら、恐らくまた若衆人形と同一の手を食わされたに違いない。彼女は忿怒し瞋恚に燃えて小走りにゆく、……と、向こうにみえる百姓家の馬小屋の脇から、とぼんと出て来る三人の男が眼にはいった、おや見たような、――こう思って立ち止まると、相手もぎょっとして立ち止まった。
「権頭じゃないか」
姐さんは眼をみはってからこう叫んだ、
「杢に中将、――どうしたんだい」
「へえ、これはどうも、姐さん」
「姐さんじゃないよ」
こう云いながら姐さんは三人のほうへ寄っていった、
「三人はゆうべ出たっきり梨の飛礫だし、けさ聞けば蓑賀はたしかに剥がれてる、てっきり謀反気を起こしてずらかったと思うから、こっちは三人の名を番所へ訴えちまったよ、全体どうしたことなんだい」
「それがその、なんです」
権頭はまだぼやっとして首を振る、
「なにしろ狐に化かされちまったもんでして、実を云えば、ほしをつけた家があったんで、事のついでにそっちも稼いで、姐さんに喜んでもらおうと思ったんですよ、なあ杢」
「つまりですね」
と杢もまだよく眼が覚めないという顔つきで云う、
「私たちとしてはですね、この、あれです」
「杢の謎々は結構だよ、それでほしをつけた家というのがどうしたのさ」
「ついそこなんで」
権頭が指さしをする、
「ついそこの松林の中にある一軒家なんで、主じはまだずぶ若え銀流しですし、老いぼれた爺婆が二人いるだけで。しかも毎夜ちりちりと金を」
「ちょっとお待ち」
姐さんはきゅっと唇をひきしめた、
「それは大根畑の向こうに見えるあの家じゃないのかい」
「へえあの家なんで、ところが姐さん」
権頭はぐらりと首を振り、手まね身振りで足らぬところを補いながら、土間から始まって土間に終わる、艱難辛苦を極めた体験をつぶさに物語った、
「――で、気がついてみたら朝でさ、三人で向こうの物置小屋ん中をうろうろしてた、ところを百姓たちに助けられて、狐に化かされたんだろうって、今まであの百姓家で寝かされていた、と、こういうわけなんでさ、どうも、なんとも面目ねえ」
お杉の姐さんは女である、女の中でもぬきんでて女らしい女である、彼女の唇には狐族にみる奸智と嗜虐の微笑がうかんだ。
「もういちどやるんだね」
姐さんは冷やかにこう申された、
「三人の名はあたしが番所へ届けちまった、もうおまえ達は佐貝を売らなくちゃあならない、今夜もういちどおやり、あの家にゃあ金がうなってる、いまも来六屋から五千両届けて来た、今夜は褌をしめてひと稼ぎするんだ、そして土地を売るがいいね、さもなければ、――」
「だって姐さん、あの家はもう」
「抜刀斬込み隊の意気でおやり」
姐さんはきっと眼を光らせた、
「裏口からこそこそいったりするからどじを踏むんだ、斬込み隊の意気で玄関から踏み込むがいい、たかが若僧ひとりじゃないか、おまえたちも男だろう、しっかりおしな、金はうなってるんだよ」
しかりしこうして三人は濠端に坐り、夜の来るのを待った。たしかに、裏口からお伺いするようなことだからどじを踏むんである、こっちは抜刀斬込み隊ではないか、男子はすべからく堂々とやるべしだ。――蓑賀殿から剥ぎ取った物は姐さんに召し上げられた、しかし弁当代だけは置いていってくれたので、腹ごしらえは出来た。
「やっぱり姐さんは姐さんだな」
権頭はなんどもこう云って溜息をついた、
「――堂々とおやり、男だろう、こういかなくちゃあいけねえ、おい、今夜こそやろうぜ」
「おてからな、どどとな、またなしだ」「要するにですね、つまり、――滞納した税金ですよ」
「それおはこが出た、そのおちは杢なんとつくんだ」
「遠慮なくはたるというわけです」
「うん悪くはねえ、ひとつその意気で踏ん込もうぜ」
夜は初更に及んだ、すなわち十時の鐘が鳴って間もない時刻、三人は堂々と基地から出て、大根畑をつき抜け、かの家の玄関へ押し込んでいった。――今や抜刀斬込み隊の勢いである、遠慮は無用、杉戸をがらりと明けて、襖は土足のままこれを蹴放してずかずかゆく、非常に壮快だ、無人の野を席捲する概がある、
「どうだ」
三人は互いに顔を見交わした、そのまま各自は豪雄不羈の士である、そしてそこが主じの部屋だ。
「――いいか」
権頭は盟友にこう云って、その襖をぱっと蹴倒した。みよ、部屋には八百助がいる、例のとおり短檠を側に置いて、山吹色の小判を数えている、権頭は刀の柄に手を掛け、天床も裂けよと絶叫した。
「やいそこな男、おれたちは大阪陣で抜刀斬込み隊と怖れられた命知らずの生残りだ、有金そっくり出してしまえ、四の五のぬかすとぶった斬るぞ」
「やあ、――」
八百助は静かに顔をあげた、
「たいそう元気ですな、なにか御用ですか」
「おちついたことを云やあがる、うむ、これを見ろ」
権頭は刀をぐいと抜こうとした、
「この、二尺八寸だんびら物を、――この、びっくりして腰を抜かすな、この二尺……」
顔をまっ赤にしていきんだが、刀はいっかな抜けないのである、権頭は焦った、満身の力をこめ、躯を曲げてけんめいに引っ張った。
「待ってろ、いまこのだんびら物を、――なにくそ、もうひと息だ、――この二尺八寸、びっくりするな」
杢と中将が心配して寄って来た。八百助はにこにこ笑いながら、平然とまた小判を数え始めた。