おさん

9話 一の五

2,810字 約6分 2022年6月22日 公開

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 家主から知らせがあったあと、殆んど半年ちかく経(た)って、おさんから手紙が来た。おさんは字が書けない、誰かに頼んだのだろう、女の手で、仮名文字だけ並べてあるが、判じ読みをしても意味のわからないところがたくさんあった。おさん自身が、自分の気持をどう云いあらわしていいかわからない、というところだろう、三尺以上もある手紙を要約すれば、「あなたのことを忘れるためにいろいろの人とつきあってみた、けれど、どうやってもあなたを忘れることができなくって苦しい、わたし自身は二度とあなたに会えない躯(からだ)になってしまった、それでもわたしには後悔はない、あなたと三日でも夫婦になれたら、それで死んでもいいと思ったのだから」そして終りに、江戸へ帰っても自分のゆくえは捜さないでくれ、と書いてあった。おれはその手紙を引裂いて捨てた。おれのことを忘れるためにだって、いいかげんなことを云うな、おまえのからだが承知しなかったんだろう、そのことなしでは一と晩もすごせないから男をこしらえたんじゃないか、わかってるぞ、とおれは云ったっけ。これでけりはついた、江戸へ帰っても捜すようなことはないから心配するな。そしてまもなく、家主の喜平から二度めの手紙が来た。おさんが次つぎに男を伴(つ)れ込むので、長屋の女房たちがうるさいから家を明けてもらった、店賃(たなちん)の残りは預かってある、という文面だった。男は辰造だけではなかったんだ。おさんの手紙では要領を得なかったが、どうやら二人や三人ではないような感じだ。こいつは牛込へは帰れないな、とおれは思った。長屋の人たちにはもちろん、家主にだって合わせる顔はない。どうともなれ、当分は上方ぐらしだ、とおれは肚(はら)をきめた。おれはおさんを憎んだ。手を出したおれも悪いが、おさんが首を振ればなにごともなかったんだ。あとで聞くと、おさんには縁談のきまった相手がいたというし、おれはべつにむきになってたわけじゃない。酔いつぶれたあとの、ほんの出来ごころだった。眼がさめたら側にいたから、ひょいと手を出した。くどこうなんて気持はこれっぽっちもなかった。それがわからない筈はない、わかっていておさんは身を任せた。あいつはまえからおれが好きだと云った。これでもういつ死んでもいいとさえ云った。その気持に嘘がなければ、一年や二年、待っていられないということはないだろう。おれが博奕場(ばくちば)へ出入りするようになったのは、そのあとのことだった。それまでは花札(はなふだ)にも賽(さい)ころにも、手を触れたことさえなかった。おやじが嫌いだったし、博奕のために身をあやまった人間をいくたりも知っていたからである。おれはそれを忘れなかった。仕事があがって手間賃がはいると、それを三つに分ける、一つはくらしの分、一つは雑用、残った分だけ博奕をした。負ければそれっきり、他の二つの分には絶対に手を付けないし、勝ち目にまわったときでも倍になったらそこでやめる。どんな鉄火場でもそれでとおした。死んだ親たちの気性が伝わっているのか、それ以上の欲もかかなかったし、ぼろをだすようなこともなかった。仕事のほうも案外うまくいってた。床の間の仕事は上方のほうが本元で、いい職人も少なくないが、型にはまったことしかしないためだろう、おれの江戸ふうな仕上げはかなり評判になった。噂に聞いたとおり、女もよし酒も喰べ物もうまい。このまま上方に根をおろそうかと思ったくらいだが、二年めになったころからおちつかなくなった。魚も野菜も慥かにうまいし、料理のしかたもあっさりと凝っている。だがおれは、鯛の刺身(さしみ)より鰯(いわし)や秋刀魚(さんま)の塩焼のほうが恋しくなった。酒だって江戸のあっさりしたほうが口に合うし、初めはやさしいと思った女にしても、馴れてみればべたべたした感じで、江戸の女たちのさらっとした肌合(はだあい)にはかなわない。おまけに仕事の交渉の面倒なことだ。飾り板一枚でもとことんまで値切られる、勘定払いはいいけれども、注文がきまるまでのやりとりにはうんざりさせられた。それが番たびのことだからだんだんいや気がさして来た。そこへ宗七から手紙が来た。宗七はおれの弟分で、年は二十一、まだ大茂に住込んでいた。手紙は大茂の没落の知らせだった。年の暮になって店が火事で焼け、みんな着物一枚で逃げた。おかみさんと子供は危なく死ぬところだったが、親方はそのことでしんから怯えてしまったらしい。せっかく授かった子を二度とこんなめにあわせたくないと云って、八王子在の故郷へ引込んでしまった、ということであった。自分は浅草駒形(こまがた)の「大平」に住込んでいるが、とあって終りに、おさんのことが書いてあったのだ。京橋二丁目に普請場があり、かよい仕事にいっていたとき、おさんの姿を認めたので、跟(つ)けていってみると炭屋河岸(がし)の裏長屋へはいった。近所でそれとなく訊いたところ、作次という男といっしょだとわかった。男はすぐ近くの大鋸(おおが)町に妻子があり、どこかの料理茶屋の板前だそうだが、どうやらくらしは楽ではないようにみえた。よけいなことかもしれないが、辰あにいとのことは知っていると思う。辰あにいとはすぐ別れて、そのあと続けざまに幾人か男をつくったらしい。さかな町の家を出てからのことは知らないが、こんどの作次という男とも長いことはないだろう。参太あにいはいいときに別れたと思う、そういうように書いてあった。おれの気持はぐらつきだした。みれんは少しもないが、おさんが哀れに思えてきた。自分が上方へ来たのは、厄(やく)のがれをしたようなもので、その代りにおさんが独(ひと)りで厄を背負った、というふうな感じがし始めたのだ。江戸が恋しいのと、おさんをどうかしてやりたいという気持が、結局こうしておれを帰すことになった。関東の人間には上方の水は合わないという、慥かにそのとおりだ。おれはもう上方へは戻らないだろう、おさんがどんな事情になっているかわからないが、もしできることなら引取って、もういちどやり直してみてもいい。憐(あわ)れみや同情ではなく、傷つき病んでいる者に手を差出すように。やれるかどうか、やれるだろうか。幾人もの男から男へ渡った女を、また女房にすることができるか。いまは遠くはなれているから、哀れだという気持が先になる。現にその顔を見て、幾人もの男に触れた女だ、ということを思いだしたらどうだ。おさんが幾人もの男に抱かれたという事実は、生涯二人に付いてまわるぞ。それでも夫婦としてくらしてゆけるか。はやまるなよ、いちじの哀れさに負けるな。自分ではいいつもりでよりを戻しても、いつかがまんできなくなって、また別れるようなことにでもなったら、こんどこそ取返しがつかないぞ。まあおちつけ、そうがたがたするな、おれも二十六になったんだ。えらそうな口をきくようだが、二年まえのおれとは少しは違っていると思う。おさん、この勝負はおまえとおれでつけるんだ、わかったな。おれはきっとおまえを捜しだしてみせるよ。

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