4話 四
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山中の人の質朴さ、それには及ばじといふを、強ひて橋の袂まで送り來り、さも親しき人に別るゝ者の如く、來年は必ず緩くりと湯治に來て下され、必ず待つて居りますぞと、涙を滴さぬばかりなる言葉、あまつさへ一つの太き杖を出し、途中にて何か出でたる時の魔除に是を持つてお出なされといふ。何か出る事などありやと驚きて反問すれば、否滅多にはありませねど、近頃熊が荒れると申しますればといふ。
心細き事限り無けれど、詮なき儘別離を告げて、朝日の光を後に負ひつゝ、次第々々に山深く分入り分入り、昨日に變らぬ寂莫たる間を二里許も進み行けば、やがて道は峠に懸りて、その嶮絶なる事殆んど言語に絶す。人には勿論逢はず、溪流の音も已に遠く、鳥聲も無ければ風聲も無く、只踏み行く木の葉のがさがさと亂るゝ音のみなるを、其さへ猛獸の來りしかと疑はれ、心も心ならずして、黒闇々日光も穿ち得ぬ森林の裡を登る事許、漸くにして絶巓に達し、遙に開けたる林間より瞻望すれば、此處は恰も日光女峯山の裏に當りて、その奇快峭絶なる姿は、手にも取らるゝ如く見え渡れり。我は他郷にて友と逢ひたる如く、奇と呼び快と呼び、準備の短刀を出して路傍の大木を削り、姓名と共に秋風寂寞孤影蕭條の八字を題し、其儘疾驅して峠を下る。登るや極めて嶮なりしと雖、下るや易の易快の快、十町立どころにして至り、一里瞬間にして走り、未だ正午にも至らざるに、土呂部を過ぎ、黒部を過ぎ、更に捷路を貪りて、一道の溪流を徒渉し、一路の深谷を穿ち、山を越え谷を踰え、前面上栗山村の人家を認むる頃、行先は次第に開けて、水聲高く四山に反響し、忽然顯れたる一大澤は、今しも將に奇極り怪極るの一大奇景を、從容としてわが眼前に展けんとす。
將に林を出でんとする處にて、我は二人の牧童に逢ひ、此處は何といへる澤ぞと問へば、間渡戸間渡戸と繰返して、彼等は怪しげにわが顏を覘ひぬ。
間渡戸! これ即ち鬼怒川奇景の隨一と稱せられた所にあらずや。
石多く幅廣き鬼怒川の水は激怒憤越して巨人の叫ぶが如く、前岸に突出したる富士岩と名けられたる一大怪岩を掠めて左折し、更に數町の高さに及べる斷岸絶壁の下に咽び、又直流して岩石林立したる間を急駛す。
斷岸絶壁の上、紅葉は燃ゆるが如く、青松は染むるが如し。我は中流に架したる一危橋の疎欄に凭りて、暫くはわれの我たるをさへ忘れ果てぬ。あゝ誰か思はん、深山幽谷の中、かゝる絶奇の風景あらんとは! かゝる面白き山水のあらんとは! 日光深澤川原の如きは、到底これに匹敵する事能はず。
上栗山を過ぐれば、路は絶えずこの奇景に富める鬼怒川の流れに沿ふ。是より野門に至る間、里程大略二里、奇景百出、愈出でて愈々奇に、殆ど名状するに暇あらず。瀧は左の絶崖に懸りて、高さ大凡三十餘丈にも及ぶべく、岩茸石は右岸の水中に屹立して、恰も仁王の立てるに似たり。その他行く處至る處、水聲ならざるなく、奇岩ならざるなく、紅葉ならざるなく、佳木美箭ならざるなく、しかも絶ゆるが如き路は此間を屈曲して、幾度となく岩多く水清き溪流を横斷し、一つ嶮阪を越ゆれば一景顯れ、一つ巉岸を渡れば一景生じ、座ろに應接に遑なきを覺えしが、一里許にして、遂に勾配急に、阪路嶮なる惡曲峠にとかゝり始めぬ。
路は思ひしよりも嶮に、思ひしよりも危し。されど一曲毎に千尋の下なる亂水の飛躍するを望む景、又思ひしよりも佳絶なるは嬉し。一曲又一曲、今まで見えざりし水脈はる/″\と顯れ、一曲又一曲、絶壁の猛獸の如く突出したるさま分明に眼中に落ち、更に數曲を登果てゝ、嶮拔削るが如くなる阪路を下る。
下り果れば、鬼怒川の大溪を跨ぎて、驚くべき一大危橋を架す。
これを大川筑となす。
あゝ此間の景、我は最早状する事能はじ。われは未だ天下を周遊したりと言ふにはあらねど、平生の癖はわれを驅つて、近きは關東八州より、遠きは東北の千山萬水、且見且賞せずと言ふことなし。然れどもかくばかりの奇景を有せる山水郷は有りしか。かくばかり絶大なる山水を備へたる仙境はありしか。否假令かくの如くならざるも、少くともこの栗山の一景に敵し得べきものありしか。あらずあらずあらず、決してかゝる山水を有したる所はあらず。宜なり、照尊院の主僧をして、木曾を奇に失すとなし、熊野を峭に失すとなし、日光を麗に失すとなし、栗山の山水獨り天下に冠たるに足ると絶叫せしめたるや。
只恨む、我に仙筆なく、かゝる山水に逢ひながら、その趣の一端をだに、記して世に示すこと能はざるを。
割愛して去る事能はず、遂に日をその溪澗の間に暮して、その夜は野門村の小栗氏に宿す。小栗氏はこの山中の素封、わが爲にこの栗山の勝を説く事極めて詳なり。夜、山嵐肌に徹し衾を重ねても猶寒し。
翌朝、路は猶そのおもしろき溪流に沿へり。一阪を踰ゆれば、南より流るゝ川あり。大事川といふ。これをわたりて、山路羊腸たる間を行く。風景の絶佳なる事又昨の如し。氣息奄々として萱峠を越ゆ。
下に、瀬戸合權現の奇景を認む。
高百五十間、幅百十間餘なる舞臺石の一面は、奇々怪々の趣を呈し、踞然水に臨んで屹立す。この岩下に就きて見んには、その奇なるさま、人をして驚絶せしむるばかりなりと聞けど、路嶮に境遠く、容易に至り見ること能はざるを以て、止む。
川俣村より左折して、猶三里山奧なる温泉場に赴く。路は愈細く、境は愈寂し。途中の風景一として見るに堪へざるものなく、一として詩興を呼起すの料とならざるなし。愛宕山の姿は奇季削るが如く、熊野澤の水は清深染むるが如し。更に一路を深林の中に求め、緩々たる松子の坂を登果つれば、其處の谷間、かしこの谷間に、幾條の烟蛇の如く縷々として渦上するを見る。是里人の炭を燒く所、呼んで炭燒澤と稱するもの。此處を過ぎて、梵天岩の特立千尺なるを見、漸くして川俣の温泉に達するを得たり。
家に對して流れ行く鬼怒川の水は、已に細く/\なりて、激越跳踉の奇景を演ずる事能はずなりぬ。我の來れるや遠く、山に入れるや深きを知るべし。主人を呼びて、この水源なる絹沼迄の里程を問へば、猶是より六里強にして、日光澤より先は、路といふ路も無ければ、榛莽を分け荊棘を開かずんば則ち至る能はずといふ。