妙義山の五日

6話

974字 約2分 2020年10月16日 公開

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白雲山の裏山への案内者を求むるに、妙義に案内を業とするもの十五六人、裏山を知れるは、わづか二三人。その二三人は、みな出拂ひて、あいにく案内する者なし。如何はせむと困りしが、宮崎氏、裏山行は明日にのばして、今日は共に金洞に赴かずやといふに、さらばとて、共にゆく。案内者ひとり從へり。

 三たび石門をさぐりても、余はなほ厭かざる也。四つの石門を過ぎ、天狗臺をも過ぎて、天狗の評定所にいたる。宮崎氏、豫言者の讃美歌をおきかせ申さむかとて、其妻を促して、共に歌ふ。甲の聲、乙の聲相和して、山壑にひゞきわたる。琴瑟相和すとは、この夫婦の事なるべし。宮崎氏自から豫言者と稱して、天下に呼號すること、年久し。如何ばかりの信者を得たるかは知らねど、この佳麗の少婦のみは、熱烈なる信者也。うきたる戀にはあらずと、よそ目にも見ゆる也。森田節齋の妻は、はじめて嫁せし時、『先生若許執箕箒、半作良人半作師』と歌へり。張船山の妻は、『愛君筆底有煙霞、自拔金釵付酒家』とうたへり。宮崎夫人にありては、『半作良人半作神』なるべし。世俗は、誇大狂とも何とも云へ。凡人常人以上の人、誰か多少の狂味なからむや。自から信ずる所を貫けば、其人の一生は、幸福なる生活也。その歌は君がつくりたるにかと問へば、否、わが妻の作れる所也。

 武尊巖の側の稍平らかなる處にもどり來りて、宮崎氏夫婦また歌ふ。こゝも眺望よし。何か名がつき居るかと、われ案内者に問ふに、なしといふ。さらば、豫言者臺と名づけむと云へば、宮崎氏、よからむといふ。かはいさうに、案内者は知らぬが佛、迷惑さうな顏して、立ちつくせり。

 西山にいたりて、朝日嶽に上る。二三日前、一遊客、鐵欄によりてのぞきし際、ポケツトの中の銀時計を落したり。下までは落ちず、どこかにとゞまれるなるべしとて、來る案内者は、どれも/\、皆のぞき込む。まさか案内者に、まちがひは無かるべしと思へど、慾に誘はれては、もしやと、見ても居られず。背いて煙草ふかすも、われながら弱き心かな。先年百々力氏が逆立せしより名を得たる百々力岩の上に、二人の帝國大學生の逆立せるを見る。覺えず喝釆すれば、案内者曰く、逆立する書生さんは、いくらもあるなりと。嗚呼誰か、今の學生は墮落せりといふものぞ。支那にかちたるも、露國にかちたるも、畢竟するに、この氣象の迸れるに外ならざる也。

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