南洲手抄言志録 03 南洲手抄言志録

2話 南洲手抄言志録 03 南洲手抄言志録(2)

6,931字 約14分 2008年8月12日 公開

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〔譯〕孟子讀書を以て尚友(しやういう)と爲す。故に經籍(けいせき)を讀む、即ち是れ嚴師(げんし)父兄の訓を聽くなり。史子(しゝ)を讀む、亦即ち明君賢相英雄豪傑と相周旋(しうせん)するなり。其れ其の心を清明にして以て之に對越(たいえつ)せざる可けんや。

四一 爲學緊要、在心一字。把心以治心、謂之聖學。爲政著眼、在情一字。循情以治情、謂之王道。王道聖學非二。

〔譯〕學を爲すの緊要(きんえう)は心の一字に在り。心を()つて以て心を治む、之を聖學と謂ふ。政を爲すの着眼(ちやくがん)は情の一字に在り。情に(したが)うて以て情を治む、之を王道と謂ふ。王道と聖學と二に非ず。

〔評〕兵を()して對抗(たいかう)し、互に勝敗(しようはい)あり。兵士或は負傷(ふしやう)者の(じやう)を爲す、()故に之を診察(しんさつ)す。兵士初め負傷者とならんことを惡む。一日、聖上(せいじやう)親臨(しんりん)して負傷者を()し、恩言(おんげん)(たま)ふ、此より兵士負傷者とならんことを願ふ。是に由つて之を觀れば、兵を(ぎよ)するも亦情に外ならざるなり。

四二 發憤忘食、志氣如是。樂以忘憂、心體如是。不知老之將至、知命樂天如是。聖人與人不同、又與人不異。

〔譯〕(いきどほり)を發して食を(わす)る、志氣(しき)(かく)の如し。(たのし)んで以て(うれひ)を忘る、心體(しんたい)是の如し。(らう)の將に至らんとするを知らず、(めい)を知り天を樂しむもの(かく)の如し。聖人は人と同じからず、又人と(こと)ならず。

四三 講説聖賢、而不能躬之、謂之口頭聖賢、吾聞之一然。論辯道學、而不能體之、謂之紙上道學、吾聞之再然。

〔譯〕聖賢を講説(かうせつ)して之を()にする能はず、之を口頭(こうとう)聖賢と謂ふ、吾れ之を聞いて一たび(てきぜん)たり。道學を論辯(ろんべん)して之を(たい)する能はず、之を紙上道學と謂ふ、吾れ之を聞いて再び(てきぜん)たり。

四四 學、稽之古訓、問、質之師友、人皆知之。學必學之躬、問必問諸心、其有幾人耶。

〔譯〕(がく)之を古訓(こくん)(かんが)へ、(もん)之を師友に(たゞ)すは、人皆之を知る。學必ず之を躬に學び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。

四五 以天而得者固。以人而得者脆。

〔譯〕天を以て得たるものは(かた)し。人を以て得たるものは(もろ)し。

四六 君子自慊、小人自欺。君子自彊、小人自棄。上達下達、落在一自字。

〔譯〕君子は自ら(こゝろよ)くし、小人は自ら(あざむ)く。君子は自ら(つと)め、小人は自ら()つ。上(たつ)と下(たつ)とは、一の()の字に落在(らくざい)す。

四七 人皆知問身之安否、而不知問心之安否。宜自問能不欺闇室否、能不愧衾影否、能得安穩快樂否。時時如是、心便不放。

〔譯〕人は皆身の安否(あんぴ)()ふことを知つて、而かも心の安否を問ふことを知らず。宜しく自ら能く闇室(あんしつ)(あざむ)かざるや(いな)や、能く衾影(きんえい)()ぢざるや否や、能く安穩(あんおん)快樂(くわいらく)を得るや否やと問ふべし。時時(かく)の如くば心便(すなは)(はな)たず。

〔評〕某士南洲に(めん)して仕官(しくわん)(もと)む。南洲曰ふ、汝俸給(ほうきふ)幾許(いくばく)を求むるやと。某曰ふ、三十圓ばかりと。南洲乃ち三十圓を與へて曰ふ、汝に一月(ひとつき)(ほう)金を與へん、汝は宜しく汝の心に(むか)うて我が才力(さいりき)如何を問ふべしと。其人()た來らず。

四八 無爲而有爲之謂誠。有爲而無爲之謂敬。

〔譯〕爲す無くして爲す有る之を(まこと)と謂ふ。爲す有つて爲す無し之を(けい)と謂ふ。

四九 寛懷不忤俗情、和也。立脚不墜俗情、介也。

〔譯〕寛懷(かんくわい)俗情(ぞくじやう)(さか)はざるは、()なり。立脚(りつきやく)俗情に()ちざるは、(かい)なり。

五〇 惻隱之心偏、民或有溺愛殞身者。羞惡之心偏、民或有自經溝涜者。辭讓之心偏、民或有奔亡風狂者。是非之心偏、民或有兄弟鬩牆父子相訟者。凡情之偏、雖四端遂陷不善。故學以致中和、歸於無過不及、謂之復性之學。

〔譯〕惻隱(そくいん)の心(へん)すれば、民或は(あい)(おぼ)れ身を(おと)す者有り。羞惡(しうを)の心偏すれば、民或は溝涜(かうとく)自經(じけい)する者有り。辭讓(じじやう)の心偏すれば、民或は奔亡(ほんばう)風狂(ふうきやう)する者有り。是非の心偏すれば、民或は兄弟(かき)(せめ)ぎ父子相(うつた)ふ者有り。凡そ情の偏するや、四(たん)と雖遂に不善(ふぜん)(おちい)る。故に學んで以て中和を(いた)し、過不及(かふきふ)無きに()す、之を復性(ふくせい)の學と謂ふ。

〔評〕江藤新平(しんぺい)、前原一誠(いつせい)等の如きは、皆維新(いしん)の功臣として、勤王二なく、官は參議(さんぎ)に至り、位は人臣の(えい)(きは)む。然り而して前後皆亂を爲し誅に伏す、惜しいかな。豈四(たん)(へん)ありしものか。

五一 此學吾人一生負擔、當斃而後已。道固無窮、堯舜之上善無盡。孔子自志學、至七十、毎十年、自覺其有所進、孜孜自彊、不知老之將至。假使其踰耄至期、則其神明不測、想當爲何如哉。凡學孔子者、宜以孔子之志爲志。

〔譯〕此の學は吾人一生の負擔(ふたん)(まさ)(たふ)れて後に()むべし。道固より窮り無し。堯舜の上、善盡くること無し。孔子學に志してより七十に至るまで、十年毎に自ら其の(すゝ)む所有るを(さと)り、孜孜(しゝ)として自ら(つと)めて、(らう)の將に至らんとするを知らず。()し其をして(ばう)()()に至らしめば、則ち其の神明(はか)られざること、(おも)ふに當に何如たるべきぞや。凡そ孔子を學ぶ者は、宜しく孔子の志を以て志と爲すべし。

五二 自彊不息、天道也、君子所以也。如虞舜孳孳爲善、大禹思日孜孜、成湯苟日新、文王不遑暇、周公坐以待旦、孔子發憤忘食、皆是也。彼徒事靜養瞑坐而已、則與此學脈背馳。

〔譯〕自ら(つと)めて()まざるは天道なり、君子の(もち)ゐる所なり。虞舜(ぐしゆん)孳孳(じじ)として善を爲し、大()の日に孜孜せんことを思ひ、成湯(せいたう)(まこと)に日に新にせる、文王の(いとま)あき(いとま)あらざる、(しう)公の()して以て(たん)()つ、孔子の(いきどほ)りを發して食を忘るゝ如きは、皆是なり。彼の(いたづら)靜養(せいやう)瞑坐(めいざ)を事とすのみならば、則ち此の學脈(がくみやく)背馳(はいち)す。

五三 自彊不息時候、心地光光明明、有何妄念游思、有何嬰累想。

〔譯〕自ら(つと)めて()まざる時候(じこう)は、心地(しんち)光光明明(くわう/\めい/\)にして、何の妄念(ばうねん)游思(ゆうし)有らん、何の嬰累(えいるゐ)(けさう)有らん。

〔評〕三條公の筑前に在る、或る人其の旅況(りよきやう)無聊(むれう)(さつ)して美女を進む、公之を(しりぞ)く。某氏(えん)(ひら)いて女(がく)(まう)く、公(ふつ)然として去れり。

五四 提一燈、行暗夜。勿憂暗夜、只頼一燈。

〔譯〕一(とう)(ひつさ)げて、暗夜(あんや)を行く。暗夜を(うれ)ふる勿れ、只だ一(とう)(たの)め。

〔評〕伏水(ふしみ)戰を開き、砲聲(はうせい)大内(おほうち)に聞え、愈(はげ)しく愈(ちか)づく。岩倉公南洲に問うて曰ふ、勝敗(しようはい)何如と。南洲答へて曰ふ、西郷隆盛在り、憂ふる勿れと。

五五 倫理物理、同一理也。我學倫理之學、宜近取諸身、即是物理。

〔譯〕倫理(りんり)と物理とは同一理なり。我れ倫理の學を學ぶ、宜しく近く(これ)を身に取るべし、即ち是れ物理なり。

五六 濁水亦水也。一澄則爲清水。客氣亦氣也。一轉則爲正氣。逐客工夫、只是克己、只是復禮。

〔譯〕濁水(だくすゐ)も亦水なり、一(ちよう)すれば則ち清水(せいすゐ)となる。客氣(きやくき)も亦氣なり、一(てん)すれば則ち正氣(せいき)となる。(きやく)()ふの工夫は、只是れ己に克つなり、只是れ禮に(かへ)るなり。

〔評〕南洲壯時(さうじ)角觝(かくてい)を好み、(つね)に壯士と角す。人之を(くる)しむ。其守庭吏(しゆていり)と爲るや、(てい)中に土豚(どとん)(まう)けて、掃除(さうぢよ)(こと)とせず。既にして慨然(がいぜん)として天下を以て自ら(にん)じ、(せつ)(くつ)して書を讀み、遂に復古(ふくこ)の大(げふ)を成せり。

五七 理本無形。無形則無名矣。形而後有名。既有名、則理謂之氣無不可。故專指本體、則形後亦謂之理。專指運用、則形前亦謂之氣、竝無不可。如浩然之氣、專指運用、其實太極之呼吸、只是一誠。謂之氣原、即是理。

〔譯〕理は()(かたち)無し。形無ければ則ち名無し。形ありて後に名有り。既に名有れば、則ち理之を氣と謂ふも、不可無し。故に專ら本體(ほんたい)を指せば、則ち形後(けいご)も亦之を理と謂ふ。專ら運用(うんよう)を指せば、則ち形前も亦之を氣と謂ふ、(ならび)に不可無し。浩然(かうぜん)の氣の如きは、專ら運用を指すも、其の實太極(たいきよく)呼吸(こきふ)にして、只是れ一(せい)なり。之を氣(げん)と謂ふ、即ち是れ理なり。

五八 物我一體、即是仁。我執公情以行公事、天下無不服。治亂之機、在於公不公。周子曰、公於己者、公於人。伊川又以公理、釋仁字。餘姚亦更博愛爲公愛。可并攷。

〔譯〕物我(ぶつが)(たい)は即ち是れ仁なり。我れ公情(こうじやう)()つて以て公事を行ふ、天下服せざる無し。治亂(ちらん)()は公と不公とに在り。(しう)子曰ふ、(おのれ)に公なる者は人に公なりと。伊川(いせん)公理(こうり)を以て仁の字を(しやく)す。餘姚(よえう)も亦博愛を(あらた)めて公愛と爲せり。(あは)(かんが)ふ可し。

〔評〕余嘗て木戸公の言を記せり。曰ふ、會津藩士(あひづはんし)は、性直にして用ふ可し、長人(ちやうじん)の及ぶ所に非ざるなりと。夫れ(くわい)(ちやう)(てき)なり、()かも其の言(かく)の如し。以て公の事を(しよ)すること皆公平(こうへい)なるを知るべし。

五九 尊徳性、是以道問學、即是尊徳性。先立其大者、則其知也眞。能迪其知、則其功也實。畢竟一條路往來耳。

〔譯〕徳性を尊ぶ、是を以て問學(ぶんがく)()る、即ち是れ徳性を尊ぶなり。先づ其の大なる者を立つれば、則ち其知や(しん)なり。能く其の知を()めば、則ち其功や(じつ)なり。畢竟(ひつきやう)一條(いちでう)()の往來のみ。

六〇 周子主靜、謂心守本體。説自註無欲故靜、程伯氏因此有天理人欲之説。叔子持敬工夫亦在此。朱陸以下雖各有得力處、而畢竟不出此範圍。不意至明儒、朱陸分黨如敵讐。何以然邪。今之學者、宜以平心待之。取其得力處可也。

〔譯〕周子(しうし)(せい)(しゆ)とす、(こゝろ)本體(ほんたい)を守るを謂ふなり。(づせつ)に、「(よく)無し故に(せい)」と自註(じちゆう)す、程伯氏(ていはくし)(これ)に因つて天()(よく)(せつ)有り。叔子(しゆくし)(けい)()する工夫(くふう)も亦(こゝ)に在り。朱陸(しゆりく)以下各(ちから)を得る處有りと雖、()かも畢竟(ひつきやう)此の範圍(はんい)を出でず。(おも)はざりき明儒(みんじゆ)に至つて、朱陸(しゆりく)(たう)を分つこと敵讐(てきしう)の如くあらんとは。何を以て然るや。今の學ぶ者、宜しく平心を以て之を待つべし。其の力を得る處を取らば可なり。

六一 象山、宇宙内事、皆己分内事、此謂男子擔當之志如此。陳引此註射義、極是。

〔譯〕象山(しようざん)の、宇宙(うちう)(ない)の事は皆(おの)分内(ぶんない)の事は、()れ男子擔當(たんたう)の志(かく)の如きを謂ふなり。(ちんかう)此を引いて射義(しやぎ)(ちゆう)す、(きは)めて()なり。

〔評〕南洲(かつ)て東湖に從うて學ぶ。當時(たうじ)書する所、今猶民間に(そん)す。曰ふ、「一寸(いつすん)英心(えいしん)萬夫(ばんぷ)(てき)す」と。(けだ)復古(ふくこ)(げふ)を以て擔當(たんたう)することを爲す。維新(いしん)征東の(こう)實に此に(しん)す。末路(まつろ)(ふたゝ)(しん)を成せるは、(かな)しむべきかな。

六二 講論語、是慈父教子意思。講孟子、是伯兄誨季意思。講大學、如網在綱。講中庸、如雲出岫。

〔譯〕論語(ろんご)(かう)ず、是れ慈父(じふ)の子を教ふる意思(いし)孟子(まうし)を講ず、是れ伯兄の()(をし)ふる意思(いし)大學(だいがく)を講ず、(あみ)(かう)に在る如し。中庸(ちゆうよう)を講ず、(くも)(しう)を出づる如し。

六三 易是性字註脚。詩是情字註脚。書是心字註脚。

〔譯〕(えき)は是れ(せい)の字の註脚(ちゆうきやく)なり。()は是れ情の字の註脚なり。(しよ)は是れ心の字の註脚なり。

六四 獨得之見似私、人驚其驟至。平凡之議似公、世安其狃聞。凡聽人言、宜虚懷而邀之。勿苟安狃聞可也。

〔譯〕獨得(どくとく)(けん)(わたくし)に似る、人其の驟至(しうし)(おどろ)く。平凡(へいぼん)()は公に似る、世其の狃聞(ぢうぶん)に安んず。凡そ人の言を()くは、宜しく虚懷(きよくわい)にして之を(むか)ふべし。狃聞(ぢうぶん)苟安(こうあん)することなくんば可なり。

六五 心理是豎工夫、愽覽是横工夫。豎工夫、則深入自得。横工夫、則淺易汎濫。

〔譯〕心理(しんり)は是れ(たて)の工夫なり、愽覽(はくらん)は是れ(よこ)の工夫なり。(たて)の工夫は、則ち深入(しんにふ)自得(じとく)せよ。(よこ)の工夫は、則ち淺易(せんい)汎濫(はんらん)なれ。

六六 讀經、宜以我之心讀經之心、以經之心釋我之心。不然徒爾講明訓詁而已、便是終身不曾讀。

〔譯〕(けい)を讀むは、宜しく我れの心を以て經の心を讀み、經の心を以て我の心を(しやく)すべし。然らずして徒爾(とじ)訓詁(くんこ)講明(かうめい)するのみならば、便(すなは)ち是れ終身(かつ)て讀まざるなり。

六七 引滿中度、發無空箭。人事宜如射然。

〔譯〕滿(まん)()()(あた)り、發して空箭(くうぜん)無し。人事宜しく(しや)の如く然るべし。

六八 前人、謂英氣害事。余則謂、英氣不可無、但露圭角爲不可。

〔譯〕前人は、英氣(えいき)は事を(がい)すと謂へり。余は則ち謂ふ、英氣は無かる可らず、()圭角(けいかく)(あら)はすを不可と爲すと。

六九 刀槊之技、懷怯心者衄、頼勇氣者敗。必也泯勇怯於一靜、忘勝負於一動。動之以天、廓然太公、靜之以地、物來順應。如是者勝矣。心學亦不外於此。

〔譯〕刀槊(たうさく)()(きよ)心を(いだ)く者は(くじ)け、勇氣(ゆうき)(たの)む者は(やぶ)る。必や勇怯(ゆうきよ)を一(せい)(ほろぼ)し、勝負(しようぶ)を一(どう)(わす)れ、之を(うご)かすに天を以てして、廓然(かくぜん)太公(たいこう)に、之を(しづ)むるに地を以てして、(もの)來つて順應(じゆんおう)せん。(かく)の如き者は()たん。心學も亦(こゝ)に外ならず。

〔評〕長兵京師に(やぶ)る。木戸公は岡部氏に()つて(わざはい)(まぬか)るゝことを得たり。(のち)丹波に(おもむ)き、姓名(せいめい)()へ、博徒(ばくと)(まじ)り、酒客(しゆかく)(まじは)り、以て時勢を(うかゞ)へり。南洲は浪華(なには)の某樓に(ぐう)す。幕吏搜索(さうさく)して樓下に至る。南洲乃ち(げき)を觀るに託して、舟を《か》りて()げ去れり。此れ皆勇怯(ゆうきよ)(ほろぼ)勝負(しようぶ)を忘るゝものなり。

七〇 無我則不獲其身、即是義。無物則不見其人、即是勇。

〔譯〕()れ無ければ則ち其身を()ず、即ち是れ()なり。物無ければ則ち其人を見ず、即ち是れ(ゆう)なり。

七一 自反而縮者、無我也。雖千萬人吾往矣、無物也。

〔譯〕自ら(かへり)みて(なほ)きは、(われ)無きなり。千萬人と雖吾れ往かんは、物無きなり。

七二 三軍不和、難以言戰。百官不和、難以言治。書云、同寅協恭和衷哉。唯一和字、一串治亂。

〔譯〕三軍和せずば、以て(たゝかひ)を言ひ(がた)し。百官和せずば、以て()を言ひ難し。書に云ふ、(いん)を同じうし(きよう)(あは)和衷(わちゆう)せよやと。唯だ一の和字、治亂(ちらん)一串(いつくわん)す。

〔評〕復古(ふくこ)(げふ)薩長(さつちやう)合縱(がつしよう)に成る。是れより先き、土人坂本龍馬(りゆうま)、薩長の和せざるを(うれ)へ、薩(てい)(いた)り、大久保・西郷諸氏に説き、又長邸に(いた)り、木戸・大村諸氏に説く。薩人黒田・大山諸氏長に至り、長人木戸・品川諸氏薩に()き、而て後()成り、維新(いしん)鴻業(こうげふ)(いた)せり。

七三 凡事有眞是非、有假是非。假是非、謂通俗之所可否。年少未學、而先了假是非、後欲得眞是非、亦不易入。所謂先入爲主、不可如何耳。

〔譯〕凡そ事に眞是非(しんぜひ)有り、假是非(かぜひ)有り。假是非とは、通俗(つうぞく)の可否する所を謂ふ。年(わか)く未だ學ばずして、先づ假是非を(れう)し、後に《およ》んで眞是非を得んと欲するも、亦入り(やす)からず。謂はゆる先入(せんにふ)(しゆ)()り、如何ともす可らざるのみ。

七四 果斷、有自義來者。有自智來者。有自勇來者。有并義與智而來者、上也。徒勇而已者殆矣。

〔譯〕果斷(くわだん)は、()より來るもの有り。()より來るもの有り。(ゆう)より來るもの有り。義と智とを(あは)せて來るもの有り、(じやう)なり。(たゞ)(ゆう)のみなるは(あやふ)し。

〔評〕關八州(くわんはつしう)は古より武を用ふるの地と稱す。興世(おきよ)反逆(はんぎやく)すと雖、猶將門(まさかど)に説いて之に()らしむ。小田原の(えき)(ほう)公は徳川公に謂うて曰ふ、東方に地あり、江戸(えど)と曰ふ、以て都府(とふ)を開く可しと。一新(いつしん)(はじ)め、大久保公遷都(せんと)()(けん)じて曰ふ、官軍已に()つと雖、東賊(とうぞく)猶未だ(ほろ)びず、宜しく非常(ひじやう)(だん)を以て非常の事を行ふべしと。先見の明()と謂ふ可し。

七五 公私在事、又在情。事公而情私者有之。事私而情公者有之。爲政者、宜權衡人情事理輕重處、以用其中於民。

〔譯〕公私(こうし)は事に在り、又情に在り。事公にして情私なるもの之有り。事私にして情公なるもの之有り。政を爲す者は、宜しく人情事理(じり)輕重(けいぢゆう)の處を權衡(けんかう)して、以て其の(ちゆう)を民に用ふべし。

〔評〕南洲城山に()る。官軍(さく)()ゑて之を守る。山縣(やまがた)中將書を南洲に寄せて兩軍殺傷(さつしやう)(さん)極言(きよくげん)す。南洲其の書を見て曰ふ、我れ山縣に(そむ)かずと、斷然(だんぜん)死に()けり。中將は南洲の(げん)()て曰ふ、()しいかな、天下の一勇將を失へりと、流涕(りうてい)すること之を久しうせり。(あゝ)公私情盡せり。

七六 愼獨工夫、當如身在稠人廣座中一般。應酬工夫、當如間居獨處時一般。

〔譯〕愼獨(しんどく)工夫(くふう)は、(まさ)に身稠人(ちうじん)廣座(くわうざ)の中に在るが如く一(ぱん)なるべし。應酬(おうしう)の工夫は、(まさ)間居(かんきよ)獨處(どくしよ)の時の如く一般なるべし。

七七 心要現在。事未來、不可邀。事已往、不可追。纔追纔邀、便是放心。

〔譯〕心は現在(げんざい)せんことを(えう)す。事未だ來らずば、(むか)ふ可らず。事已に()かば、()ふ可らず。(わづ)かに追ひ纔かに邀へば、便(すなは)ち是れ放心(はうしん)なり。

七八 物集於其所好、人也。事赴於所不期、天也。

〔譯〕(もの)其の好む所に(あつま)るは、人なり。(こと)()せざる所に(おもむ)くは、天なり。

七九 人貴厚重、不貴遲重。尚眞率、不尚輕率。

〔譯〕人は、厚重(こうちよう)を貴ぶ、遲重(ちちよう)を貴ばず。眞率(しんそつ)(たつと)ぶ、輕率(けいそつ)を尚ばず。

〔評〕南洲人に(せつ)して、(みだり)()(まじ)へず、人之を(はゞか)る。然れども其の人を知るに及んでは、則ち心を(かたむ)けて之を(たす)く。其人に非ざれば則ち終身(しゆうしん)()はず。

八〇 凡生物皆資於養。天生而地養之。人則地之氣精英。吾欲靜坐以養氣、動行以養體、氣體相資、以養此生。所以從地而事天。

〔譯〕凡そ生物は皆(やう)()る。天生じて地之を(やしな)ふ。人は則ち地の氣の精英(せいえい)なり。吾れ靜坐して以て氣を養ひ、動行(どうかう)して以て體を養ひ、氣と體と相()つて以て此の生を養はんと欲す。地に從うて天に事ふる所以なり。

〔評〕維新の(げふ)は三藩の兵力に由ると雖、抑之を養ふに()あり、曰く名義(めいぎ)なり、曰く名分(めいぶん)なり。或は云ふ、維新の(こう)大日本史(だいにつぽんし)及び外史に(もと)づくと、亦()()しとせざるなり。

八一 凡爲學之初、必立欲爲大人之志、然後書可讀也。不然、徒貪聞見而已、則或恐長傲飾非。所謂假寇兵、資盜糧也、可虞。

〔譯〕凡そ學を爲すの初め、必ず大人たらんと欲するの志を立て、然る後書讀む可し。然らずして、(いたづら)に聞見を(むさぼ)るのみならば、則ち或は(がう)(ちやう)じ非を(かざ)らんことを恐る。謂はゆる(こう)に兵を()し、(たう)(りやう)()するなり、(おもんぱか)る可し。

八二 以眞己克假己、天理也。以身我害心我、人欲也。

〔譯〕眞己(しんこ)を以て假己(かこ)()つ、天理なり。身我(しんが)を以て心我を(がい)す、人欲(じんよく)なり。

八三 無一息間斷、無一刻急忙。即是天地氣象。

〔譯〕一(そく)間斷(かんだん)無く、一(こく)急忙(きふばう)無し。即ち是れ天地の氣象(きしやう)なり。

〔評〕木戸公毎旦考妣(ちゝはゝ)の木主を拜す。身煩劇(はんげき)に居ると雖、少しくも(おこた)らず。三十年の間一日の如し。

八四 有心於無心、工夫是也。無心於有心、本體是也。

〔譯〕心無きに心有るは、工夫(くふう)是なり。心有るに心無きは、本體(ほんたい)是なり。

八五 不知而知者、道心也。知而不知者、人心也。

〔譯〕知らずして知る者は、道心(だうしん)なり。知つて知らざる者は、人心(じんしん)なり。

八六 心靜、方能知白日。眼明、始會識青天。此程伯氏之句也。青天白日、常在於我。宜掲之座右、以爲警戒。

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