26話 死体紛失事件
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その翌日都下の大新聞の社会面に、左の様な激情的な記事が掲載せられた。
咄々「黄金仮面」の魔手!
遂に明智小五郎氏を襲う
アパートの窓に発砲……名探偵は絶命か
昨夜十時頃、開化アパートの書斎で読書中の民間探偵明智小五郎氏は、何者かの為に、屋外より窓ガラスを通して射撃され、絶命したる模様である。聞くところによれば、明智氏は警視庁と協力して、怪賊黄金仮面の逮捕に尽瘁していた関係上、賊の恨みを受け、恐ろしい脅迫状を送られたこともあるが、最近は賊の目に見えぬ攻撃が烈しくなったので、同氏は用心深く、アパートの一室にとじこもって、滅多に外出もしなかった程である。それらの事情を綜合すれば、昨夜の発砲は黄金仮面か或はその同類の仕業に相違ないとの見込みである。アパートの隣室に住居せる会社員O氏夫人A子さんは、ガラスの割れる物音に驚き、窓から覗いて見ると、明智氏の部屋がただならぬ様子なので、同氏のドアをノックしたが、何の返事もない。アパートの小使を呼んで尋ねると、明智氏は確かに部屋にいる筈だというので、不審を起し、合鍵を取寄せて、ドアを開いて見ると、窓際の机に俯伏せになって血に染っている明智氏を発見した。
奇怪! 奇怪! 探偵小説そのままの怪事件
名探偵の死体紛失
それを見たA子さんも小使も非常に驚き、いきなり廊下に走り出て呼び立てたが、あいにく二階に住居せる人々は、まだ一人も帰宅せず、両人は急を告げる為に階段を降りて、階下の事務所まで駈けつけなければならなかった。ほんの二三分、明智氏の死体は開け放った部屋の中に捨置かれたのだが、そのたった二三分の間に、驚くべき椿事が起った。アパートの事務員が駈けつけて見ると、いつの間にか、明智氏の死体が影も形もなくなっていたのだ。明智氏の借受けている二つの部屋は勿論、廊下から階段から、アパート内を隈なく捜索したが、どこにも姿は見えぬ。急報によって、警視庁H捜査課長、波越係長等出張取調べたが、弾丸が窓ガラスを破り、ブラインドを突き貫いている痕跡と、机上の血痕の外には、何の手係りもなく、弾丸をも発見する能わず、空しく引上げた。室内に弾丸の残っていない所を見ると、それは明智氏の体内に止まっていると解釈する外なく、随って、それ程の重傷者が、自から部屋を立去る気力ある筈なく、恐らく絶命したる明智氏の死体を、犯人一味のものが、ひそかに運び去ったものであろうと見られている。併し犯人は何故に被害者の死体を盗み出さなければならなかったか、その点は全く不明である。
煙を吐く自動車
一通行人の奇怪なる陳述
開化アパートの前は、電車通りとは云え、一方川に面した至って淋しい場所だが、午後十時頃には、まだ可成の通行者があった筈である。犯人は如何にして、通行者の目をくらまして、この兇行を演じ得たかが、非常な疑問とされているが、当時アパートの前を徒歩で通りかかったという同区S町○○番地大工職Dの申立てによると、丁度其瞬間にはチラホラ徒歩の通行人があったばかりで、電車も自動車も見えなかったが、そこへ水道橋の方角から、一台の円タクらしい自動車が、非常な速力で走って来て、見る見るアパートの向うの横丁へ曲って行った。その自動車が、アパートの正面にさしかかった時、突然パンクでもした様なひどい音がしたかと思うと、自動車の窓からパッと白い煙が吹き出すのが見えたというのである。この陳述を信ずべきものとすれば、賊は疾走中の自動車からアパートの窓に向って発砲したという、実に奇怪千万な想像説が成立つ訳である。
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右の本文の外に、明智の死体を発見した会社員夫人を初め二三の人の談話や、被害者の略歴、素人探偵としての手柄話まで掲載されていた。
名探偵明智小五郎が殺された。しかもその死体が黄金仮面一味の者によって、盗み去られてしまった。世論が沸騰しない筈はない。新時代の恐怖「黄金仮面」に配するに、一代の人気者明智探偵の死体紛失だ。かくも激情的な事件が又とあろうか。
素人探偵は果して絶命したのであろうか。若しや重態のまま、賊の巣窟にとじこめられ、死にまさる責苦を味っているのではあるまいか。そして、賊の方では、この名探偵を人質として、更に次の攻撃準備をととのえつつあるのではないだろうか。
よると触るとその噂で持ちきりだ。ある者は明智は已に絶命したと云い、あるものはまだ生きていると主張し、ここかしこで議論の花が咲いた。中にはこれを種に賭を始める者さえあった。