3話 南洲手抄言志録 03 南洲手抄言志録(3)
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〔譯〕心靜にして、方に能く白日を知る。眼明かにして、始めて青天を識り會すと。此れ程伯氏の句なり。青天白日は、常に我に在り。宜しく之を座右に掲げて、以て警戒と爲すべし。
八七 靈光充體時、細大事物、無遺落、無遲疑。
〔譯〕靈光體に充つる時、細大の事物、遺落無く、遲疑無し。
〔評〕死を決するは、薩の長ずる所なり。公義を説くは、土の俗なり。維新の初め、一公卿あり、南洲の所に往いて復古の事を説く。南洲曰ふ、夫れ復古は易事に非ず、且つ九重阻絶し、妄に藩人を通ずるを得ず、必ずや縉紳死を致す有らば、則ち事或は成らんと。又後藤象次郎に往いて之を説く。象次郎曰ふ、復古は難きに非ず、然れども門地を廢し、門閥を罷め、賢を擧ぐること方なきに非ざれば、則ち不可なりと。二人の本領自ら見はる。
八八 人心之靈、如太陽然。但克伐怨欲、雲霧四塞、此靈烏在。故誠意工夫、莫先於掃雲霧仰白日。凡爲學之要、自此而起基。故曰、誠者物之終始。
〔譯〕人心の靈、太陽の如く然り。但だ克伐怨欲、雲霧四塞せば、此の靈烏くに在る。故に意を誠にする工夫は、雲霧を掃うて白日を仰ぐより先きなるは莫し。凡そ學を爲すの要は、此よりして基を起す。故に曰ふ、誠は物の終始と。
八九 胸次清快、則人事百艱亦不阻。
〔譯〕胸次清快なれば、則ち人事百艱亦阻せず。
九〇 人心之靈、主於氣。氣體之充也。凡爲事、以氣爲先導、則擧體無失措。技能工藝、亦皆如此。
〔譯〕人心の靈は、氣を主とす。氣は體に之れ充つるものなり。凡そ事を爲すに、氣を以て先導と爲さば、則ち擧體失措無し。技能工藝も、亦皆此の如し。
九一 靈光無障碍、則氣乃流動不餒、四體覺輕。
〔譯〕靈光障碍無くば、則ち氣乃ち流動して餒ゑず、四體輕きを覺えん。
九二 英氣是天地精英之氣。聖人薀之於内、不肯露諸外。賢者則時時露之。自餘豪傑之士、全然露之。若夫絶無此氣者、爲鄙夫小人、碌碌不足算者爾。
〔譯〕英氣は是れ天地精英の氣なり。聖人は之を内に薀めて、肯て諸を外に露はさず。賢者は則ち時時之を露はす。自餘豪傑の士は、全然之を露はす。夫の絶えて此氣なき者の若きは、鄙夫小人と爲す、碌碌として算ふるに足らざるもののみ。
九三 人須著忙裏占間、苦中存樂工夫。
〔譯〕人は須らく忙裏に間を占め、苦中に樂を存ずる工夫を著くべし。
〔評〕南洲岩崎谷洞中に居る。砲丸雨の如く、洞口を出づる能はず。詩あり云ふ「百戰無功半歳間、首邱幸得返家山。笑儂向死如仙客。盡日洞中棋響間」(編者曰、此詩、長州ノ人杉孫七郎ノ作ナリ、南洲翁ノ作ト稱スルハ誤ル)謂はゆる忙中に間を占むる者なり。然れども亦以て其の戰志無きを知るべし。余句あり、云ふ「可見南洲無戰志。砲丸雨裡間牽犬」と、是れ實録なり。
九四 凡區處人事、當先慮其結局處、而後下手。無楫之舟勿行、無的之箭勿發。
〔譯〕凡そ人事を區處するには、當さに先づ其の結局の處を慮かりて、後に手を下すべし。楫無きの舟は行る勿れ、的無きの箭は發つ勿れ。
九五 朝而不食、則晝而饑。少而不學、則壯而惑。饑者猶可忍、惑者不可奈何。
〔譯〕朝にして食はずば、晝にして饑う。少うして學ばずば、壯にして惑ふ。饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
九六 今日之貧賤不能素行、乃他日之富貴、必驕泰。今日之富貴不能素行、乃他日之患難、必狼狽。
〔譯〕今日の貧賤に素行する能はずば、乃ち他日の富貴に、必ず驕泰ならん。今日の富貴に素行する能はずんば、乃ち他日の患難に、必ず狼狽せん。
〔評〕南洲、顯職に居り勳功を負ふと雖、身極めて質素なり。朝廷賜ふ所の賞典二千石は、悉く私學校の費に充つ。貧困なる者あれば、嚢を傾けて之を賑ふ。其の自ら視ること然として、微賤の時の如し。
九七 雅事多是虚、勿謂之雅而耽之。俗事却是實、勿謂之俗而忽之。
〔譯〕雅事多くは是れ虚なり、之を雅と謂うて之に耽ること勿れ。俗事却て是れ實なり、之を俗と謂うて之を忽にすること勿れ。
九八 歴代帝王、除唐虞外、無眞禪讓。商周已下、秦漢至於今、凡二十二史、皆以武開國、以文治之。因知、武猶質、文則其毛彩、虎豹犬羊之所以分也。今之文士、其可忘武事乎。
〔譯〕歴代の帝王、唐虞を除く外、眞の禪讓なし。商周已下秦漢より今に至るまで、凡そ二十二史、皆武を以て國を開き、文を以て之を治む。因つて知る、武は猶質のごとく、文は則ち其の毛彩にして、虎豹犬羊の分るゝ所以なるを。今の文士、其れ武事を忘る可けんや。
九九 遠方試歩者、往往舍正路、捷徑、或繆入林、可嗤也。人事多類此。特記之。
〔譯〕遠方に歩を試むる者、往往にして正路を舍て、捷徑に《はし》り、或は繆つて林に入る、嗤ふ可きなり。人事多く此に類す。特に之を記す。
一〇〇 智仁勇、人皆謂大徳難企。然凡爲邑宰者、固爲親民之職。其察奸慝、矜孤寡、折強梗、即是三徳實事。宜能就實迹以試之可也。
〔譯〕智仁勇は、人皆大徳企て難しと謂ふ。然れども凡そ邑宰たる者は、固と親民の職たり。其の奸慝を察し、孤寡を矜み、強梗を折くは、即ち是れ三徳の實事なり。宜しく能く實迹に就いて以て之を試みて可なるべし。
一〇一 身有老少、而心無老少。氣有老少、而理無老少。須能執無老少之心、以體無老少之理。
〔譯〕身に老少有りて、心に老少無し。氣に老少有りて、理に老少無し。須らく能く老少無きの心を執つて、以て老少無きの理を體すべし。
〔評〕幕府南洲に禍せんと欲す。藩侯之を患へ、南洲を大島に竄す。南洲貶竄せらるゝこと前後數年なり、而て身益壯に、氣益旺に、讀書是より大に進むと云ふ。