『春と修羅』

48話 無声慟哭 永訣の朝

914字 約2分 2000年10月4日 公開

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けふのうちに

とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ

みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ

   (*あめゆじゆとてちてけんじや)

うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から

みぞれはびちよびちよふつてくる

   (あめゆじゆとてちてけんじや)

青い蓴菜(じゆんさい)のもやうのついた

これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に

おまへがたべるあめゆきをとらうとして

わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに

このくらいみぞれのなかに飛びだした

   (あめゆじゆとてちてけんじや)

蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から

みぞれはびちよびちよ沈んでくる

ああとし子

死ぬといふいまごろになつて

わたくしをいつしやうあかるくするために

こんなさつぱりした雪のひとわんを

おまへはわたくしにたのんだのだ

ありがたうわたくしのけなげないもうとよ

わたくしもまつすぐにすすんでいくから

   (あめゆじゆとてちてけんじや)

はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから

おまへはわたくしにたのんだのだ

 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの

そらからおちた雪のさいごのひとわんを……

……ふたきれのみかげせきざいに

みぞれはさびしくたまつてゐる

わたくしはそのうへにあぶなくたち

雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち

すきとほるつめたい雫にみちた

このつややかな松のえだから

わたくしのやさしいいもうとの

さいごのたべものをもらつていかう

わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ

みなれたちやわんのこの藍のもやうにも

もうけふおまへはわかれてしまふ

(*Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ

あああのとざされた病室の

くらいびやうぶやかやのなかに

やさしくあをじろく燃えてゐる

わたくしのけなげないもうとよ

この雪はどこをえらばうにも

あんまりどこもまつしろなのだ

あんなおそろしいみだれたそらから

このうつくしい雪がきたのだ

   (*うまれでくるたて

    こんどはこたにわりやのごとばかりで

    くるしまなあよにうまれてくる)

おまへがたべるこのふたわんのゆきに

わたくしはいまこころからいのる

どうかこれが天上のアイスクリームになつて

おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに

わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

一九二二、一一、二七

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