9話 九
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二尺八寸だんびら物、ずらりと抜いて、――洒落や冗談ではない、権頭も杢も中将も本気である。この若僧をすてっぺんからおどかして存分に黄金をかっさらうはずだ。しかるにえいと力んだが刀は抜けない、だんびら物は鞘へ貼りついたようにびくっとも動かないのである、「おれやてみる」と中将が手を出した、「それはですね、つまりこうして、――」杢ものぞきこんだ。
八百助は平然と小判を数えている。
「いけねらし、おれのやろ」中将があきらめて自分のを出した。だがこれも抜けなかった、杢の刀はどうだ、三度めの正直「えい」とやったが、こいつも全然いけなかった。
「どうしたんです」八百助が手を休めてそっちを見る、「抜けないんですか、――どこかぐあいが悪いんですね」
八百助は立って来る。どれと云って権頭の刀を取る、三人は疑わしげにのぞく、こちらは右手で柄を握ってぐいと引いた。だんびら物はすらりと抜ける、いちどおさめてもういっぺんやってみた。こんども楽にすらりと抜ける、「このとおり抜けますよ」ぴたりとおさめて権頭に渡し、八百助はまた自分の席へ帰った。――権頭は改めて刀を持ち直し、ぎっくりと凄みをきかせて叫んだ。
「さあこんどこそ覚悟をしろ、われらは抜刀斬込み隊、強い相手は避けて通るが弱いとみたら容赦なしの強盗さまだ、四の五のぬかせば伝家のわざ物、ずぶらずぶらと――えい」
腰をひねって抜き放……いや待て、えい、もうひと息――八百助は気の毒そうにきいた。
「どうしたんです、また抜けなくなりましたか」
「なに、こんなもの」だが権頭は癇癪を起こした、「ええくそ、今は抜けないけれども、今は抜けないが抜けば伝家の二尺八寸、ずばりずばりとめった斬りだ」
「それはすごそうですね、ひとつお手並みを見せてもらいましょう」
「だから云ってるじゃあねえか、今は抜けねえんだ、それになるべくなら手荒いまねはしたかあねえ、さあ黙ってあり金を出してしまえ、じたばたすると」
「ちょっと待ってくれ」八百助は振り向いた、
「誰だ、――帰ったのか源兵衛」
へえと答えながら、襖を明けて老人が出て来た。権頭のいわゆる「死っ損ないの老いぼれ」であろう、名を源兵衛と呼ぶこの家の老僕だ、――彼は急いで来たとみえて汗をかいている。
「たしかに船は着きました、二百石ばかりのものが四艘、さっそく荷積みを始めております」
「やいやい」権頭がわめく「こっちをどうするんだ」
「ちょっと待ってくれ急がしいんだ」八百助は見向きもしない、「それで番所のほうへあれは届いたんだな、よし、ではいいから寝てくれ、寒いところ御苦労だった」
老僕は挨拶をして奥へ去った、八百助は脇に置いてある文庫を明け、中から半紙を取り出しながら三人を見た。
「すまないがちょっと手を借りよう、ここに金が並んでいるね、これを五枚ずつ紙に包んでもらいたいんだ、手間賃は出すよ」
「ふざけるな」権頭が精いっぱいどなりたてた、「おれ達は家庭内職をしに来たんじゃねえ強盗だ、待つだけ待ったからには文句はあるめえ、金はもらってゆくからそう思え、さあ杢、中将、そこにあるったけ集めてくれ、おらあこの銀流しを押えてる、早いとこやってくんねえ」
「ぞさね」中将が叫ぶ、「いしやまの石切りだやっけろ」
杢と中将は仕事にかかった。そこらいちめん小判だらけである、燈火を映して黄金色に光っている、なんのぞうさがあろうとびかかってかき集めて、いな、――かき集めようとして手を出したが、とたんに二人とも「あっ熱つつ」と悲鳴をあげた。火でもつかんだように、悲鳴をあげて指を振りながらとび上がった。
「びくらした、あちあち、火だ」
「これはですね、つまりふきたての小判ですよ」
杢が指をひらひらさせる、「少しあおいでさませばいいわけです、団扇はないですかな」
「おらふく、こなもなけね」中将は四つん這いになってふうふう吹きだした、
「まて、もすぐだ」
八百助は依然として小判を数えている、五枚ずつに重ねてそこへ並べる、もちろんちゃんと手で持ってやっている。中将は眼をむいて、「やい、あつくねか」ときいた。八百助はにこりともしないで「そうさな」と云った。
「熱くないこともないが、なれているからまあ我慢ができるだろう、なにさしたることはないよ」こう云うと彼は静かに立った、「――さあ数は出来た、あとはおまえさん達が包むだけだ」
「やい動くな」権頭が刀の柄をひねくる、「坐ってじっとしてろ、承知しねえぞ」
「私のほうはすんだんだ、お付合いに見ていたいが、まだ用がたくさんあるからね」八百助は三人を見る、「あとは任せるよ、五枚ずつ紙に包んで向こうにある箱へ詰めといてくれ、三日もあれば出来るだろう」
そしてふいと消えた。ぜんぜん消えてしまったのである。三人は五秒ばかり石にでもなったように黙っていた、それからとつぜん笑いだした。笑いながらよくよく互いの顔を眺めあい墜落的に笑い止むと同時に、三人ともそれぞれの背後を振り返って見た。
「なんでもねえさ」権頭がそうっと云った、「なんにも起こりゃあしなかった、眼の迷いだ、――へっ」