日光山の奥

3話 三

2,762字 約6分 2021年12月13日 公開

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 翌曉木枯の風大いに起る。古木を振ひ大澤を動かし、その暴然當るべからず。われは則ち孤影寂寞として旅亭を發し、五十里川(いかりがは)の板橋を右に渡り、雜草叢生せる路を傳ひて、直ちに湯西川の温泉に赴かんとす。この村や栗山郷の最高端に位し、日光を去ること十有三里、寂の又寂僻の又僻なる千山萬岳の中にあれば、從つて訪ふ人なく、この近郷に住せる人だに稀れに見るといふばかりなる僻地なれど、我は其地の偉異絶特なる趣を具へたる事を聞きたる身の、假令如何ばかりの危を冒し如何ばかりの險を踏むことありとも、その境に赴かずしては止まじとの決心を爲し、一歩一歩正面より吹付くる木枯の風に向ひて行きしが、その寒さその鋭さ、最早嚴寒の時節にやと疑はるゝばかりなりき。まだ染めあへぬに吹散されたる紅葉をがさ/\と踏みて、例の如く岩石兀立したる山路を行く。五十里川は幅廣からず流急ならざれども、折々佇立みて見るべき所も亦少なからず。まして今日の山路は昨日と異りて、窮したる谷、迫りたる山、岩は聳え石は躍り、柳州が所謂舟行如窮忽又無際といふが如き詩趣を備へたるをや。前に連山脈々と重り合ひたれば、到底それを越えずしては、何方(いづかた)にも出づる事能はじと思ひつゝ行けば、路は俄に思ひもよらぬ岩石の間を縫ひて、遙かに前山の麓に通じ、更に劍拔矗立したる材木の如き岩を繞りて、猶も奧なる山間に達す。かくの如く山を越え谷をわたり、漸くにして少しく廣き所に出づれば、俄然前に大なる鏡の如き澄徹したる一澤水の現はるゝを見る。これ即ち五十里湖(いかりこ)と稱せられたるもの。

 山風は連りたる千頃の蘆荻を折るゝかと思はるゝばかりに吹撓めて、その烈しきこと譬ふるにものなし。われはその右岸を縫ひて疾走する事大略半里程、路傍一箇の土橋の弓の如く架りたるを見、足を佇めて仔細に橋頭を點檢すれば、旅亭の主人の如く、小さき古き一箇の路標の雜草の中に埋沒せられたるを發見す。「左會津道右湯西川道」と記されたるをたよりに、路とも思はれぬ程の細徑を右に折れ左に曲り、榛莽を分ち荊棘を穿ち、草間小蛇の走るがごとくにして、前なる一山を登り又下れば、渺茫たる五十里湖の沼はいつしか林間に沒却し、前にはそれよりも一層悠遠深なる風景、極めて面白く顯れ出づ。

 水少なけれども石原廣き湯西川は、遙かに遙かなる山又山の間より明滅隱見して流れ來り、奇塊絶特なる太郎山の麓を過ぎて、一度は林影深き處に沒し、一度は白楊絶えたる處に顯れ、更に亂石の怪岩の邊を走りて、わが立てる山の半面を洗ひ、潺湲として枯蘆蕭條たる中に見えずなり行く。われはこの景に向ひて立ち、この景に向ひて吟じ、悠然太古の如き感の起るに堪へざりしが、折りしも村歌を山風に歌ひて、悠々馬を牽きて來れる一人の村孃に逢ひ、是より湯西川に至るの方向とその里程のほどを問へば、村孃は破顏一笑、手にしたる竹策を擧げて、遙かに兩山相仄したる間を指し、湯西川までは是より四里、この川に沿ひこの流を渉り、更にかの山の奧の奧なりといひ、更に改めて川の前岸なる一縷の炊烟を指點し、かしこは西川の村なりと教へ、優しき聲にて馬の進まぬ勝なるを叱しつゝ、やがて秋草深處に沒し行きしが、少時にして村歌を歌ふ聲、再び高く林中に聞えぬ。我は直ちに山を下り、淺渚を求めて溪流をわたり、秋風落莫たる白楊樹中の細路を踏み、前山に卷舒出沒する白雲の奇なるを仰ぎ、猶湯西川の細漣を徒渉すること數次、西川の村に入りて深山僻地の生計の憐むべきを見、殆んど隔世の人かと疑はるゝ村爺の無邪氣なるを喜び、我も又座ろに山中の人となりたる心地して此處を去り、或は萱影の兩肩を沒する處鳥聲の樹梢に遍ねき處を穿ち、或は路斷えて草深き處石出でて水急なる處を過ぎ、行くまゝに進む儘に、遠しと思ひし山も忽にして前に顯はれ、遙けしと思ひし水もいつとなく後に隱れ、一歩は一歩より山深く、一間は一間より境寂しく、蜥蜴の草に隱るゝ音にも心戰へ、小瀑の岸に落つる響にも膽動きて、暫くは岩の角崖の下など極めて、恐ろしく物凄き間をのみ恐る/\たどり行きしが、やがてまた曲れる溪を渉り、左に折れ右に曲り、更に水の膝邊に及べる深潭を渉り終れば、路は綫の如く縷の如く遙かに日影倒射せる小山の蔭に通ず。寂の寂寞の寞たるこの山路ほど、我は物凄く氣味惡く感じたる事なし。折々景色よき處に逢ひて、飽迄貪り見んとは思へども、あたりの風物の如何にも澄に過ぎ奇に過ぐるを以て、久しく佇立みてある事能はず。終には風景よりも山水よりも、只人に逢ひたし/\といふ念のみ盛に起りて、我ながら後を見らるゝやうなる恐怖の情に堪へがたく、遂には急走疾驅してなりとも、この大寂寞の山中を過ぎんとの決心を爲し、坂とも言はず峠とも言はず、一直線に驅上り驅下り、大略二里も來りしと覺しき頃、不意に眼界廣くなりて前に見ゆるは一二軒の茅屋!

 曾て聞く深山にて人に逢ひたる程、嬉しく思ふ事はなしと。われこの茅屋の影を認めし時の心も、亦更にそれに異りたる所なからん。われは喜悦のあまり、疾く走りてそこに至り、戸を叩きて案内を乞ひ、檐頭を借りて暫く此處に疲勞を休め、更に湯西川に至るの里程を問へば、猶是より二里餘もありといふ。今迄の如く山深く境寂しきかと反問すれば、水を渉る所は無けれど、山の深く路の險しきは猶一層を倍すと答ふ。われは座ろに戰慄したれども、外に詮術の有るべき筈なく、勇を鼓して此處を去りしが、途々其處にて購めたる柴栗をり/\つゝ歩み行くにいつしかそれに精神を養はれたりと覺しく、路の險なるも境の寂なるも、鳥の鳴聲の怪しきも、蜥蜴のがさ/\と動くも、いつか心に留まらずなりて、今迄の寂しさ恐しさは何處に行きしと思ふばかり、愈々益々皮をり澁を捨て、二つの袂に滿ちたる柴栗を殘る處なく食し盡したるが、その頃は早迫りたる山も開け、險しかりし路も平らぎ、湯西川の流は潺溪として次第に細く、志したる湯西川村の温泉場はかの山の蔭なりと聞き、我ながらその二里の近かりしに驚き、走るが如にして、兀立したる前山を右にれば、蕎麥の畑處々に顯れ、その末には一帶の平地、數縷の人烟、是即ち深山の奧又奧極又極なる湯西川村の温泉場なり。

 湯西川の水に臨みて三軒の温泉宿あり。夏時來り浴するもの百人の多きに及べば、その室の清潔にしてしかもその構造の壯大なる、窮山深谷の中にありとは思はれざるばかりなり。川に臨める湯本號を選みて投宿す。湯は溪流を挾みて四ヶ所に湧出し、清透玻璃の如く温和玉の如し。浴後獨木橋をわたりて向岸なる一大盤石の上に跼し、靜坐默想して獨り深山の靈氣を思ふ。前に紋をなして流れ行く水、後には突兀として重り合へる山、之に加ふるに日光下徹雲影往來、暖きこと陽春の候の如し。是に於いて神は萬化と冥合し魂は岩石と默會す。

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