こがね丸

15話 下巻 第十五回

1,370字 約3分 2001年12月22日 公開

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 黄金丸はまづ聴水を噬みころして、喜ぶこと限りなく、勇気日頃に十倍して、直ちに洞へむかはんと、連忙(いそがわ)しく用意をなし。文角鷲郎もろともに、彼の聴水が教へし路を、ひたすら急ぎ往くほどに、やがて山の峡間(はざま)に出でしが、これより路次第に嶮岨(けわし)く。荊棘(けいきょく)いやが上に()ひ茂りて、折々行方(ゆくて)(さえぎ)り。松柏(しょうはく)月を(おお)ひては、暗きこといはんかたなく、(やや)もすれば岩に足をとられて、千仞(せんじん)(たに)に落ちんとす。鷲郎は原来猟犬(かりいぬ)にて、かかる路には慣れたれば、「われ東道(あんない)せん」とて先に立ち、なほ路を急ぎけるほどに、とかくして()ある尾上(おのえ)に出でしが。此処はただ草のみ生ひて、樹は(まれ)なれば月光(つきあかり)に、路の便(たより)もいと(やす)かり。かかる処に路傍(みちのほとり)(くさむら)より、つと走り出でて、鷲郎が前を横切るものあり。「(しゃつ)伏勢ござんなれ」ト、身構へしつつ(きっ)と見れば、いと(おおい)なる黒猿の、(おもて)蘇枋(すおう)髣髴(さもに)たるが、酒に酔ひたる人間(ひと)の如く、《よろめ》きよろめき彼方(かなた)に行きて、太き松の幹にすがりつ、(よじ)登らんとあせれども、怎麼(いか)にしけん登り得ず。幾度(いくたび)かすべり落ちては、また登りつかんとするに。鷲郎は見返りて、黄金丸に打向ひ、「怎麼に黄金丸、彼処(かしこ)を見ずや。松の幹に攀らんとして、(しき)りにあせる一匹の猿あり。もし彼の黒衣にてはあらぬか」ト、()し示せば黄金丸は眺めやりて、「いかさま見違(みまご)ふべきもあらぬ黒衣なり。彼奴(きゃつ)松の幹に登らんとして登り得ぬは、思ふに今まで金眸が洞にありて、酒を飲みしにやあらん。引捕(ひっとら)へて吟味せば、洞の様子も知れなんに……」「(かれ)果して黒衣ならば、われまづ往きて他を()まん。さきに聴水とも約したれば」ト、いひつつ走りよりて、「やをれ黒衣、(にぐ)るとて逃さんや」ト、一声高く()えかくれば。猿は(はた)と地に平伏(ひれふ)して、熟柿(じゅくし)臭き息を()き、「こは何処(いずく)の犬殿にて渡らせ給ふぞ。(やつがれ)はこの(あたり)()(いや)しき山猿にて候。今(のたも)ふ黒衣とは、僕が無二の友ならねば、元より僕が事にも候はず」ト。いふ時鷲郎が後より、黄金丸は歩み来て、呵々(からから)と打笑ひ、「(なんじ)黒衣。縦令(たと)ひ酒に酔ひたりともわが(おもて)は見忘れまじ。われは昨日木賊(とくさ)ヶ原(はら)にて、爾に射られんとせし黄金丸なるぞ」ト、罵れば。他なほ知らぬがほにて、「黄金殿か白銀(しろかね)殿か、われは一向親交(ちかづき)なし。(くろがね)を掘りに来給ふとも、この山には(あかがね)も出はせじ」ト、訳も解らぬことをいふに。「酔ひたる者と問答無益し、ただ一噬み」ト寄らんとすれば、黒衣は慌しく松の幹にすがりつつ、「こは情なの犬殿かな。和殿も知らぬことはあるまじ、わが先祖(とおつおや)巌上甕猿(いわのえのみかざる)は。和殿が先祖文石大白君(あやしのおおしろぎみ)と共に、(ひとし)桃太郎子(もものおおいらつこ)に従ひて、淤邇賀島(おにがじま)に押し渡り、軍功少からざりけるに。何時(いつ)のほどよりか(ひま)を生じて、互に牙を(なら)し争ふこと、(まこと)に本意なき事ならずや。さるによつて(やつがれ)は、常に和殿()を貴とみ、早晩(いつか)(よしみ)を通ぜんとこそ思へ、(いささ)かも仇する心はなきに、何罪科(なにとが)あつて僕を、(かま)んとはしたまふぞ。山王権現の(たた)りも恐れ給はずや」ト、様々にいひ紛らし、間隙(すきま)を見て逃げんと構ふるにぞ。鷲郎(おおい)焦燥(いら)ちて、「(なんじ)悪猿、怎麼(いか)に人間に近ければとて、かくはわれ()を侮るぞ。われ曹()くより爾が罪を知れり。たとひ言葉を(たくみ)にして、いひのがれんと計るとも、われ曹いかで欺かれんや。重ねて虚誕(いつわり)いへぬやう、いでその息の根止めてくれん」ト、(おめきさけ)んで飛びかかるほどに。元より悟空(ごくう)が神通なき身の、まいて酒に酔ひたれば、(いか)で犬にかなふべき、黒衣は忽ち()ひ殺されぬ。

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