19話 爆弾
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それから二日のち、五十嵐新一の工場滞在中に、京子の霊感を確証するような一事件が突発した。
新一は設計班の人々の仕事の進捗を見守りながら、ふたたび妨害者の現われることを警戒し、若しそういうきざしがあれば、それを未然に防ぐとともに、父博士殺害犯人を発見し、復讐することを使命としていた。それ故、彼は工場滞在中も、設計室や試作工場ばかりでなく、場内全体にわたって、探偵のような隠密の巡回を繰りかえし、八方に注意の目をくばっていたのである。
その夕方、彼が新鋭偵察機組立工場の大きな建物の裏を歩いていると、仕事着姿の京子とバッタリ出会った。実は京子の方で彼を探していたのであった。
「新一さん、わたし今妙なものを見ましたの。この組立工場の中です。この中には誰も居りません。組立ての終った偵察機が幾つか置いてあるばかりです。丁度仕事の合間なのです。わたし、職長さんに頼まれた用事があって、今そこへ入ったのです。すると偵察機の蔭に妙な男が蹲っていました。わたしが入って行ったのでびっくりして隠れたのです。ここの工員が何か悪さをしていたのではないかとも思いましたが、どうもそうではないのです。外から入って来たのに違いありません」
京子は息遣いせわしく囁くのであった。
「まだいるのですか」
新一は目で建物を示して囁き返した。
「エエ、いるかも知れません」
新一は京子をそこに残して、建物の表に廻り、その中へ入って行った。
巨大なる双発偵察機が一機、二機、三機、古代の怪獣のごとく唖黙って、銀色の翼を拡げていた。見上げる天井のガラス窓には、夕日の赤い色が映っているが、建物全体はもう寺院の本堂のように薄暗くなっていた。
新一は足音を忍ばせて、巨大な機体の下を歩いて行った。シーンと静まり返っている。眼界全体が霞のような夕闇に包まれている。寒気がひしひしと身に迫る。
「誰だッ」
彼は突然、立止って身構えをして怒鳴りつけた。偵察機の車輪の蔭に光っている二つの目に気づいたからである。
相手はサッと車輪の向う側に身を隠した。そしてコトコトと機体のあちらへ立ち去ってゆく足音。
「待てッ」
新一は機体をもぐって、音のする方角に突進した。
夕闇の中に国民服を着た大きな男の後姿が見える。男はヒョイと振返って、追手が意外に近いのに驚いたらしく、矢庭に走り出して、建物の外に逃げた。新一は猟犬のようにそのあとを追った。
建物を出て裏手に廻った時、追いつめられた男がクルリとこちらに向き直った。そして物をもいわず新一に組みついてきた。烈しい格闘が始まった。相手は恐ろしい大男である。腕力では新一に勝目はないように見えた。不幸にしてあたりに人影もなく、新一は単身この強敵と戦うほかはなかった。
× × ×
南京子が工場の事務所に急を告げて、守衛や工員たちと一緒に元の場所へ引返してみると、そこにはもう曲者の姿はなくて、新一が打ちのめされたように倒れていた。服は引きちぎれ、土にまみれ、顔一面に血が流れていた。
京子は驚いて駈けより、新一の上半身を抱き起そうとした。
「イヤ、大丈夫。それより早くあいつを捕えて下さい。あちらだ。あちらへ逃げたのです」
新一は苦痛をこらえて途切れ途切れに叫んだ。
人々は京子だけをその場に残して、指し示された方角へ駈け出して行った。
「京子さん、あなたは事務所へ行って、技師長さんを呼んで来て下さい。医者はそのあとでもいいのですよ。なあに、大したことはありませんよ」
京子はいわれるままに走り去ったが、ややあって技師長と医務室の主任医師とを伴って引返してきた。
「技師長さん。スパイです。恐ろしい奴です。工場内の全員にこのことを知らせて下さい。見つけ次第引とらえるように。それから、もっと重大なことがあります。奴は時限爆弾を持ち込んだらしいのです。僕はこの組立工場のなかで一つ見つけました。擬革の小型スーツケースです。むろん、もっと重要な場所にも仕掛けてあるにちがいありません。工場の隅から隅まで探させて下さい。全工員を動員して捜索させて下さい」
新一はそれをいってしまうとガックリと倒れた。医師が駈け寄って、顔面の傷の手当を始めた。京子はその側に附き添って甲斐甲斐しく看護婦の役目を勤めた。
「京子さん」
新一が彼女の手を握って目を開いた。
「エ、何ですの」
「あいつです。ホラ、あなた覚えているでしょう。僕らがまだ温泉村の山にいた頃、僕を山の上の洞穴へとじこめた奴、草の中を蛇のように這っていたとあなたがいった、あの男です。あいつが又この工場へ忍び込んだのです」
新一は医師の手当を受けながら、睡いような声で、途切れ途切れに云った。
「マア、そうでしたの」
京子は一昨日、裏山で新一に語った彼女の幻覚の一つが、既にして的中したことを知って、ふるえ戦いた。
やがて新一は医務室のベッドに運ばれ、本格の手当を受けることとなった。南博士をはじめ設計班の学者達が次々と病室を見舞った。京子は職長の許しを得て、工場を休み、新一の枕頭を離れなかった。
結局、曲者は捉え得なかった。技師長は新一の言葉どおり、工場内の全員をして捜索に当らせたけれども、遂にそれらしい人物を発見することが出来なかった。附近の村々、乗合自動車の停車場等にも人を派して調べたが、何の手掛りも掴むことが出来なかった。
小型スーツケースに仕掛けた時限爆弾は、工場内のもっとも重要なる三ヶ所の建物において発見せられた。その爆弾は時計を使用し、最小容積に最大の爆発力を納めた極めて巧妙な仕掛けのものであった。
爆発時間はいずれも深夜であり、三つのうちの二つまでは、爆発と同時に火災を誘発するような場所に隠してあった。もし新一がこのことを気附かなかったならば、大和航空機製作所は一夜にして灰燼に帰していたかも知れないのである。その功績、まことに顕著と云わなければならない。
「イヤ、それは僕ではありません。南京子さんです。あの人が曲者を発見して、ソッと僕に教えてくれなかったら、とても事を未然に防ぐことは出来なかったのです。京子さんにお礼をおっしゃって下さい」
工場長が病室を見舞って、感謝の意を表した時、新一はそういって、傍らの京子を赤面させたのである。