45話 白木の箱 四十五
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「富ちゃん、ちょいと、富ちゃん、私の人形を知らなくッて、」
あたふた狼狽えたようなものの気勢、癇癪交りに呼んだのは蝶吉である。
「一件だ、」と、これを聞いてかねて心得たもののごとく、源次は傍に目配せした。
「来ましたね。」と低声でいって、訳もなく天窓を叩いて竦んだが、円輔は、えへん! 声繕をして二階に向い、
「お蝶さん、何ですか、人形。人形どころかい、そこどころじゃあない、大変なことがありますぜ、ちょいと大したこッた、豪いこッたよ。」
「何、」と切って棄てたような、つッけんどんなもの言いである。
「まあさ、ちょいとおいでなさいていこッた、こッたの性なら下まで来いだよ。」
「富ちゃん、富ちゃんてば。」
蝶吉は取合ずに、雛妓ばかり呼立てる。
「まあおいでなさいっていうのに、何ですぜ、ちょいと、大変なこった、お蝶さん、神月の旦那から、」
「ええ、」
「それ見ねえ、」と源次がちょいと突いて、にやりと笑うと、円輔は大乗地で、
「旦那から、もし小包郵便が来たんですぜ。」
「ええ。」
「神月さんからお届けものだ。」と源次も傍から口を添える。
「知りませんよ。」と邪険には言ったけれども、そのうち自ら和のある、音色を下で聞澄して、
「御存じの筈ですが、神月さんといやあお前さん、」
「可いよ。」
「宜しくばお止めになさいまし。」と大いに澄し、顔を見合せて黙りとなった。
「富ちゃん、」
「そら、また富ちゃんだ。」といって円輔は、敷居の処まで来て立っている雛妓を見て屹と目で知らせた。
「私は知らないの。」
しばらくして、声も優しく、
「いいえ、小包さあ、」
「本当だってば、何を疑るんだな。」と源次は大真面目でいる。
「嘘ばッかり、」といいながら、ちょいとためらった様子であったが、階子段がトンと鳴った。
下から仰山に遮って、
「ちょいとお待ちなさい、お蝶さん、請取がいりますぜ、いらっしゃるなら、どうぞ、御懐中物を御持参で、」
「宜しい、」と男らしく派手に爽にいった。これを機掛に、蝶吉は人形と添寝をして少し取乱したまま、しどけなく、乱調子に三階から下りて来て、突然、
「どこにさ、」と嬰児の強請るようにいいながら、人前を澄した顔。
「気が疾いな、どうも、師匠出してやりたまえ。」
「まずお受取を頂戴いたしたいような訳で。」
「すッかり負けて来たんですからたんとはなくッてよ。」
「豪い!」といいさま、小紋縮緬で裏が緞子、同く薄ッぺらな羽織を飜りと撥ねて、お納戸地の帯にぐいとさした扇子を抜いて、とんと置くと、ずっと寄って、紙幣を請取り、
「何にいたしましょうな。」
源次は取片附けて、
「まあ、師匠。」
「じゃあちょいと升どん。」
勝手から、
「御馳走様ですね。」