こがね丸

16話 下巻 第十六回

1,918字 約4分 2001年12月22日 公開

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 鷲郎は黒衣が首級(くび)を咬ひ断離(ちぎ)り、血祭よしと喜びて、これを(くち)(ひっさ)げつつ、なほ奥深く辿(たど)り行くに。忽ち路(きわ)まり山(そび)えて、進むべき岨道(そばみち)だになし。「こは(いぶ)かし、路にや迷ふたる」ト、彼方(あなた)(すか)し見れば、年()りたる(えのき)小暗(おぐら)く茂りたる陰に、これかと見ゆる洞ありけり。「さては金眸が棲居(すみか)なんめり」ト、なほ近く進み寄りて見れば、彼の聴水がいひしに(たが)はず、岩高く聳えて、(のみ)もて削れるが如く、これに鬼蔦の()ひ付きたるが、折から紅葉(もみじ)して、さながら絵がける屏風(びょうぶ)に似たり。また洞の外には累々たる白骨の、(うずたか)く積みてあるは、年頃金眸が取り(くら)ひたる、鳥獣(とりけもの)の骨なるべし。黄金丸はまづ洞口(ほらぐち)によりて。(うち)の様子を(うかが)ふに、ただ暗うして(しか)とは知れねど、奥まりたる(かた)より(いびき)の声高く()れて、地軸の鳴るかと疑はる。「さては(かれ)なほ熟睡(うまい)してをり、この(ひま)(おど)り入らば、(たやす)く打ち取りてん」ト。黄金丸は鷲郎と(おもて)を見合せ、「(ぬかり)給ふな」「脱りはせじ」ト、互に励ましつ励まされつ。やがて両犬進み入りて、今しも照射(ともし)ともろともに、岩角(いわかど)を枕として(ねぶ)りゐる、金眸が脾腹(ひばら)(ちょう)()れば。蹴られて金眸岸破(がば)跳起(はねお)き、一声|《ほ》えて立上らんとするを、起しもあへず鷲郎が、襟頭(えりがみ)()はへて引据ゆれば。その(ひま)に逃げんとする、照射は洞の出口にて、文角がために突止められぬ、この時黄金丸は声をふり立て、「やをれ金眸(たしか)に聞け。われは(なんじ)毒牙(どくが)にかかり、非業にも最期をとげたる、月丸が遺児(わすれがたみ)、黄金丸といふ犬なり。彼時(かのとき)われ母の胎内にありしが、その(のち)養親(やしないおや)文角ぬしに、委敷(くわし)き事は聞きて知りつ。爾がためには父のみか、母も(やみ)歿(みまか)りたれば、取不直(とりもなおさず)両親(ふたおや)(あだ)、年頃(つも)る意恨の牙先、今こそ思ひ知らすべし」ト。名乗りかくれば金眸は、恐ろしき(まなこ)を見張り、「爾は昨日黒衣がために、射殺されたる野良犬ならずや。さては妄執(もうしゅう)晴れやらで、わが酔臥(えいふ)せし(ひま)著入(つけい)り、(たたり)をなさんず心なるか。阿那(あな)嗚呼(おこ)白物(しれもの)よ」ト。いはせも果てず冷笑(あざわら)ひ、「(おろか)や金眸。爾も黒衣に欺かれしよな。(かれ)が如き山猿に、射殺さるべき黄金丸ならんや。爾が股肱(ここう)と頼みつる、聴水もさきに殺しつ。その黒衣といふ山猿さへ、われはや咬ひ殺して(ここ)にあり」ト、携へ来りし黒衣が首級(くび)を、金眸が前へ投げ()れば。金眸は(おおい)に怒り、「さては黒衣が虚誕(いつわり)なりしか。さばれ何ほどの事かあらん」ト、いひつつ、鷲郎を払ひのけ、黄金丸に(つか)みかかるを、(ひっ)ぱづして肩を()めば。金眸も(とお)さず黄金丸が、太股(ふともも)を噛まんとす。噛ましはせじと横間(よこあい)より、鷲郎は(おど)(かかっ)て、金眸が(ほお)を噛めば。その隙に黄金丸は跳起きて、金眸が()(ひら)りと(またが)り、耳を噛んで左右に振る。金眸は痛さに身を(もが)きつつ、鷲郎が横腹を(ひきつか)めば、「呀嗟(あなや)」と叫んで身を翻へし、少し退(しさ)つて洞口の(かた)へ、行くを続いて(おっ)かくれば。猛然として文角が、立閉(たちふさ)がりつつ角を振りたて、寄らば突かんと身構(みがまえ)たり。「さては加勢の者ありや。(しゃ)ものものし金眸が、死物狂ひの本事(てなみ)を見せん」ト、いよいよ猛り狂ふほどに。その《ほ》ゆる声百雷の、一時に落ち(きた)るが如く、山谷(さんこく)ために震動して、物凄きこといはん方なし。

 去るほどに三匹の獣は、互ひに尽す秘術剽挑(はやわざ)、右に()き左に躍り、縦横無礙(むげ)()れまはりて、半時(はんとき)ばかりも(たたか)ひしが。金眸は先刻(さき)より飲みし酒に、四足の働き心にまかせず。対手(あいて)は名に負ふ黄金丸、鷲郎も尋常(なみなみ)の犬ならねば、さしもの金眸も敵しがたくや、少しひるんで見えける処を、得たりと著入(つけい)る黄金丸、金眸が咽喉(のんど)をねらひ、(あご)も透れと()みつけ、鷲郎もすかさず後より、金眸が睾丸(ふぐり)をば、力をこめて噬みたるにぞ。灸所(きゅうしょ)の痛手に金眸は、一声|《おう》と叫びつつ、(あえ)なく(むくろ)は倒れしが。これに心の張り弓も、一度に弛みて両犬は、左右に《どう》と俯伏(ひれふ)して、霎時(しばし)は起きも得ざりけり。

 文角は今まで洞口にありて、二匹の犬の働きを、(まなこ)も放たず見てありしが、この時(おもむ)ろに進み入り、悶絶なせし二匹をば、さまざまに(ねぶ)(いた)はり。漸く元に(かえ)りしを見て、今宵の働きを言葉を極めて称賛(ほめたた)へつ。やがて金眸が首級(くび)を噬み切り、これを文角が角に着けて、そのまま山を()(くだ)り、荘官(しょうや)が家にと急ぎけり、かくて黄金丸は主家に帰り、(くだん)の金眸が首級(くび)を奉れば。主人(あるじ)大概(おおかた)(すい)しやりて、喜ぶことななめならず、「さても出来(でか)したり黄金丸、また鷲郎も天晴(あっぱ)れなるぞ。その父の(あだ)(うち)しといはば、事(わたくし)の意恨にして、深く()むるに足らざれど。年頃数多(あまた)獣類(けもの)(しいた)げ、あまつさへ人間を(きずつ)け、猛威日々に(たくま)しかりし、彼の金眸を討ち取りて、獣類(けもの)のために害を除き、人間のために(うれい)を払ひしは、その功けだし莫大(ばくだい)なり」トて、言葉の限り称賛(ほめたた)へつ、さて黄金丸には金の頸輪(くびわ)、鷲郎には銀の頸輪とらして、共に家の守衛(まもり)となせしが。二匹もその恩に感じて、忠勤怠らざりしとなん。めでたしめでたし。

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