死線を越えて 01 死線を越えて

9話 九

4,114字 約8分 2022年7月10日 公開

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 栄一が小学校の教師となつてから、早や四日たつ。父は市の要務を帯びて、上京して留守であるから、夕飯もいつもより早く済まして散歩に出た。東京から帰つて丁度一週間目、その日は土曜日であつた。町には学生がぼちぼち散歩に出た。佐古の方まで散歩して、日も全く暮れたから、東新町をとぼとぼ帰つて来てゐた。一丁目の角へ来ると、大勢の人が軒に立つて、讃美歌の声が中から聞える。

 栄一も立つて窺いて見ると、間口四間に奥行五間許りの土間にベンチを十脚許り置いてある。之れに子供が一ぱい腰を掛けて居る。正面の右二間は板壁になつて、その前に粗末な梯子で二階へ登る様になつて居る。梯子の横に、讃美歌を大きな字で書いた紙が懸つて、左の二間は奥まつて畳が敷いてある。此座敷の前に三尺許りの縁がある。之にも女の子が、せり合つて腰を掛けて居る。座敷の真中に白いテーブルクロースの掛つた机、其右手には大きなオルガン、此オルガンの上に錆びたブリキの笠のついたランプが吊つて有つて、横の黄色い壁には古びたユダヤの地図が懸つて居る、座敷の裏側に入つて居る障子は紙が茶色で処々破れて居る。左右の壁の真中に煤けた細い虫の食つた柱が現れて居る。右側の柱に半紙を四尺許りに継いで小ましやくれた字で、聖書研究会、毎火曜日午後七時より徳島本町マツケンジー氏方、説教毎日曜午前十時及び午後七時より通町教会堂にてと、書いてある。右側の最後のベンチの後には、隅に寄つて焼芋屋の荷車が置いてある。

 通りかゝる人は、一度は必ず説教場の内を窺く。窺くと第一に目に付くのは子供に讃美歌を教へて居る二十前後か十八九と云ふ、それは綺麗な婦人である。髪をマガレツトに結んで、紫の袴を穿いて居る。眼は大きく黒くて、二重瞼の二重顎(ダブルジヤー)の福々しい女。その眉の形と云へば全く話に出来ぬ程美しい曲線だ。頬に赤みがあつて淡泊(あつさり)とした女である。

 栄一は『鶴子様だ……』と胸の中で云つて、珍らしさうに見て居る二三十人の間に這入つて窺つて居た。歌が済んで、ベンチの子供は騒ぎ始めた。十二三の男の児が隊長となつて、部下の五六人が席の広い狭いを争つて居る。暫くして隊長は縁に進んで女の子を追ひ退けると五六人の家来が皆従ふ。組の中に黄ろい声で――

『われ等のいくさは肉ならず……』と歌ふ者があると思ふと皆に伝染して大きな声で歌ひ始める。終りは唯『ウエヘエイ』と叫ぶ。門口に立つて居るものも、ベンチに掛けて居るものも皆笑ふ。牧師とも見える洋服姿の五十恰好の男、髪を一寸分けて、八字髯を生やした口幅の広い唇の右が少し下へ捻れて居る人がテーブルの前に立つて、小形の新約聖書を開いて居る。子供は矢張り大騒ぎをして居る。

 牧師は『今からお話を初めますから、子供さん皆お静かになさい』と丁寧に注意した。すると隊長は口の右を右手で捻らして左の人差指で八字髯の形を拵らへて出て行つた。部下も皆同じ真似をして出て行く。之は牧師の顔の形を真似して居るのだ。外へ出て、

『口いがみ/\』と叫んで居る。

 女の子のひとりが栄一の居るのを見付けて、

『今度来た先生!』と囁いた。すると少しの間に皆、柔和を装ひ始めた。然しこの慎みも暫くの間で、一人去り二人去つて子供の大抵は逃げ去つて終つた。牧師は黙祷を終つて『讃美歌を一つ唱ひます』と、云ひ乍ら、梯子の横に懸つて居る紙を一枚一枚裏返して、

エスきみエスきみ みすくひに

われをももらさで いれたまへ

主よ主よ     きゝたまへ

くだけしこころの ねぎごとを

と、初めに書いてある讃美歌を選んで美しい婦人に『之れを』といつて示す。

 美しい婦人はオルガンの前に腰を掛けて奏き乍ら唱ひ始めた。その歌が新見には身に浸みこむ様によく感ぜられた。

 歌が終つて、美しい婦人はテーブルの影に坐つて俛いて居る。牧師は説教を始めた。

 説教が大分進行すると今迄講義所の前に黒く集つて居た者が、一人去り二人去つて僅かにベンチに腰かけて居るものは五人になつて終つた。四十許りの背の低い丸髷に結つた女が一番前に此女は少し酒を飲んで居るらしい、顔を赤くして居睡つて居る。そのすぐ後に此講義所の家主で、お隣りの吉田洋服店の主人が、寝て居る三つ許りの女の子を抱いて、聞いて居る振りをして掛けて居る。左側のベンチの壁によつて筒袖を着た白い兵児帯をしめた二十五六の青年が腰を下して居る。痘痕(あばた)が有つて跛の男。これが此講義所の番人、如何にも敬虔らしく天からインスピレーシヨンでも受けて居るかの様に、眼を閉じては祈り、眼を開いては牧師の口に注意して居る。

 ベンチを二つ隔(お)いて洋服屋の主人の側に掛けて居るのが年頃二十一二の青年、これまた筒袖で黒の兵児帯、小薩張りとして居るが下駄を見ると広い薄ぺらな筍の皮の様な物に、棕櫚の緒をたてゝ穿いて居る。労働者であるらしい。もひとりは新見栄一で、講義所の番人の後のベンチに絣の羽織を着て、何だか気の落ち付かぬ様な態度で掛けて居る。この外に机の蔭には鶴子さんが聞いてゐた。

 牧師は頗る熱心だ。或時は沈鬱な労働者の青年に、其次の瞬間には栄一に話して居る様に視線を転じて説教する。

 表に車夫が立つてゐるので、又二三人集つた。

 説教者は熱心にイエスとニコデモの話しを語り終つた。その眼は焔に燃えて居た。車夫が軋り音高く去ると、其音に鶴子は一寸頭を上げて往来を見た。

 説教は長いもので一時間位かゝつた。説教がすむと美しい婦人はまたオルガンの前に現はれた。丸髷の酒呑先生が目を醒した。そしてつうと立つて帰つて行く。最後の讃美歌は、

みめぐみあふるゝ インマヌエルの

ちしほのいづみに つみをあらへ

じふじかのうへの ぬすびとすら

このいづみをみて よろこびけり

と、云ふのであつた。新見は聞いて居ると自分も全く耶蘇のお弟子になつてしまつたかと思ふ様な心持がした。鶴子様の高い声が胸を貫く様に鋭い。栄一は目を閉ぢて鶴子様の唱ふのを眤と聞いて居た。歌が終つて牧師は祈祷を始める。然し栄一は目を閉ぢて居る間に、色々な事を考へた。

『……キリストが都の大きな塔の真上に誘はれて、「爾此処から飛んでみい」と云はれて、よう飛ばなかつたのは卑怯だ。もし飛び降りる勇気があれば、僕は彼の前に跪くのだが……人生には塔の上から飛び降りる様な勇気がないから、疲れる。キリストがもし飛び降りて居た時には、人生問題は凡て解決して居るのだ。人間なら人間で済んだのだ。世界はキリストが塔から飛び降りなかつた許りに迷うて居る。飛び降りて天の使が捧(さゝ)へたとアポクリフアが書いても、人間は奇蹟だと云つて、笑うてしまふだらうが、キリストが、どうせ十字架で死ぬのなら、薄命なエユフオリオンの様に、人間は死ぬなら死ぬと示して呉れて置けばよいのだ。彼は世界を迷はす。人間は疲れる。熱がない哲学者が皆寝入る。だから、「エリアの火」を呼ぶ必要はあるまいか……永遠に燃えて居る鉄の火箸を具へて置くのだ。寝入らうとする哲学者の口を裂いて、その軟かい長い舌を引出して燃立つ焼け火箸を恐ろしい勢ひで舌にさし付けるのだ……焼けて血が口に満つと塩辛い血の味がする。ぴり/\と顎の所々が痙攣(ひきつけ)る。そして延髄の処が重くなる。空想の哲学を産み出した神経中枢が破壊される。残るのは石を積んだ様な数学的の哲学を産む中枢ばかりだ。要するに人間が血眼にならねば哲学系統は湧いて来ぬ……が疲れた。東京から帰つて来て人間にも全く飽いた。唯人生を痛罵したい……』

 祈祷が終つてアーメンに加はつた者は番人と鶴子様の二人。牧師は祈祷がすむと直ぐ下駄を穿いて栄一の処へ遣つて来た。一礼して、

『失礼ですが貴君は今迄にキリスト教をお聞きになりましたか?』

『はア』と軽く答へて、一寸鶴子の方を見てまた俯向いて指をもぢ/\さす。

『何処でお聞きなさいました?』

『一週間前まで、東京に居りましたので』

『学校に居らつしやいましたか?』

『ハイ』

『何処の学校に?』

『明治学院に』

『アヽさうですか、明治学院に居らつしやつたんですか。それぢやあなたは信者でいらつしやいますか?』

 鶴子が進んで来る。

『いや、まだ信者ぢや無いのですが……』

『チツト私の内へも遊びにいらつしやい。通町の教会の裏に居りますから』

『失礼ですがお宅は?』と続けて問ふ。鶴子は牧師の側まで進んで、

『橋本さん、失礼致します。おやすみ』と丁寧にお辞儀をして帰らうとする。

『田宮さん、一緒に帰りませう。少しお待ちください。お急ぎですか?』

『いゝえ』と鶴子は答へて、跛の番人が表の戸を苦しさうにして閉めて居るのに気が付いて助けに行つた。

 栄一は『徳島本町で御座ります』と答へたが、

『徳島本町の何処あたりでいらつしやいますか?』と問ふ。

『新見で御座ります』と答へたが、橋本は市長の息子だとは思はぬらしい。

『何処か洗濯屋のお近くで御座りますか?』と尋ねて居る。

『洗濯屋の隣りで御座ります』

『それぢや市長さんの――』

『ハイ』

 戸を閉めて戸の外に立つて居た鶴子は新見と聞き、市長と聞いたから、内を覗いて居る。そして驚いた声をして、

『私……いや……真(ほんと)に忘れてしまつて居た。どうも失礼しました』と叫んで這入つて来る。鶴子に取つては若い美しい青年に礼をするのは何だか罪深い様に感ぜぬでは無かつたが、

『新見さんでいらつしやいますか、大きくお成りなしたから見違へましたよ。御免ください』と笑い乍ら礼をする。

『あ、鶴子様』と栄一も腰を上げて挨拶した。

『暫く、御機嫌はおよろしう御座りますか?』

『あなたも?』

 橋本牧師も笑ひ乍ら、

『田宮さんは、新見さんを御存知ですか?』

『はア、同じ村の前と裏で、同じ学校友達ですの……新見さんは御親類にも当るのですの……然し長らくお目に懸らぬから全く忘れて居りましたわ。新見様は大きくおなりなさいましたね』

 身振りの自由な、愛嬌のある話し振りをする。

『長くお会ひにならなかつたのですか?』

『さうですね、一寸七年で御座りませう。ね、新見さん?』

『さうですね。七年にもなりませうね』

 三人は揃つて新町橋を越えて、通町を帰つて来た。二丁目から鶴子と栄一と二人で話し乍ら帰つた。

 夜の空気が冷かつた。

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