43話 四十二
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酒呑が暴れに来る。吉田がやつてくる。車挽の森がやつてくる。『帝国』がやつてくる。『阿波』がやつてくる。向隣の日山がやつてくる。酒呑を相手にして居るだけでも一つの辛抱が入る。森はいつでも芝居の真似ばかりする、そして路傍説教を妨害する。それは説教の真中に目玉をくり/\」は底本では「くり/\」]させ手を振つて妙な科白をやるのだから、聴衆がどつと笑ふのである。彼は昼はいつでも酔うて居る。そして十二時頃から福原遊廓附近へ車を挽きに出かけるのである。家は下の二畳敷に、蒲団も何もなく、車の毛布にくるまつていつも寝て居る。『帝国』は酔うてはたゞわけのわからぬことを云つてやつてくるのである。人の善い男で決して怒らぬ、たゞ『頼むぞ、頼むぞ』と繰返すのみである。
『阿波』は、酒に酔うと、耶蘇の神様に祀つてくれと云つて、十銭銀貨を持つて来たり、二十銭銀貨を持つて来て、そのまま帰つてしまふ。さうかと思ふとまたやつて来て、三十銭貸してくれとか、五十銭貸してくれとか云つて金を借りると帰つてしまふ。
向ひの日山は少し質が悪い。酔つ払つて乱暴をしたがるのである。隣の吉田に到つては、もう問題にならぬ。子供を泣かす、床板を焚く、そして『耶蘇の奴畜生めが八釜敷うて寝られんわい』と礼拝の讃美歌に反対する。それも僅か壁一重であるから、彼の怒るのも尤もであると云ふものゝ、酔はなければ何にも云はないし、また丁寧なのである。吉田はまだ、自分を捨てゝ今『おいたべらう』の嬶になつて居る女に未練がある。で、どうかすると頻りに『おいたべらう』の家の前に行つて怒鳴つて居る。然し吉田に同情するものとては一人も無い。殊に家賃は払はないし、家を壊して焚くものだから、家主の水田のお婆さんが怒つて来る。さうすると、そのお婆さんを床板で擲りつけると云ふ勢、そこを通り合せた水田の乾分等が、それを見て息の根のとまる程、吉田を擲きのばすと云ふ大騒動、それを見て栄一は、富田に頼んで、生命だけ助けてやつてくれと挨拶して、漸くその場が納つたことが有つたが、それから吉田は四五日間は、飯もろくに食はずに寝て居たやうであつた。然し決してそれで懲りる男では無い。また酒を呑んで、新見の処へやつてくる。そして、『水田が何だい、乾分が七百人ある、八百人あるツて云つたつて、わしが暴れ込んで行つても、よう殺さんぢや無いか!』と威張つて居る。
彼は礼拝の最中に、褌もせず真裸体で『己れも、今日から耶蘇になるんや、……先生、おまへ、どんな風をして来てもかまはんと云うたやろ、それでわしはこんな風をして来たのや……いゝだらう?』と聞く。
『何にか着ておいで』と云ふと、
『それぢや、着てくるわ』と云つて、素直に帰つたかと思ふと、蓆を着てやつて来て、ちやんと坐り込む、来合せて居るものが皆笑ふ。出口も、伊藤も、石野も、植木も、そこに坐つて居る女連まで笑ふ。然し、吉田は平気である。十分間位は黙つて、栄一の説教を聞き乍ら、居睡をして居る。栄一はどんな着物をきて来てもかまわないと云つた理論上、反対するわけにも行かないので捨てて置くと、軈て居睡が少し止つて酔が醒めてくる、
『もう往んでくるわ』と帰つて行く。
然し新見の最も困つたのは、西洋乞食の古賀と浜井とであつた。古賀は神戸熊内の素封家の息子であるが、中学の四年の時に不図したことから、賭博を覚えて、それが堕落の糸口となり、葺合新川の貧民窟の大親分水田の一族と出入するやうになつて、遂にドン底に転ろげこんだのであつた。酒癖が悪くて、酔払ふと乱暴をするのである。労働としては沖仲仕の一群に加はつて居るのだが、中学を退学させられた後に、乾癸義塾に通学して少し会話が出来る為めに、西洋人の乞食――主として外国の水夫が汽船に乗り遅れて乞食を覚えて神戸大阪を貰ひ廻り、貰つた金は凡て飲んで了ふのである――に親しくなり、乞食の生活が非常にローマンチツクだと云ふので、その真似がしたくなり、自らは朝鮮人だと偽つて、西洋人の家のみ貰つて廻るのである。
新見が、明治四十二年のクリスマスに貧民窟に這入つた時に、貧民窟で最初に英語で会話を話しかけられたのは、この古賀であつた。彼はバイブルも少し読んだことがあるので、
“I know Bible, You see,”
(私はバイブルを知つて居りますよ)
と、喋つて居た。貧民窟へ這入つて四晩目であつたか五晩目であつたか、この古賀がぐでん/\に酔つて来て、栄一の着て寝る蒲団の上に嘔吐をする、小便をする。そして一晩寝込んでしまつたことがある。内山の云ふ所によると、古賀はお父さんの借家の雨戸を盗み出して来て、それを貧民窟で売払つて賭博をすると云ふ猛烈さである。古賀はよく『十銭かせ』とか『十五銭かせ』とか云うて来た。
古賀は温和であるが、新見の最も閉口したのは、古賀の友人の浜井であつた。この男も西洋人対手の乞食兼破戸漢であつて、風采は実に堂々たるものであつた。顔と云へば面長の目のパツチリした眉の濃い、カイゼル髯をいかめしく生やした、身の丈と云へば五尺五六寸もあらうかと思はれる立派な三十近い青年で有つた。然し顔の皮膚は酒に焼けて赤茶色をして居る。そして着物と云へば寒中袷一枚でブル/\震へて居る。栄一に会ふなり、“Sir, Will you please give me a shirt?”(シヤツ一枚下さいませんか?)と云うた。
栄一は英語をよく知つて居ても、日本人同志では、日本語で話したいと考へて居るので、一寸最初はまごついたが、わざと丁寧な日本語で、
『私は今着て居る一枚のシヤツの外、一枚もありませんから御勘弁下さい』と答へた。すると、
『Give me the shirt, which you wear!』(君の着て居るシヤツをくれ!)
と、やつて来た。それで栄一は黙つて、肌を脱ぎ自分の着て居るシヤツをとつて浜井に、
『どうぞ』と云つて差出した。さうすると、浜井は“Thank you!”と云つて、それを受取つて、さつさと着て居る。そして更に、英語で宿賃が無いから、宿賃を五十銭貸してくれと云ふ。栄一がその金は無いと云ふと、偽善者だとか、慈善を騙つて『富豪の金を詐欺して居るのは貴様だ』と、脅喝する。それでも栄一が黙つて居ると、栄一の胸を捕へて揺る、蹴る。栄一は、『人間と云ふものはこれ程までに堕落するものか』と思つて涙を流し乍らも黙して居ると、今度は、綺麗に分けて居る栄一の頭の毛を掴んで侮辱する。それでも栄一は黙つて居ると、内山がさア大変なことが起つたと裏の安さんを呼びに行く、安がドス(懐刀)を持つて飛んでくる。さうすると、浜井は黙つて帰つて行くのである。
こんな時に限つて、浜井は強い酒を呑んで居るので、目が据つて唇が紫色に変つて居る、栄一は酒乱と云ふのは、浜井のやうな場合を云ふのだなと考へた。
然し浜井が栄一を侮辱するのは一度や二度で無かつた。金が取れると知れば毎日、二度でも三度でも来る。そして金を取るのは栄一ばかりでは無いらしい。貧民窟の傍に立つて居るバプチスト伝道会社の幼稚園へも毎日保姆をユスリに行くのである。それでたうとう幼稚園では巡査に渡して、浜井は二週間の拘留になつたが、出てくると同じことである。新見も幼稚園もその他木賃宿と云ふ木賃宿は皆ユスられた。彼は路傍説教を妨害する。貧民窟の信者や関西学院の連中をまぜて八人の路傍説教隊が、小野柄橋を渡つた処で説教をして居ると、突然やつて来て、何にも云はず、八つの提灯を凡て擲き壊して、栄一に飛びかゝつて来た。栄一は頬ぺたを三つ四つ擲られた。栄一は黙つて立つて居る。そこを通りかゝつた林は、人だかりをわけて輪の中に這入つて来た。栄一が大きな男にやられて居るのを見るや否や、早速右足の下駄を手に取り上げて浜井を後ろから擲りつけた。栄一は『林君、そらいかん、そらいかん』と叫んだが林はきかない。ポカン/\やつて居る。そこへ巡査がやつて来た。巡査がやつて来てから浜井と林は組み打ちを始めた。然し誰れも浜井に同情するものが無いので、たうとう浜井は交番所へ連れて行かれた。
栄一は群集の散つた後林に感謝し、交番所へ浜井を貰ひに行つた。巡査は新見をよく知つて居て、
『いや、よくわかつて居ります。然し此奴は木賃宿を一軒一軒ユスつて廻るものですから、こちらの方にも、その現行を押へようと待つて居た処ですから』と浜井を解放しない。浜井はたうとうその晩は警察署に留置せられることになつた。
浜井が警察署に送られたと知つて、古賀は新見の所へ飛んで来た。が、古賀も、浜井には愛想をつかしたと見えて、
『あいつはもう、三十二度拘留に処せられて居るのですよ、去年は東京で暴れて来たのですと……或男爵家へゆすりに行つて、金が貰へないので怒り出して、大玄関に立てゝある金の衝立を蹴破つたりなどして、それは乱暴したのださうです。ほんとにあんな悪い奴はわしはまだ見たことが無い』と云うて居た。
翌朝の新聞には、ちやんと新見栄一が擲られたことが小さく三面に出て居た。