4話 高村光太郎(2)
読み方を変える
光太郎の死後、あらゆる読物娯楽と演出演劇がよってたかって、光太郎と智恵子をめちゃくちゃに見せ物にしてしまった。劇ではひげの生えた光太郎と智恵子とが恋を物語り、恥かしい場面を転換した。映画では見るにしのびないかれらの恋愛が、演出された。ラジオもまたそういう愚劣をくりかえした。小説物語も(佐藤春夫の『小説智恵子抄』は含まない)また光太郎を引きすえて軽い書生流の恋愛道中を点出した。かれらは何が面白かったのだ。なんのウラミがあったのだ、なにを世間から受けさせるつもりで空騒ぎしたのだ、私はそれらの記述を新聞雑誌で読むごとに、うたた暗然として、聖人高村光太郎のために、どいつも、こいつも叩きのめしてやろうかとさえ憤激一日として安きを得なかった。その生涯の大きさと正実とをくしくも理想として抱いていたかれは、過失なくその大きさと逞しさ、その上に、こまかい鋭い人格完成をなしとげたのであるが、見世物の群衆はどんなわけからか彼の周囲に集まり、わいわい騒いだのであろうと私は思った。それは死んだ妻を恋うという一つの日本人が控え目にしていた現われを、光太郎は最後まで隠さなかったからであった。われわれ日本人は妻との情事はいつも死後も、これを草ふかき土中にうずめて悲しんでいた。ひとの前で語るべきではないという太極の上に立っていた。
光太郎の死は巨星墜つということばどおりのものを、私に感じさせた。巨星墜つというばかばかしいことばが、やはりかれの場合ふさわしく、それだけ私は依然距たりをおぼえていたのだ。巨星は映画演劇におもちゃにされたが、依然見事に聖人高村光太郎にびくとも影響をあたえていないし、そのために彼を軽く見るという境にまで行きつかなかった。そして空騒ぎが済むとかれら興行師のともがらは、騒ぎをしずめて去って行った。私は人の生き方のまじめさ、性質にある善意識の透明さを、ずっと昔に感じたそれを、いままた残念ながら魅せられ新しくされた。私は詩の事を書くたびに光太郎に当っていたと先きに述べたが、この事で光太郎はいちども当りを返したことはない、かれはなにも読まないふうを装うて、私の悪口をゆるしてくれたものに、思えた。
一人の人間にはいやなところばかりを見せ、別の一人の人間にはいいところばかりを見せていた智恵子は、光太郎には愛する名の神であった。私が尊敬出来ないような智恵子にとっては、私それ自身は彼女に一疋の昆虫にも値しなかった。吹けば飛ぶような青書生の訪問者なぞもんだいではないのだ。それでいいのだ、女の人が生き抜くときには選ばれた一人の男が名の神であって、あとは塵あくたの類であっていいのである。つねに貴重な愛情を原稿のうえで売るような人間は、ついに聖人には達せられないが、高村の生きたあとのくそや悲しみを見ると、聖人ということばがはじめてその顔をちらりと見せたことに気づく、このばかばかしいことばが何と近い仲間のあいだに存在していたことだろう。智恵子さん曰く、四十何年か前に見た人がまたいやなことを書いているわね、なんてしつこい厭な奴!