2話 二
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鬼怒川の水聲は絶えず路の傍にありて、或は高く、或は低く、或は緩かなる事操琴の如く、或は急なる事風雨の如く、或時はり、或時は沈み、その響殆んど名状せられぬばかり面白けれど、岸頭樹多きが爲め、距離甚だ近からぬ爲め、その奔飛跳踉するさまを見ること能はず、徒らに近寄る響を聞きとめて、今か/\と行けども/\、それらしき者も見えぬに、失望する事一方ならず。秋風尾花の上を渡り行く間を蕭條として進むこと凡そ一里許、大原をもいつか過ぎ前なる高原山をもいつか失ひ、猶十四五町も進行きたる頃、路傍の水聲再び急に高くなりて、その餘響の林梢に反響する音、極めてわが心を惹くに足れり。されど我は其程には思はず、徐ろに其路を進み行きしに、俄然林は少し開けて、眼下には溪派の泡を吹き烟を卷きて、凄じく奔飛するさま、手にも取られんばかり極めて明らかにあらはれ出づ。
折良くも林間一條の細路ありたれば、我はそれを傳ひて、一歩降り二歩降りつ。下には岩石劍の如く矗立して、一丈もあらんと思はるゝ大石を、白き水の跳越ゆるさま、奇にも奇、壯にも壯、殆んど譬るに物なし。我は戰立しつゝ、横に突出したる一木に身を寄せ、暫くはこの景を見たりしが、やがて又勇を鼓して、此方の岩角、彼方の木根を力に、一歩誤れば萬事休すといふ路を、一町程降り行けば、其處に大なる一奇岩突兀として顯れ出でぬ。それに沿うて又七八歩、その先に覺束なき一條の柴に組橋を架したり。その橋の傍に一柱の掲示ありて、浴客の外渡る事を禁ず、瀧温泉守と禿筆の跡見惡し。これ所謂瀧の温泉かと、岩に凭りつゝ、恐る/\向岸を見れば、數軒の人家の蕭條として並べるあり。我は猶一倍の勇氣を奮ひ、さながら猿の木に登る如く、堅くその組みたる柴に攫みつゝ、跋ふ如くして一歩々々と前岸に渡り行きぬ。下を見れば激怒したる水、盛に泡を吹きて、目も眩むばかりに思はれ、上を仰げば、岩石蔽ひ重りて、今にも落來らんかと危まれ、暫くは生きたる心地も無く、漸くその柴橋の中央に至れる時、その大なる岩に粉碎せし水、蔽ひ重るやうにわが身の上に落來り、吁と言ふ間に、全身悉く水を蒙り、その冷なること殆んど言語に絶するばかりなり。これに驚きて身の今恐ろしく危き處にあるのも忘れ、急ぎてその柴の組橋を渡り終り、その儘恙なく前岸なる岩石の平なる上に立てり。
此處より見れば、其風景一層の奇を加へたるが如し。鬼怒川の水は、遙かに上派の奇岩より迸り來りて、先づ第一に五百羅漢に似たる無數の小岩の間を、或は落花の如く、或は白雪の如く、右に潜り左に走り、次に槍の横に突立ちたる如き岩に當りて、盛に跳珠飛玉の趣を呈し、更に脱兎の勢を以て、續々と重り合へる斷石缺岩の間に流入す。水の此處に來るや、その激怒極めて烈しく、極めて盛に、只是千百蚊龍の頭を並べて飛下するが如く、高きこと一二間に及べる岩をも難なく飛越え跳り越えて澎湃激越天地も崩れんばかりの絶大絶高の響を作し、更に集りて深碧染むるが如き一瀞淵を作り、更に亂れて又靜り、更に動きて又止まり、終に樹影欝葱たる處に隱れ行きぬ。我は之を見て後、温泉場に至りて、晝飯を喫し、温泉の所在を主婦に糺せば、傍に間道を指して、其處へ行き給へといふ。言はるる儘一二町川に添うて下れば、その風景絶佳なる川原に、二箇所の温泉の湧出するを見る。しかもその浴槽には屋根も無く、戸も無く、雨は降るに任せ、風は吹くに任す。此時不意に水聲に交りて、一曲の村歌の起るを聞く。怪みて猶下れば、下なる浴槽に、一人の村孃、年十八ばかり、今しも半身の裸體を出して、前なる溪派を見詰めつつ、惜氣もなく玲瓏たる聲を、山水の間に朗詠してあり。あゝこの仙境! 我は繪畫に於てすら、未だかくばかり美なる現象を見たる事無きを。
あまりの面白さに、此處に一泊とは思ひたれど、日は高く足も勞れざれば、思ひ返して前の危橋を渡り、細く嶮しき石徑を傳ひ、今一度木を頼りに下なる景を見納めて後、靜に元の街道に出で、其より又音のみ聞きて姿は見えぬ鬼怒川の流に添ひ、藤原と言へる山間の一荒驛を過ぎ、途次會津に行くなりといふ一馬夫と、無邪氣なる會話を試みつつ、一里程は山も見ず、川も見ず、澤も見ず、紅葉も見ず、茫々然として歩來りしが、路は次第に山の半腹へ/\と登り行き、鬼怒川は遙か下になりて、微かに鏘々たる音を殘したるのみ。
かくて猶一里をや行きけむ、今迄見えざりし水は又忽ちにして、顯れ出でしが、是より林影全く絶えて、次第に勝り行く兩岸の風景、一々明かに見ることを得るやうになりぬ。或は遠く兩山の間を流行きて、白雲青松の中に沒し行くさまの悠遠なる、或は大岩奇石の傍を迂屈曲、漸くにして流出づるさまの奇警なる、或は谷迫り山窮して、溪流は只是一帶の帶を曳きたる如く見ゆる、或は幾筋とも無き程に分流して、小松の面白く叢生したる處を縫ふやうに流れ行ける、或は遠く或は近く、或は低く或は高く、その高原村に至る間の奇景は、如何にして言語の上に言ひ、如何にして筆毫の下に現すべきか、われは只我に仙才なきを愧づるのみ。
照尊院の主僧はこの間を稱して、木曾十里餘の景に匹敵すべく、熊野本宮より新宮に至るの景にも勝るべしと言ひ、且昨秋此處に來れる時は佇立多時、夕陽の移るをも知らず、只庵室を此間に設けて、專心苦行を清じたらんには、如何に本望なる事ならんといへる一念より、更に他念は無かりしと語られしが、我も亦かの溪流の斜に曲れる處、かの一株の老松の盤踞する邊、一廬を建て、一室を作りて、隱かに著作の筆を執りたらんには、如何に嬉しく如何に樂しき事ならんかと思はざる事能はざりき。されど我は大俗の身、紅塵の中に埋沒せられたる身、山靈如何でかゝる謂はれなき大望を許すべき。
一路の秋風高原に至る。鬼怒川はこれより左折し、路は五十里より流れ來れる一小溪に沿ふ。この小溪と鬼怒川と合する處、三角形を爲し、その一角に當つて、突兀たる一奇山龍蛇の蟠るごとく屹立す。その麓は則川治の温泉場にて、二三人の人家、炊烟の斜に渦上するを認む。高原を過ぎ、一溪橋の虹の如くなるを渡り、左折して四五町程行けば、やがてその温泉場なり。則ち旅亭に入りて、半肩の行李を二階なる風清く氣潔き一室に卸し、今日の勞を休めん爲め、直ちに導を得て、川原に近き浴場に赴く。この湯少しく繁茂の趣を呈して、今猶四五人の浴客あり。浴槽も亦屋根あり戸ありて、風致前の瀧の湯の自然なるには及ばず。
浴し終りて、亞字欄干に凭れば、搖曳たる夕嵐、軒頭を襲ひ來りて、斜陽の影は澹々乎として殆んど將に無からんとす。乃ち婢を呼びて盃盤を命じ、陶然として醉ひ、悠然として歌ふ。既にして蒼然たる暮色遠きより至り、團々たる明月東山の一端より昇る。松影山影、明淨なること白晝の如く、水聲風聲悠遠なること仙寰の如し。樂しきかな此夜や。