妙義山の五日

7話

2,493字 約5分 2020年10月16日 公開

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伊香保に赴かむとする宮崎氏夫妻と手をわかちて、曉に宿を出づ。白雲山の裏山に赴かむとする也。

 今日も天氣よし。白雲山の東北麓を巡る。陣場ヶ原と稱す。官林となりて杉苗うゑられたるが、高さ未だ尺に及ばず。蕨枯れながらに殘り、龍膽、鈴蟲草の花、時を得顏也。一溪をわたり、雜木荊棘を排して上れば。石祠あり。案内者曰く、八狐神社也。一町ばかり上れば、また石祠あり。山上も山下も、短小なる雜木のみ生ひたるが、こゝには、眼立ちて、松生へたり。横川、五料など、碓氷流域の一分、脚底に開展す。案内者、東南の谷合ひを指して曰く、これが白雲山の裏山也。壁中のうるほひたる一線、二段となりて、臍を出したるが如し。雨ふれば、瀑となる。これ出臍の瀧也。一峯へだたれる彼方の峯上に、人の如き岩あり。これ人形岩也。遙か谷奧の峯上に、馬の雙耳を近寄せたるが如き岩あり。これ鋏岩也。今少し早かりせば、このあたりの紅葉の美觀を眺むるを得べかりしなりと。石門のことを問ふに、知らず。石門の彼方の奇巖怪石を問ふに、知らず。これより先きへは往きたることなしといふ。その上にも、今日は十時までに客をのせて松井田驛へゆかねばならずといふ。その事情の爲に、知らずとあざむくでもなきやう也。われ不覺にして、案内者其人を得ざりし也。已むを得ず、引きかへしぬ。嗚呼白雲山の奇勝、われわづかに其門に及びて、未だ其堂上に上らざる也。

 この裏山の奇勝は、近き頃、妙義の祠官の見出だせる所にかゝる由也。一月ばかり前、新たに梓に上りたる妙義山名勝案内に、その奇、金洞に劣らずと特筆せり。されど、見たる上ならでは腑に落ちず。ひとまづ祠官に逢ひて聞いて見むかと思ひしが、松井田への客は、既に發したり。その發せむと約したりし時間には間にあひたれど、案内者今は用立つに由なし。思ひ當る所あり、御案内申さむといふに、導かれて、再び白雲山に上る。

 奧の院を過ぎて、鳩胸をはひ上るまでは、一昨日上りたる路なるが、それより路を變じて、胎内潜りにいたる。岩窟を上りつくし、小さき穴より身を躍して峯背に出でて、一昨日の路に相合する也。

 白雲山の絶頂と稱する處にいたりて、折詰と一瓶の酒とを、案内者と相分つ。こゝよりまた例の剃刀の刄を上下し/\て、天狗嶽の絶頂にいたる。石祠あり。この峯、白雲の絶頂と稱する處よりも高く、眼界更にひろし。頂上のひろきことも、妙義の諸山に冠たり。南をさして、例の剃刀の刄を下る。幾百年をか經たるらむ、苔いと深し。鼠茅一面に黄了す。案内者曰く、この草の新緑は、いと美なりと。妙義の三山は、山骨みな怒立せるに、このあたりは、何となく、なつかしく思はる。所謂怒れば萬夫を慴伏せしめ、笑へば小兒をして慕ひなつかしむる快男子の俤、われこゝに見る也。下りて、天狗嶽と相馬嶽との中間に出づ。案内者は待たせおきて、ひとり相馬嶽の絶頂にいたる。こゝも例の剃刀の刄をつたふ也。殊に遊客及ばざればにや、路も無し。されど、絶頂に達して、覺えず驚喜しぬ。白雲の絶頂の眺望は、天狗と相馬とは、大に遮らる。天狗は、やゝ相馬に遮らる。相馬は、天狗にも、遮られず。以て、其の高きを知るべし。四方、眼をさへぎるものなく、眺望の壯大なること、實に妙義諸山中の第一也。相馬、天狗と別に峯名あれど、實は白雲山と一つの山也。相馬は、實に白雲の主峯也。かねて中尾の二峯の盟主也。餘脈、金洞の東面に延び、金の筆頭岩に接し、そこに一本杉の峠を起せり。白雲山の絶頂と稱する處より引きかへして、こゝに上らざるものは、未だ白雲山に上りたる者とは云ふべからざる也。この頂上に、石祠はなし。三角點あり。木組はくちて、南北をしるせる石のみ殘れり。

 路なき山なれば、歸路は如何と思ひしが、果して下り路をまちがへたるやう也。それと氣付きて、おうい/\と呼べば、近く下にあるべき筈の答聲が、遙か右の方にあるやう也。されど、わが左耳聾せるが爲に、はつきりと答聲の起る處を知るに由なし。火を焚いてくれよと、大聲に叫んで、煙草ふかして待つ。火煙上る。枯木の林を通して火さへ見ゆ。三谷へだたれる彼方のやゝ下の處也。その火に導かれて、下りつく。

 地勢を案ずるに、こゝより西に下らば、裏山の一つ此方の谷を經て、今朝通りたる陣場ヶ原に出づるを得べし。この路は、案内者も通りたることありといふ。されど裏山の石門にいたらむには、再び八狐の石祠を經ざるべからず。一寸谷に下りて峯一つ越えなば、石門ありといふ鋏岩あたりに出られさう也。されど、路は無かるべし。案内者も不案内也。殊に、時刻は三時頃とおぼし。つるべおとしといふ秋の日、早くも山中にて暮れむ。憾むらくは、われに日を招きかへすの扇なし。思ひ當る所ありと言ひたる案内者も、さつぱり思ひ當つて居らず。止みなむ/\、妄りに人を咎むべきに非ず。すべてわが不覺より出でたる也。

 終に路を東に取り、葡萄園へは出でずに直ちに妙義の宿につきたるは、午後四時半也。もし裏山に向はば、案ぜし如く、山中にて日が暮れるべかりし也。三たび四たび妙義の諸山を上下せし中にて、最も困難を覺えたるは、この下り路也。傾斜急にして、路なき處命を支へむとすれば、荊棘手を刺し、枯れかゝりたる薄、指の鮮血を奪ふ。されど、われこの困難を以て、彼の相馬嶽上の壯觀には、かへざる也。

 妙義にありしこと既に五日、錢もつき、切符の通用も、今日限りとなりたればとて、夕月の影に送られて、われはこの趣味多き名山を辭し去りぬ。

 日本山嶽志の増補の條に、『妙義は實に火山の化物屋敷なり。強ひて評すれば、巧奇に過ぎて、森嚴を缺くの嫌ひあり』とあるは、余も同感也。されど、石門の奇は、天下に比なし。相馬嶽上の眺望も天下有數也。登山の趣を解する者は、石門より引きかへさずに、請ふ、三山の頂にのぼれ。妙義の奇は、我が凡筆のよく盡くすべきに非ず。見おとしたる白雲の裏山と合せて、世の奇才の士を待たむ哉。

 用心せし故にや、この度は、膝關節疼痛は起さざるのみならず、さまで疲勞を覺えず。これならば、われは、なほ千里を踏破するを得べき也(明治四十二年)

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