修禅寺物語

2話 修禅寺物語(2)

3,635字 約7分 2008年5月6日 公開

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(桂は堪へず、すゝみ出づ。)

かつら 兵衞どのとやら、お身は卜者(うらや)か人相見か。初見參(うひげんざん)のわらはに對して、素性賤しき女子などと、迂濶に物を申されな。妾は都のうまれ、母は殿上人にも仕へし者ぞ。まして今は將軍家のおそばに召されて、若狹の局とも名乘る身に、一應の會釋もせで無禮の雜言(ざふごん)は、鎌倉武士といふにも似ぬ、さりとは作法をわきまへぬ者なう。

冷笑(あざわら)はれて行親は眉をひそめる。)

行親 なに。若狹の局……。して、それは誰に許された。

頼家 おゝ、予が許した。

行親 北條どのにも謀らせたまはず……。

頼家 北條がなんぢや。おのれ等は二口目には北條といふ。北條がそれほどに尊いか。時政も義時も予の家來ぢやぞ。

行親 さりとて、尼御臺もおはしますに……。

頼家 えゝ、くどい奴。おのれ等の云ふこと、聽くべき耳は持たぬぞ。退(すさ)れ、すされ。

行親 さほどにおむづかり遊ばされては、行親申上ぐべきやうもござりませぬ。仰せに任せて今宵はこのまゝ退散、委細は明朝あらためて見參の上……。

頼家 いや、重ねて來ること相成らぬぞ。若狹、まゐれ。

(頼家は起ち上りて桂の手を取り、打連れて橋を渡り去る。行親はあとを見送る。芒のあひだに潜みし軍兵出づ。)

兵一 先刻より忍んで相待ち申したに、なんの合圖もござりませねば……。

兵二 手を下すべき(をり)もなく、空しく時を移し申した。

行親 北條殿の密旨を(かうむ)り、近寄つて討ちたてまつらんと今宵ひそかに伺候したるが、流石(さすが)は上樣、早くもそれと覺られて、われに油斷を見せたまはねば、無念ながらも仕損じた。この上は修禪寺の御座所へ寄せかけ、多人數一度にこみ入つて本意を遂げうぞ。上樣は早業の達人、近習(きんじゆ)の者共にも手だれあり。小勢の敵と侮りて不覺を取るな。場所は狹し、夜いくさぢや。うろたへて同士撃すな。

兵 はつ。

行親 一人はこれより川下(かはしも)へ走せ向うて、村の出口に控へたる者どもに、即刻かゝれと下知を傳へい。

兵一 心得申した。

(一人は下手に走り去る。行親は一人を具して上手に入る。木かげより春彦、うかゞひ出づ。)

春彦 大仁の町から戻る路々に、物の具したる兵者(つはもの)が、こゝに五人かしこに十人(たむろ)して、出入りのものを一々詮議するは、合點がゆかぬと思うたが、さては鎌倉の下知によつて、上樣を失ひたてまつる結構な。さりとは大事ぢや。

(遠近にて寢鳥のおどろき起つ聲。下田五郎は橋を渡りて出づ。)

五郎 常はさびしき山里の、今宵は何とやらん物さわがしく、事ありげにも覺ゆるぞ。念のために川の上下(かみしも)を一わたり見廻らうか。

春彦 五郎どのではおはさぬか。

五郎 おゝ、春彦か。

(春彦は(ちかづ)きてさゝやく。)

五郎 や、なんと云ふ。金窪の參入は……。上樣を……。しかと左樣か。むゝ。

(五郎はあわたゞしく引返しゆかんとする時、橋の上より軍兵一人長卷をたづさへて出で、無言にて撃つてかゝる。五郎は拔きあはせて、忽ち斬つて捨つ。軍兵數人、上下より走り出で、五郎を押つ取りまく。)

五郎 やあ、春彦。こゝはそれがしが受け取つた。そちは御座所へ走せ參じて、この趣を注進せい。

春彦 はつ。

(春彦は橋をわたりて走り去る。五郎は左右に敵を引き受けて奮鬪す。)

       (三)

もとの夜叉王の住家。夜叉王は門にたちて望む。修禪寺にて早鐘を撞く音きこゆ。

(向ふより楓は走り出づ。)

かへで 父樣。夜討ぢや。

夜叉王 おゝ、むすめ。見て戻つたか。

かへで 敵は誰やらわからぬが、人數はおよそ二三百人、修禪寺の御座所へ夜討をかけましたぞ。

夜叉王 俄にきこゆる人馬の物音は、何事かと思うたに、修禪寺へ夜討とは……。平家の殘黨か、鎌倉の討手か。こりや容易ならぬ大變ぢやなう。

かへで 生憎に春彦どのはありあはさず、なんとしたことでござりませうな。

夜叉王 我々がうろ/\立騷いだとてなんの役にも立つまい。たゞその成行を觀てゐるばかりぢや。まさかの時には父子が手をひいて立退くまでのこと。平家が勝たうが、源氏が勝たうが、北條が勝たうが、われ/\にかゝり合ひのないことぢや。

かへで それぢやと云うて不意のいくさに、姉樣はなんとなされうか。もし逃げ惑うて過失(あやまち)でも……。

夜叉王 いや、それも時の運ぢや、是非もない。姉にはまた姉の覺悟があらうよ。

(寺鐘と陣鐘とまじりてきこゆ。楓は起ちつ居つ、幾たびか門に出でゝ心痛の體。向ふより春彦走り出づ。)

かへで おゝ、春彦どの。待ちかねました。

春彦 寄手(よせて)は鎌倉の北條方、しかも夜討の相談を、測らず木かげで立聽きして、其由を御注進申上げうと、修禪寺までは駈け付けたが、前後の門はみな圍まれ、翼なければ入ることかなはず、殘念ながらおめ/\戻つた。

かへで では、姉樣の安否も知れませぬか。

春彦 姉はさて措いて、上樣の御安否さへもまだ判らぬ。小勢ながらも近習の衆が、火花をちらして追つ返しつ、今が合戰最中ぢや。

夜叉王 なにを云ふにも多勢に無勢、御所方とても鬼神ではあるまいに、勝負は大方知れてある。とても逃れぬ御運の末ぢや。蒲殿といひ、上樣と云ひ、いかなる因縁かこの修禪寺には、土の底まで源氏の血が沁みるなう。

(寺鐘烈しくきこゆ。春彦夫婦は再び表をうかゞひ見る。)

かへで おゝ、おびたゞしい人の足音……。(しのぎ)を削る太刀の音……。

春彦 こゝへも次第に(ちかづ)いてくるわ。

(桂は頼家の假面を持ちて顏には髮をふりかけ、直垂を着て長卷を持ち、手負の體にて走り出で、門口に來りて倒る。)

春彦 や、誰やら表に……。

(夫婦は走り寄りて扶け起し、庭さきに伴ひ入るれば、桂は又倒れる。)

春彦 これ、傷は淺うござりまするぞ。心を確に持たせられい。

かつら (息もたゆげに)おゝ妹……。春彦どの……。父樣はどこにぢや。

夜叉王 や、なんと……。

(夜叉王は怪みて立ちよる。桂は顏をあげる。みな/\驚く。)

春彦 や、侍衆とおもひの外……。

夜叉王 おゝ、娘か。

かへで 姉さまか。

春彦 して、この體は……。

かつら 上樣お風呂を召さるゝ折から、鎌倉勢が不意の夜討……。味方は小人數、必死にたゝかふ。女でこそあれこの桂も、御奉公はじめの御奉公納めに、この(おもて)をつけてお身がはりと、早速(さそく)の分別……。月の暗きを幸ひに打物とつて庭におり立ち、左金吾頼家これにありと、呼はり呼はり走せ出づれば、むらがる敵は夜目遠目に、まことの上樣ぞと心得て、うち洩さじと追つかくる。

夜叉王 さては上樣お身替りと相成つて、この面にて敵をあざむき、こゝまで斬拔けてまゐつたか。(血に染みたる假面を取りてぢつと視る)

春彦 我々すらも侍衆と見あやまつた程なれば、敵のあざむかれたも無理ではあるまい。

かへで とは云ふものゝ、淺ましいこのお姿……。姉樣死んで下さりまするな。(取縋りて泣く)

かつら いや、いや。死んでも(うら)みはない。賤が伏屋でいたづらに、百年千年生きたとて何とならう。たとひ半|《とき》一でも、將軍家のおそばに召出され、若狹の局といふ名をも給はるからは、これで出世の望もかなうた。死んでもわたしは本望ぢや。

(云ひかけて弱るを、春彦夫婦は介抱す。夜叉王は假面をみつめて物云はず。以前の修禪寺の僧、頭より袈裟をかぶりて逃げ來る。)

僧 大變ぢや、大變ぢや。かくまうて下され、隱まうてくだされ。(内に駈入りて、桂を見て又おどろく)やあ、こゝにも手負が……。おゝ、桂殿……。こなたもか。

かつら して、上樣は……。

僧 お(いた)はしや、御最期ぢや。

かつら えゝ。(這ひ起きて(きつ)と視る)

僧 上樣ばかりか、御家來衆も大方は斬死……。わし等も傍杖の怪我せぬうちと、命から/″\逃げて來たのぢや。

春彦 では、お身がはりの甲斐もなく……。

かへで 遂にやみ/\御最期か。

(桂は失望してまた倒る。楓は取付きて叫ぶ。)

かへで これ、姉さま。心を確に……。なう、父樣。姉さまが死にまするぞ。

(今まで一心に假面をみつめたる夜叉王、はじめて見かへる。)

夜叉王 おゝ、姉は死ぬるか。姉もさだめて本望であらう。父もまた本望ぢや。

かへで えゝ。

夜叉王 幾たび打ち直してもこの(おもて)に、死相のあり/\と見えたるは、われ拙きにあらず、鈍きにあらず。源氏の將軍頼家卿が斯く相成るべき御運とは、今といふ今、はじめて覺つた。神ならでは知ろしめされぬ人の運命、先づわが作にあらはれしは、自然の感應、自然の妙、技藝(しん)に入るとはこの事よ。伊豆の夜叉王、われながら天晴れ天下一ぢやなう。(快げに笑ふ)

かつら (おなじく笑ふ)わたしも天晴れお局樣ぢや。死んでも思ひ置くことない。(ちつ)とも早う上樣のおあとを慕うて、冥土のおん供……。

夜叉王 やれ、娘。わかき女子が斷末魔の面、後の手本に寫しておきたい。苦痛を堪へてしばらく待て。春彦、筆と紙を……。

春彦 はつ。

(春彦は細工場に走り入りて、筆と紙などを持ち來る。夜叉王は筆を執る。)

夜叉王 娘、顏をみせい。

かつら あい。

(桂は春彦夫婦に扶けられて這ひよる。夜叉王は筆を執りて、その顏を模寫せんとす。僧は口のうちにて念佛す。)

――幕――

(明治四十四年一月「文藝倶樂部」)

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