湯島詣

45話 白木の箱 四十五

1,100字 約2分 2018年11月4日 公開

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(ふう)ちゃん、ちょいと、富ちゃん、(わたい)の人形を知らなくッて、」

 あたふた狼狽(うろた)えたようなものの気勢(けはい)癇癪交(かんしゃくまじ)りに呼んだのは蝶吉である。

「一件だ、」と、これを聞いてかねて心得たもののごとく、源次は(かたわら)に目配せした。

「来ましたね。」と低声(こごえ)でいって、訳もなく天窓(あたま)を叩いて(すく)んだが、円輔は、えへん! 声繕(こわづくろい)をして二階に向い、

「お蝶さん、何ですか、人形。人形どころかい、そこどころじゃあない、大変なことがありますぜ、ちょいと大したこッた、(えら)いこッたよ。」

「何、」と切って棄てたような、つッけんどんなもの言いである。

「まあさ、ちょいとおいでなさいていこッた、こッたの(しょう)なら下まで来いだよ。」

「富ちゃん、富ちゃんてば。」

 蝶吉は取合ずに、雛妓(おしゃく)ばかり呼立てる。

「まあおいでなさいっていうのに、何ですぜ、ちょいと、大変なこった、お蝶さん、神月の旦那から、」

「ええ、」

「それ見ねえ、」と源次がちょいと突いて、にやりと笑うと、円輔は大乗地(おおのりじ)で、

「旦那から、もし小包郵便が来たんですぜ。」

「ええ。」

「神月さんからお届けものだ。」と源次も(そば)から口を添える。

「知りませんよ。」と邪険には言ったけれども、そのうち(おのずか)(やわらぎ)のある、音色(ねいろ)を下で聞澄(ききすま)して、

「御存じの(はず)ですが、神月さんといやあお前さん、」

()いよ。」

(よろ)しくばお()めになさいまし。」と大いに澄し、顔を見合せて(だんま)りとなった。

「富ちゃん、」

「そら、また富ちゃんだ。」といって円輔は、敷居の処まで来て立っている雛妓を見て(きっ)と目で知らせた。

(わたい)は知らないの。」

 しばらくして、声も優しく、

「いいえ、小包さあ、」

「本当だってば、何を疑るんだな。」と源次は大真面目でいる。

「嘘ばッかり、」といいながら、ちょいとためらった様子であったが、階子段(はしごだん)がトンと鳴った。

 下から仰山に遮って、

「ちょいとお待ちなさい、お蝶さん、請取(うけとり)がいりますぜ、いらっしゃるなら、どうぞ、御懐中物を御持参で、」

「宜しい、」と男らしく派手に(さわやか)にいった。これを機掛(きっかけ)に、蝶吉は人形と添寝をして少し取乱したまま、しどけなく、乱調子に三階から下りて来て、突然(いきなり)

「どこにさ、」と嬰児(あかんぼ)強請(ねだ)るようにいいながら、人前を澄した顔。

「気が(はや)いな、どうも、師匠出してやりたまえ。」

「まずお受取を頂戴いたしたいような訳で。」

「すッかり負けて来たんですからたんとはなくッてよ。」

「豪い!」といいさま、小紋縮緬(こもんちりめん)で裏が緞子(どんす)(おなじ)く薄ッぺらな羽織を(ひら)りと()ねて、お納戸地の帯にぐいとさした扇子を抜いて、とんと置くと、ずっと寄って、紙幣を請取り、

「何にいたしましょうな。」

 源次は取片附けて、

「まあ、師匠。」

「じゃあちょいと升どん。」

 勝手から、

御馳走様(ごちそうさま)ですね。」

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