31話 三十
読み方を変える
栄一には一つの道が残つて居た。
それは、死である。冷い、静かな死である。それで彼は、死に得るか、死に得ないか、目茶苦茶に何にか突進したいと思つた。尋常一様の死――水死、縊死、轢死、ダイナマイトの死――監獄の中の死刑、病死、劇薬中毒の死、そんなことでは面白くない。
兎に角マラソン競争の様に、走つて走つて、走り抜いて、そして、一度に心臓が破裂して、死んで了ふに越したことはないと考へた。
然し、そんな、死――自殺はどうして遂げ得るかと考へて見た。
それで、或時は道の上へ、誰も人が見て居らぬを幸ひに自分の体を投げて見た。
『この骸よ、死んでしまへ』と。
然し、それで、死ねさうにも無かつた。然し彼はいつ自殺するかも知れぬと云ふ危険性を持つて居た。
彼はナイフを見ても、海を見ても、薬屋の店先を通つても、いつでも、死と云ふことを考へた。
彼は出来るだけ、自己の身体を虐待しようと考へた。
彼は死ぬ機会があるかと思つて、須磨明石の海岸を彷徨して見た。然し愈々死を決して見ると、倦み疲れた眼にも実在の驚異が這入つてくる。殊に街を通る女の背に負はれて居る子供の顔を見る時に、栄一は、自然にも増して、実在の驚異を見た。
それかと云つて、猶奥深く、この実在の驚異の奥底に探りを入れる感官を、彼は持たなかつた。それで、彼は、実在の驚異と死の間を彷徨した。
彼は、魔にさゝれた様に毎日、ぼんやり室に引籠つて泣いた。彼はたゞ身体が水肥りのやうに膨れて行くやうに感じた。手と足が馬鹿に大きくなるやうに思つた。脳と胸が段々小さくなるやうに――そしてしまひには癩病人のやうに身体に粉が吹くだらうと考へた。
呼吸が苦しくて、舌の根がかばりつく。『今』と云ふ『今』は、一瞬でも、いや夢が見たい。一刻でも呼吸をとめてみたい。
胸の底から泣けるだけ泣いて見たいと思つた。それで栄一はヒステリーのやうに込み上げて泣いた。
私は灰だ……世界は火葬場だ、竈の中には血と肉を焼く火が燃えて、竈の外には、氷が張り詰めて居るのだ。喉を破るやうな強い北風が地獄の底から吹く。噫、火葬場! この竈に私は半分、身体を衝き込んで、後の半分を、氷で腐らして居るのだ。……然し……今に……死の権威に謀反しなくてきくものか? ? ? 此竈を打ち砕いて、此腐つた手で、燃え立つ熱火を掴み出して、自分の立つて居る、氷の上に投げつける!
氷が解ける。そして自分は立場を失ふ。そして己れは何処かへ落ちて行く! 何処かへ! 何処かへ! 何処かへ……そして、それから、永遠の夢が始まるのだ。
社会が何だ? 国家が何だ? 文明が何だ? 父が何だ? 恋人が何だ? 実在が何だ? 神が何だ? 価値が何だ? 美が何だ?……それは、凡て虚無ぢや無いか!
落ちるのだ……落ちるのだ、凡てが死と共に――地球の廃滅と共に――自我の消滅と共に――消えて行くのぢや無いか! 野心と、誤解と、迷信と、虚偽と、因襲の上に固め上げた凡ての社会構造は、自我の破裂と共に、ちりぢりに飛んでしまふのぢや無いか!
要するに人生は、この虚無の上に咲いた花を弄んで居るのだ。アア、虚無の虚無よ――マイナスのマイナスよ、猶この上に私は生きなくちやならないのか? ? ?
いや、いや、引摺られて行かう。実在よ、盲目の手引きよ、早く、宇宙の際に来てくれ! わしはそこから飛び下りて、死の世界のまだ向うの世界へ飛びたいのだ!
彼はこんなに考へて、煩悶した。女も、書籍も、太陽も彼を慰めなかつた。彼は自己の無能と無気力と無理想に愛想をつかした。
こんな煩悶の中に丸一ヶ月半を送つた。
然し、実在の驚異は余りに固く彼を捕へて居た。
実在の驚異が遂に彼に勝利を得た。彼は、凡てを肯定する決心をつけた。凡ての肯定――さうだ、生命とその時間の上に流れる凡ての表現を肯定することにした。彼は絶望の淵より驚異の世界に甦つた。彼は実在の世界に死の力を以つて強く生きんと覚悟した。凡てが驚異なのだ……死も、自己も、土地も、石も、砂も、飯も、女も、娘も、汽船も追ひ求めて居る虚無それ自身すら驚異なのだ。色も、光線も、輪廓も、薔薇の花も、若き女の唇の赤い色も、皆、驚異だ。黒い血も、罪も、穢れた心も、驚異だ。彼はその凡てを肯定した。彼は強く生きんと決心した。そして時間の上に踊り上つて、勇敢に前に突進せんとした。その為めには凡ての実在を許容し、宗教と、その表徴の凡てを許容せんとした。自殺する勇気を以つて凡てに折衝かつて行かんと決心した。
かう、決心して、彼は、段々、キリストに近づいて行つた。彼は海へでは無く、これから驚異の世界に身投げして溺れるのだと、自らに告げた。
それで、二月十一日、遂に決心してイエスの弟子たることを、告白することに定めた。
彼の教会は、神戸の中でも、最も小さい兵庫の水木通三丁目にある、日本基督講義所で米国宣教師ウイリアムス博士がやつて居るものであつた。ウイリアムス博士は、ずつと前に徳島市に長く居つたことがあるので、中学時代には、栄一も英語のバイブルで会話など習ひに行つたことが有つた人であるが、福音伝道館があまりに噪がしいので、自分の性格に会ふやうなものを、探して居る中に、ウイリアムス博士の講義所が、見付かつたので、そこへ行くことにしたのである。彼はその小さい講義所を見付けて二度目の日曜に洗礼を受けた。
然し、栄一は福音伝道館の単純な信仰が好きで有つた、殊にT牧師の真摯な態度は一般に温かく、人に接してくれる。貧しいそこの信者が、栄一は好きで有つた。それで栄一は、毎日曜日に、伝道館の修養生と云はれる人々と――その人々はT牧師とW宣教師の下で伝道師となる為めに、聖書を研究して居る人々である――一緒に必ず湊川公園で、路傍説教をした。
栄一は、イエスの弟子になつた以上は、誰れにも敗けない信仰を持たねばならぬと一生懸命になつた。然し栄一の初めての路傍説教の経験は恥しいものであつた。誰かゞ自分の過去を知つて居て欠点を発きはしないかと頗る恐れて居た。
彼はまた三月の第一土曜日の晩、初めて一人、神戸の東の端にある葺合新川の貧民窟へ、路傍説教に出かけた。そこは栄一が昨年夏権蔵をして居た時によく通つた処で、日本の貧民窟でも、此処程甚しく穢ない所は無いと思はれたものであつた。
甚しく穢ない所は六ヶ町で、そこには八千幾百人から人が住んで居るのである。八十何戸かある二畳敷長屋と云ふ所には一軒の家が、二畳であるのに一家九人もそこに這入つて寝るのである。栄一は先づ、此処へ這入つて、住まねばならぬと考へた。然し、誰れも知己とて無いので、知己を作る為めに、路傍説教をすることに定めたのであつた。
一人で讃美歌を歌ひ、一人で説教を初めると、多くの襤褸を着た貧民や妙な顔をした労働者が集つて来た。街の電気燈が美しく光る。『地にある穢れを捨てゝ、天を見よ』と叫び乍ら、自ら天を仰ぐと天は限なく晴れ渡つた春の夜に、無数の星が輝いて居る。実に美しい。星の下に長く引かれて居る電線までが、今夜に限つて美しい。栄一は、自分が、野に叫べる人の子――一個の預言者であると云ふことをつくづく考へた。
彼は強くあらねばならぬ。学校に反抗し、父に反抗し、家庭に反抗し、社会に反抗して来た以上は、一人強く生きねばならぬと云ふことを涙を流し乍ら考へてイエスの福音を説いた。
彼は三十分か四十分か、神の愛と、イエスの山上の垂訓を説いて居たが、聴衆には『何ぬかして居やがるんだい』と云ふものもあれば、『あれは何にや』と云ふものもあり、『あれはアーメンか』と云ふものもあつた。然し、栄一は擲ぐられることを承知の上で来て居るのであつた。それで、そんな罵倒は平気であつた。
そこへ年の頃三十近くに見える筒袖を着た痘瘡のある背の低い不恰好で、明かに前科のあるやうな眼付をした獰猛な男が、新見に近づいて来て、
『一寸、僕にも、あかしをさしてんか?』と云ふ。新見は変な男だと思つたが、見ると、その男は、五銭の聖書を持つて居る。益々変なので、新見は、どんなになることかと思つたが、『一寸待つて下さい』と云つて、話をすませて、
『唯今このお方が「あかし」をせられるさうであります』と紹介した。
その男の『あかし』と云ふのは次のやうなものであつた。それは『わしは、この間、監獄から出て来たばかりの、植木虎太郎と云ふ、この新川では、誰でも知つて居る悪い奴じや、監獄へ這入つたのは、十五の時に悪心が起つて六軒道へ火をつけたのぢや、そしたら、あのあたりがみな燃えだしたんぢや――今は建て直つて居るが――そして、わしは九年の懲役に処せられて、つい先達つて出て来たんぢや、聖書は充分読めんけんど監獄の中で、「イロハニ」から稽古して、かうやつて、聖書を貰うて来て、善い話ぢやとみんなに勧めて居るんぢや、それで、みなさんも、たつた五銭のことぢやさかい、この本を買うて、お読みなさい。わしも、まだすつかり善心になつて居ると云ふのでは無いけれども、山手の、村上浅四郎と云ふ人を見なさい、あの人は関西随一の掏摸であつたけれども、今ではああやつて、悔心して居る』と、云ふやうなことを話して、終りは、くくりがつけられないので困つて居るやうであつた。
それで、路傍説教も済んだので、帰りかけると、その植木虎太郎と云ふのが、
『君、一寸、僕は君に聞いてもらひたいことがあるのや、一寸来てくれんか』
と、呼び止める。生意気な、豪さうな言葉つきに、新見は少々面喰つたが、権蔵部屋生活の経験で、下層労働者の心理が多少理解が出来るので、彼は植木の後からついて行つた。
さうすると植木は、暗い暗い路次の奥の方に彼を連れて行つて、長屋の或家の前に止つて、
『君は耶蘇教の先生か?』と豪さうに聴く。
『いや、私は先生でもなんでもありません?』
『君、先生でなくても、説教出来るんか?』
『出来ますよ』
『君、村上浅四郎と云ふ先生知つとるか?』
『いや、知りません』
『をかしいな、それぢや君はまだ耶蘇教の新米やな、奥平野の村上浅四郎つて云つたら、神戸の人は誰れでも知つとるがな、監獄から出てくるものを、みんな助けて居る人やがな……そらさうと君、僕も、君のやうに、耶蘇教の説教して廻りたいのやが、何処へ云うて行つたら善いのや……耶蘇の本部つて云ふのは、神戸には何処にあるんや』解つたやうな、解らぬことを云ふ。
『耶蘇に本部と云ふのは別にありませんよ』
『それぢや、君の、教会所は何処や?』
『兵庫の水木通三丁目の講義所です』
『そんな所に教会所が有つたかいな! 知らんな!……先生は何と云ふ人や?』
『ウイリアムスと云ふ米国人ですよ』
『異人さんか……異人さんは親切やな……君、失敬やけれど、尋ぬますが、怒らんやうにしてくれ給へよ、君のやうに説教して廻つたら、いくら位ゐ月給が出るんや?』
『私は、何にも月給なんか、もらつて居りはしませんよ……すきで伝道して居るのです』
『そんなことは、無い筈ぢや、屹度、月給が出る筈ぢや、何でも、月に一番少なうて二十五円位出ると云ふ話ぢやが、それは嘘かいな、……君は「鉄窓二十三年」と云ふ本を知つてるだらうな、あの男は監獄から出てすぐ伝道師になつたやろ、うちもあの人のやうに、伝道師になつてかましてやろかと思つて居るね……然し伝が無いので、それで本部のある処を君に聞いて居るのやがな……わしも、監獄から出て、此の内(家を指して)に世話になつて居るのやが……毎日ぶらぶらして遊んで居るのやが……そらこの内は別に、わしが小さい時から世話になつた内ぢやさかい、何十日遊んで食はうが、別に八釜敷うも云はんがな、わしも遊んで居つては小使にも不自由はするし、困つて居るんや……何んぞ楽な小使のやうな仕事でも無いもんだつしやろか……わしもこんな片輪者だつしやろな(右手が左手より短かいことを見せて)……之にも色々事情があつてな、色々きいてもらひたいこともあるのやが……あなたのお宅はどちらです』
栄一は、その男の乱暴な言葉使ひに吃驚して、この男が、鍛冶屋町の店でも訪問してくると困るとも思つたが、
『兵庫の鍛冶屋町です、新見廻漕店と云へばすぐわかります』
『新見廻漕店? 兵庫鍛冶屋町やな? あなた今夜は、これからお帰りですか、わしもあなたが、こんな寒空に一人で辻説教に来ると云ふのは、余程、信心深い人やと思ふさかい、色々話を聞いてもらうて、私の身の立て方について相談に乗つてもらひたいのだす』
新見は、少し道が遠いから、失敬しますと路次を出たが、植木は『そこまで送りまつすさ』と云つてついて来た。要する処彼は、仕事がなくて困つて居るから、伝道師になれるか、さも無ければ、餅売の資本金でも貸してくれと云ふのであつた。
然し生憎、栄一は一円足らずの金しか持つて居らなかつた。それで、その資本金を直に与へることが出来なかつた。その上に、植木がどんな性質の人間かわからないので、その儘別れようとしたが、別れる段になつて、
『誠に済みませんが、二十銭でも三十銭でも、よろしうおますさかい、小遣銭貸しておくんなはれ』と哀願的に出た。
それで、栄一は財布の中から凡ての金を出して与へた。然しそれはタツタ八十一銭であつた。植木はそれで別に『有難う』とも云はずに、『之で失敬しますさ』と云ひ捨てゝ帰つて行つてしまつた。
栄一は妙な性格の男もあつたものだと驚いてしまつたが、貧民窟が何だか底気味の悪い所であると云ふことだけは、充分植木によつて了解した。
翌日は日曜日であるので、栄一は水木通の講義所へ行つたが、帰ると、植木が待つて居た。村井を始め店のものは皆変な顔をして居る。そして一寸出て来てくれと云ふので、店の外へ行くと、餅屋をするから資本金を二十円貸してくれと云ふ。無理なことを云ふと思つたが、イエスの福音の通りに、実行したいと希望を持つて居る栄一は、『よろしい貸してあげます』と約束をして、栄一は、店へ帰つて、村井に二十円貸してくれと云うたが、
『栄一さん、何にしなはるのや、あの男に貸しなはるのか? このせち辛い世の中に、あんな男に二十円も貸す馬鹿な男がありますかいな、五円でよろしい、五円でよろしい』と金庫から、五円だけ出してくれた。
それで栄一は、その五円の金を持つて、云ひわけをして、植木に帰つてもらつた。
然しそれから植木は、毎日、新見の店を訪問して来た。然し栄一は大抵、沖に荷役に行つて居たので、一度も会はなかつた。木曜日の晩、講義所へ行くと、ウイリアムス博士が、
『新見さん、植木と云ふ人、御存知ですか』と聞くから『どうしましたか、知つて居ります』と云ふと、『新見さんが、十五円だけ私に貰へと云ひましたと云うて来ました。それで私は五円だけ与へました』と云うて居る。
怪しからぬ男だと思うたが、新見は、ウイリアムス博士に初めての貧民窟の路傍説教のことから、あの男の過去に就て、凡てを物語つた。
さうすると、ウイリアムス博士は、反つて非常に喜ばれて、『それぢや、私はあなたと一緒に、その貧民窟の路傍説教に行きます』と云ひだした。
然し新見はそれを断つた。西洋人が行くと反つて、誤解があるから、蔭でお助け下さいと彼の希望を述べた。
新見は此頃から、店のことを凡て、村井に委せておいて、自分は一層宗教的に進みたいと、決心を堅めた。