南洲手抄言志録 03 南洲手抄言志録

3話 南洲手抄言志録 03 南洲手抄言志録(3)

2,243字 約4分 2008年8月12日 公開

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〔譯〕心(しづか)にして、(まさ)に能く白日を知る。眼明かにして、始めて青天を識り()すと。此れ程伯氏(ていはくし)の句なり。青天白日は、常に我に在り。宜しく之を座右(ざいう)(かゝ)げて、以て警戒(けいかい)と爲すべし。

八七 靈光充體時、細大事物、無遺落、無遲疑。

〔譯〕靈光(れいくわう)(たい)()つる時、細大(さいだい)の事物、遺落(ゐらく)無く、遲疑(ちぎ)無し。

〔評〕死を決するは、(さつ)の長ずる所なり。公義を説くは、土の(ぞく)なり。維新(いしん)の初め、一公卿あり、南洲の所に往いて復古(ふくこ)の事を説く。南洲曰ふ、夫れ復古は易事(いじ)に非ず、且つ九重阻絶(そぜつ)し、(みだり)に藩人を通ずるを得ず、必ずや縉紳(しんしん)死を致す有らば、則ち事或は成らんと。又後藤象(ごとうしやう)次郎に()いて之を説く。象次郎曰ふ、復古は(かた)きに非ず、然れども門地(もんち)(はい)し、門閥(もんばつ)()め、(けん)()ぐること(はう)なきに非ざれば、則ち不可なりと。二人の本領自ら(あら)はる。

八八 人心之靈、如太陽然。但克伐怨欲、雲霧四塞、此靈烏在。故誠意工夫、莫先於掃雲霧仰白日。凡爲學之要、自此而起基。故曰、誠者物之終始。

〔譯〕人心の(れい)太陽(たいやう)の如く然り。但だ克伐(こくばつ)怨欲(えんよく)雲霧(うんむ)四塞(しそく)せば、此の(れい)(いづ)くに在る。故に意を(まこと)にする工夫は、雲霧(うんむ)(はら)うて白日を(あふ)ぐより先きなるは()し。凡そ學を爲すの(えう)は、(これ)よりして(もとゐ)(おこ)す。故に曰ふ、誠は物の終始(しゆうし)と。

八九 胸次清快、則人事百艱亦不阻。

〔譯〕胸次(きようじ)清快(せいくわい)なれば、則ち人事百(かん)()せず。

九〇 人心之靈、主於氣。氣體之充也。凡爲事、以氣爲先導、則擧體無失措。技能工藝、亦皆如此。

〔譯〕人心の(れい)は、()(しゆ)とす。氣は(たい)に之れ()つるものなり。凡そ事を爲すに、氣を以て先導(せんだう)と爲さば、則ち擧體(きよたい)失措(しつそ)無し。技能(ぎのう)工藝(こうげい)も、亦皆(かく)の如し。

九一 靈光無障碍、則氣乃流動不餒、四體覺輕。

〔譯〕靈光(れいくわう)障碍(しやうげ)無くば、則ち()乃ち流動(りうどう)して()ゑず、四體(したい)(かる)きを(おぼ)えん。

九二 英氣是天地精英之氣。聖人薀之於内、不肯露諸外。賢者則時時露之。自餘豪傑之士、全然露之。若夫絶無此氣者、爲鄙夫小人、碌碌不足算者爾。

〔譯〕英氣は是れ天地精英(せいえい)の氣なり。聖人は之を内に(をさ)めて、(あへ)(これ)を外に(あら)はさず。賢者は則ち時時之を(あら)はす。自餘(じよ)豪傑の士は、全然之を(あら)はす。()()えて(この)()なき者の若きは、鄙夫(ひふ)小人と爲す、碌碌(ろく/\)として(かぞ)ふるに足らざるもののみ。

九三 人須著忙裏占間、苦中存樂工夫。

〔譯〕人は須らく忙裏(ばうり)(かん)()め、苦中(くちゆう)(らく)を存ずる工夫を()くべし。

〔評〕南洲岩崎谷洞中に居る。砲丸雨の如く、洞口を出づる能はず。詩あり云ふ「百戰無功半歳間、首邱幸得返家山。笑儂向死如仙客。盡日洞中棋響間」(編者曰、此詩、長州ノ人杉孫七郎ノ作ナリ、南洲翁ノ作ト稱スルハ誤ル)謂はゆる(ばう)中に間を占むる者なり。然れども亦以て其の戰志無きを知るべし。余句あり、云ふ「可見南洲無戰志。砲丸雨裡間牽犬」と、是れ實録(じつろく)なり。

九四 凡區處人事、當先慮其結局處、而後下手。無楫之舟勿行、無的之箭勿發。

〔譯〕凡そ人事を區處(くしよ)するには、當さに先づ其の結局(けつきよく)の處を(おもんぱ)かりて、後に手を下すべし。(かぢ)無きの舟は()(なか)れ、(まと)無きの()(はな)つ勿れ。

九五 朝而不食、則晝而饑。少而不學、則壯而惑。饑者猶可忍、惑者不可奈何。

〔譯〕(あさ)にして(くら)はずば、(ひる)にして()う。(わか)うして學ばずば、壯にして(まど)ふ。饑うるは猶(しの)ぶ可し、(まど)ふは奈何ともす可からず。

九六 今日之貧賤不能素行、乃他日之富貴、必驕泰。今日之富貴不能素行、乃他日之患難、必狼狽。

〔譯〕今日の貧賤(ひんせん)素行(そかう)する能はずば、乃ち他日の富貴(ふうき)に、必ず驕泰(けうたい)ならん。今日の富貴(ふうき)素行(そかう)する能はずんば、乃ち他日の患難(くわんなん)に、必ず狼狽(らうばい)せん。

〔評〕南洲、顯職(けんしよく)に居り勳功(くんこう)()ふと雖、身極めて質素(しつそ)なり。朝廷(たま)ふ所の賞典(しやうてん)二千石は、(こと/″\)く私學校の()()つ。貧困(ひんこん)なる者あれば、(のう)(かたぶ)けて之を(すく)ふ。其の自ら視ること(かんぜん)として、微賤(びせん)の時の如し。

九七 雅事多是虚、勿謂之雅而耽之。俗事却是實、勿謂之俗而忽之。

〔譯〕雅事(がじ)多くは是れ(きよ)なり、之を()と謂うて之に(ふけ)ること勿れ。俗事却て是れ實なり、之を俗と謂うて之を(ゆるがせ)にすること勿れ。

九八 歴代帝王、除唐虞外、無眞禪讓。商周已下、秦漢至於今、凡二十二史、皆以武開國、以文治之。因知、武猶質、文則其毛彩、虎豹犬羊之所以分也。今之文士、其可忘武事乎。

〔譯〕歴代(れきだい)の帝王、唐虞(たうぐ)(のぞ)く外、眞の禪讓(ぜんじやう)なし。商周(しやうしう)已下(いか)秦漢(しんかん)より今に至るまで、凡そ二十二史、皆武を以て國を開き、文を以て之を治む。因つて知る、武は猶(しつ)のごとく、文は則ち其の毛彩(まうさい)にして、虎豹(こへう)犬羊の分るゝ所以なるを。今の文士、其れ武事を忘る可けんや。

九九 遠方試歩者、往往舍正路、捷徑、或繆入林、可嗤也。人事多類此。特記之。

〔譯〕遠方(えんぱう)に歩を(こゝろ)むる者、往往にして正路(せいろ)(すて)て、捷徑(せうけい)に《はし》り、或は(あやま)つて(りんまう)に入る、(わら)ふ可きなり。人事多く此に(るゐ)す。(とく)に之を(しる)す。

一〇〇 智仁勇、人皆謂大徳難企。然凡爲邑宰者、固爲親民之職。其察奸慝、矜孤寡、折強梗、即是三徳實事。宜能就實迹以試之可也。

〔譯〕智仁勇は、人皆大徳(たいとく)(くはだ)て難しと謂ふ。然れども凡そ邑宰(いふさい)たる者は、固と親民(しんみん)(しよく)たり。其の奸慝(かんとく)を察し、孤寡(こくわ)(あはれ)み、強梗(きやうかう)(くじ)くは、即ち是れ三徳の實事なり。宜しく能く實迹に就いて以て之を(こゝろ)みて可なるべし。

一〇一 身有老少、而心無老少。氣有老少、而理無老少。須能執無老少之心、以體無老少之理。

〔譯〕身に老少(らうせう)有りて、心に老少無し。氣に老少有りて、理に老少無し。須らく能く老少無きの心を()つて、以て老少無きの理を(たい)すべし。

〔評〕幕府(ばくふ)南洲に(わざはひ)せんと欲す。藩侯(はんこう)之を(うれ)へ、南洲を大島(おほしま)(ざん)す。南洲貶竄(へんざん)せらるゝこと前後數年なり、而て身益(さかん)に、氣益(さかん)に、讀書是より大に進むと云ふ。

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