5話 五
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川俣温泉の浴槽は、旅亭の奧にあるもの二、川の彼岸にあるもの一、いづれも適當なる温度を保ちて、清瑩徹底、掬ぶに堪ゆべき程なれば、粟山郷中、最も秀でたる温泉と稱するを得べし。之に加ふるに、前山の紅葉倒に影を鬼怒川の瀞潭に印して、只是錦を布きたるかと疑はる。われは兩三度旅亭の浴槽に浴したる後、導を得て靈效神の如しといへる川原の湯に赴かんとしつ。川に沿ひたる岩を傳ひて、一町程行けば、半桁の獨木橋弓の如く架りてあり。危ふければ跣足にて之を渡り、二つ三つ石を傳へば、一箇の浴槽ありて、清潔なる湯は、溢れんばかりに湧出たり。しかも屋根も無く、蔽物とても無ければ、木の葉は自由にその中に沈みて、詩趣に富みたる風情、又譬ふべき者もあらず。傍に一つの桶ありて、その熱き時前川の水を汲みて、それを和げん爲に備ふる者なり。我は座ろに仙境に入りたる心地して、その樂しき事言はん方なし。優遊多時、家に歸りて主人を呼び、明曉絹沼に赴かんと欲すれば、導者一名を得たき事を託す。主人之を聞き、頭を低れて踟の色あり。暫くして曰く、秋寂しく天寒く、一家既に里に下らんとする頃なれば、絹沼までの導き、恐くは得難かるべし。且山は雪にも近づきたれば、態々行き給ひても、面白き事無きに相違なし。思ひ留り給へといふ。我は肯ぜず強ひ之を託す。さらば有るや無きや、搜して見るべしとて、主人は去りぬ。
晩に入りて、主人わが室に來り、幸にして導者を得たりと告ぐ。
さては明日はその絹沼に至る事を得べきか。男體山の絶巓より見下したる、清光鏡の如く澄影玻璃の如き、その深山の一湖水の傍に立つ事を得べきかと、嬉しさにそは/\せる心を押包みて眠に就きしが、其夜の夢は既にその深山幽谷の境に飛びて、身はその一湖水の傍に立ちき。
拂曉窓を推せば、殘月虚明、山氣爽絶、われは快を呼びて起ち、々旅裝を整へ終る。既にして夜全く明け、導者亦至る。則ち行厨數個及び二日分の食糧を擔はしめ、自らは草鞋數個を腰頭に纏ひ、湯西川にて獲たる大杖を携へ、短刀は懷に藏して以て萬一の危難にそなへ、別を告げて靜かに發す。暫く鬼怒川に沿ひて行き、更に崎嶇羊腸たる山間を穿ち、將に阪又阪なる一嶺に上らんとする時、前山に聳えたる山松の上より、旭日の瞳々として昇れるを見る。行く事里許、榛莽の中遙に一瀑の龍頭を爲したる奇岩より落下するあり。岩角を穿ち木根を越え、纔かに仰ぎて之を見る境既に暗黒、加ふるに樹影重蔽せるを以て分明にその首尾を辨ずる能はず。只一道の水晶簾の茫々白々として黒暗々より深淵の中に投ずるを認むるのみ。何と言へる瀑ぞと問へば、是則カッタテ瀑と呼ばるゝものと導者は答ふ。立つ事少時、膽戰へ神動くに堪へず。則ち去つて又榛莽の中を行く。
不意にして水聲大いに起る。右より左より、前より後より、或ものは轟然雷の如く、或ものは鏘然琴の如く、或ものは巨人の嘯くが如く、或ものは山靈の叫ぶが如し。しかもその境極めて促、極めて狹、極めて險、極めて必迫、一縷の路絶えんとする事數次、漸く山を穿つて、樹影の少しく開けたる所に出づ。則ち樹に凭り俯してかの水聲高き邊を窺ふ。
されど深黒晦冥にして、その奇景の一端を窺見ること能はず。只纔に奇岩怪石の矗立したると、數道の飛瀑の驟雨の如く落下したると、斷岸絶壁の削るが如く屹立したるとを見るのみ。これを箱淵となす。
猶行く事一里、遂に日光澤の温泉に達す。温泉守は既に十日以前に里に下りたるを以て、その寂莫なる事殆んど言語に絶す。家は雨の叩くに任せ、浴槽は落葉の埋むるに任せ、鳥聲獸跡、轉た山中隱者の感に堪へざらしむ。岩蔭なる一小屋を訪ふ。是年々此處に住して、嚴冬猶里に下らざる一獵師の住する所、鬚髯黒く頭髮長く、一幅寒山拾得の遺容の如し。嚴冬雪白く風烈しき頃の消息を問ひ、熊狩り鹿狩りの快談を聞き、一浴して則ち去る。こは今日湖水を見て、此處まで下り來らんと思へばなり。
猶行く半里許りにして、山路は遂に草茂り樹重れる間に絶ゆ。
是より荊棘榛莽、殆んど名状すべからず。されどその登るや今迄の如く緩々たるにあらずして、急峻立てるが如き勾配なれば、一歩一歩、その苦殆んど言語に絶す。導者は山間に成長し、嶮しき山路に馴れたるもの、急走疾驅、更に平地に異るなく、忽にして其姿を林中に失ひ、大聲を發して呼べば、答ふる聲遙かに天上より落ち來る。
氣息喘々、纔かに山樹空濛たる間を過ぐれば、やがてわが前には、渺々たる小笹原、限りもなく顯れ出づ。日光赫々と輝き渡りて、深碧なる一天はさながら淨玻璃を張りたる如く、山脈の蜿蜒と連互するさま、雲形の飄蓬と往來するさま、極めて分明に見え渡れり。この廣濶たる處を猶登ること十八九町、勾配は次第に緩かになり、眼界は次第に廣くなり、山嵐は愈冷になり、境は愈寂寞になり、遂に久しく心に懸け、久しく神往くに堪へざりし栗山の奧の奧極の極なる絹沼の原野は、渺々茫々として、わが眼中に映じ來れり。快甚し。今迄の勞をも忘れ、疾走して我は之に赴く。行く儘にその景愈々奇絶、愈々快絶、遂に所謂絹沼の岸頭に至れば、大小數十個の湖水、續々として顯はる。澄光清影、鏡の如く玻璃の如し。日光山志に曰く、その方位男體山の北に當り廣さ凡そ一里、水極めて清潔、靈草珍木、その岸に繁茂し、松檜枝を垂る、沼底深からざるも、砂石皆五彩の色ありて水爲めに五色を帶ぶと。又曰く、四季の花卉常に絶えず、緑樹相蔭翳し、その景恰も錦機を織るの觀あり。因つて或は錦沼と稱す。とその言皆誣ならず。
導者は即ち曰く、此湖春夏の候は、雪解の水四山より集り、この廣渺たる原野、悉く湖水となり、その奇觀譬ふ可き物も無ければ、今は恰も水少く草枯れたる節に屬したれば、湖水はかくの如く分裂して、その大觀を見る能はざるを惜むと。又曰く、此處は上野下野岩代三國の焦點なれば、その鬼怒沼の水三方に落下し、一は會津に至りて只見川に合し、一は上野の山中を注流して利根川に合し一は當國を貫流し常陸下總の間に至るもの、則ち鬼怒川の流れを爲すと。
我は恍惚として言ふ所を知らず。
瞻望すれば、絹沼山は右の方數歩の中に聳えて、清容美姫の如く、太郎嶽、温泉嶽、白根山の諸山は皆眼下に連り渡りて、怪特偉人の立てるがごとし。殊に男體山――わが上りてこの湖水を見下したる男體山は屹立千尺、巍然として高く雲表に突出し、日影倒射、雲影出沒、そぞろに人をして神飛び魂馳するの情に堪へざらしむ。之に加ふるに北は上毛なる赤城、武尊の一大山脈、蜿蜒大蛇の走るが如く、小川戸倉の間を過ぎ、更に東走して岩代の國に入り、燧岳駒ヶ嶽の大山脈に連れるより、南は鹽原高原の連山、連綿として那須野の高原に君臨するに至る迄、一望則ち盡さずと言ふ事なし。あゝ深山窮谷の中、誰かかゝる靈境のあるを思はんや。誰かかゝる風景のあるを思はんや。照尊院の主僧の夢寐忘るゝ能はずといへるまことに故あり。
栗山の勝概こゝに至つて盡く。車聲馬聲の喧囂なる處、鞭影衣香の陸續たる處、靜かにその山中の奇景を冥想すれば、詩興頓に興り、遊意頻に萠して、都會の熱鬪、更に一層の嫌厭を増せるを覺ゆ。然れども我は是紅塵場裏の身、溪水を飮み、仙果を拾ひ、溪澗に終日し、山巓に越歳し、飄忽粗宕、松風と水聲との外、更にわが耳を喧しうするもの無きに至るは、あはれ果して何の日か。