5話 五
読み方を変える
昨日の案内者をつれて、白雲山にのぼらむとす。宿を出づれば、直ちに妙義神社也。神佛混合の跡、仁王門に殘りて、今も仁王立てり。右の方、石壇の上に、御殿あり。社務所之につらなる。東都の寛永寺と縁故ふかく、寛永寺の法親王の隱居所となり居たりとの事にて、今もなほ、御殿と稱する也。仁王門を背にして立てば、銅の鳥居あり。石壇、天に朝す。老杉、石壇を狹み、左右にひろがる。千年以上の老木と見ゆるものも數株ありて、翠色人に逼る。その間、一株の公孫樹は黄に、一株の楓は紅に、黄紅二色の美を代表す。見事なる金燈籠の側に老櫻ありて、枝長く、石垣の半ばまでも垂れさがれり。隨身門を入りて、祠に詣づ。可成りの大さありて、金碧粲然として、人目を射る。優に關東有數の名祠也。余は祠宇よりも、境内の雄偉なるを取る也。
祠の右手より山に入る。杉の外、栃、樅などの大木多し。『さは』ありて、水ちよろ/\流る。獨木橋をわたりて、更にかなたの『さは』に出でて上る。水なし。鶯の瀧、日暮の瀧、平時はただ名のみ也。瓢箪穴、巖石に瓢箪を倒さまにしたるが如き穴あきて、つき拔けたるが、金洞の奇にくらべては、物ならず。溪谷としても、さばかりの事はなけれど 路急にして、老樹多く、巨藤もありて、妙義の三山中にては、とびはなれて幽邃をきはむる處也。
大字巖の後ろへゆけば、馬背の如き後峯の餘脈之に連なる。巖角にすがり/\て、大字巖の上に立つ。見上ぐれば白雲山、頭を壓して倒れかゝらむとし、見下せば、妙義の人家、脚下に在り。なほ遠く碓氷の流域を見渡す。最上層の紅葉は散りつくしたれど、上にも紅葉あり、下にも紅葉あり、上下四面すべて紅葉ならざるは無し。妙義の紅葉の大觀は、大字巖を以て、第一となすなり。岩に穴を掘りあけて、三本の柱を立て、竹を大形に組みて結びつけ、その竹に、紙片を隙間もなく結びつけたり。一體これは、何のしるしぞと問へば、妙義神社は、もと妙義大權現と云ひければ、大權現の大の字を取りて、中山道往來の人に大權現のありかを知らさむとせしなりといふ。妙義山は、もとは繁昌したりき、先達、遙に大字を指して、あれが妙義大權現のある處なりと云へば、はる/″\引きつれられし善男善女、如何ばかり飛びたつ思ひしたりけむ。大の字は、必ずしも兒戲的小細工にはあらざりし也。
上るに從つて、巖面、岩松を帶ぶるを見る。木立高くして、ます/\幽邃也。辨天の窟を經て、奧の院に至る。巖窟の奧に石佛を安置す。妙義祠より大字巖まで十五町、大字巖より奧の院まで十町、奧の院より頂上まで二十五町、都合五十町の登路と稱す。奧の院までは險なれど、危ならず。奧の院より上は、險に加ふるに、危を以てす。鳩胸、四つ這ひなどの嶮を這ひ上り、例の剃刀の刄をつたふ。木立あれど小也。すべて落葉して、その落葉路をうづめて、やゝもすれば、すべらむとす。力と頼むは木の根、木の枝、その枝も落葉しては朽木とわかち難く、誤つてつかみし枝、ぐざと折れるに、心ひや/\す。漸くにして絶頂に達す。石祠あり。四面の眺望もよけれど、眼界は中ノ嶽ほどには、ひろからず。こゝより見下す中尾山の谷合ひにも紅葉あれど、到底中ノ嶽より中木山方面を見たる紅葉の美觀には比ぶべくもあらず。空さへ昨日ほどには澄まず、淺間おろし身にしみて寒し。われやゝ失望しぬ。
歸りは、奧の院の方へは下らずして、大矢筈にいたる。峯背の二大巖對立して矢筈の如し。屏風岩に沿うて下り、逆下り、犬もどしの二嶮を後向きて這ひ下りて、釋迦ヶ嶽の前に達し、右に龍立の巖谷を見て、大字巖の上方にて、さきの奧の院跡に合しぬ。どの路をとるも、危險にして難澁也。白雲山を攀ぢたるものは、山路の危險を説くを得べき也。金之に次ぐ。中ノ嶽最も下れり。
宿にかへりて、白雲山の裏山を探らむと思ひしが、一日がゝりの處なりといふ。明日にゆづりて、獨り石門を逍遙す。何度見ても、奇にして怪なる哉。遊客歸りつくして、一鳥鳴かず。第四石門の南端に腰をおろし、空想にふける。冥色襲ひ來て、山ます/\幽寂也。吸ひさしの卷煙草をすつると共に、眼をうつせば、脚の馬鹿に長き盲目蜘蛛、驚いて逃げゆく。夜に入らば路危からむとて、歩をかへす。にげゆきし盲目蜘蛛、またもどり來たる。何を求めむとすらむ。
この夜、宮崎虎之助氏夫妻、刺を通じて來り、話して、深更に及べり。