即興詩人

29話 即興詩人(29)

4,499字 約9分 2005年9月18日 公開

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 公子夫婦は我を()拿破里(ナポリ)に歸らんために、猶カプリに留まること二日なりき。二人の我を待つ言動は、始の程こそ屡我感情を(そこな)ふこともありつれ、遭難の後病弱の身となりては、親族にも稀なるべき人々の看護の難有(ありがた)さ身にしみて、羅馬へ伴ひ行かんと云はるゝが嬉しとおもはるゝやうになりぬ。そが上かの洞窟の内に遭遇せし怪異と、萬死を出でゝ一生を獲たる幸とは、いたくわが興奮したる腦髓を刺戟して、我をして無形の威力の人の運命を左右することの復た疑ふべからざるを思はしめぬれば、我は公子夫婦の羅馬へ往けと勸め給ふを聞きても、又直ちにその聲を以て運命の聲となさんとしたり。わが健康の漸く(もと)(かへ)らんとする頃、公子夫婦は又我床頭にありて、何くれとなく語り慰め給ひき。夫人。アントニオよ。おん身の往方(ゆくへ)まだ知れざりし程は、我等は屡おん身の爲めに泣きぬ。おん身の不思議に性命を全うせしは、聖母の御惠なりしならん。今はおん身情(こは)きも、よも再び拿破里に住みて、ベルナルドオと面をあはせんとは云はぬならん。公子。そは勿論なるべし。われ等は只だ羅馬に伴ひ歸りて、曾て(あやまち)ありしアントニオは地中海の底の藻屑となりぬ、今こゝに來たるはその昔幼く可哀(かは)ゆかりしアントニオなりと云はん。夫人。さるにても便(びん)なきはジエンナロなり。才も人に優れ(なさけ)も深かりしものを、いかなれば神は末猶遠き此人の命を助けんとはし給はざりけん。惜みても餘あることならずやなど宣給(のたま)へり。

 醫師(くすし)は屡病牀をおとづれて、數時間を我室に送れり。この人は拿破里に住みて、いまは用事ありて此カプリに來居(きゐ)たるなりといふ。第三日に至りて、醫師我を診して健康の全く(もと)(かへ)りたるを告げ、己れも我等の一行と共に歸途に就きぬ。醫師の我を健全なりといふは、形體上より言へるにて、若し精神上より言はゞ、われは自ら我心の健全ならざるを覺えき。わが少壯の心は、かの含羞草(ねむりぐさ)といふものゝ葉と同じく(しぼ)み卷きて、(さき)に一たび死の境界に臨みてよりこのかた、死の天使の接吻の痕は、猶明かに我額の上に存せり。公子夫婦の我と醫師とを引き連れて舟に上り給ふとき、我は澄み渡れる海水を見下(みおろ)して、忽ち前日の事を憶ひ起し、激しく心を動したり。今日影のうらゝかに此積水の緑を照すを見るにつけても、我は永く此底に眠るべき身の、(つゝが)なくて又此天日の光に浴するを思ひ、涙の頬に流るゝを禁ずること能はざりき。人々は皆優しく我を慰めたり。フランチエスカの君は我才を稱へ、我を呼びて詩人となし、醫師に我が拿破里の劇場に上りて、即興詩を歌ひしことを語り給ひしに、醫師驚きたる面持(おももち)して、さてはかの謳者(うたひて)は此人なりしか、公衆の稱歎は尋常(よのつね)ならざりき、重ねて(わざ)を演じ給はゞ、世に名高き人ともなり給はんものをなどいへり。風の餘り好かりければ、初めソレントオより(くが)に上るべかりし航路を改め、直ちに拿破里の入江を指して進むことゝなりぬ。

 われは拿破里の旅寓(はたご)に入りて、三通の書信に接したり。その一は友人フエデリゴが手書なり。フエデリゴはきのふイスキアの島に遊び、三日の後ならでは還らずとの事なりき。明日(あす)の午頃には人々こゝを立たんと宣給(のたま)へば、われはこの唯だ一人なる友にだに、暇乞(いとまごひ)することを得ざらんとす。その二はわが宿を出でし次の日に來しものなる由、房奴(カメリエリ)われに語りぬ。これを讀むに唯だ二三行の文あり。心誠なるものゝおん身の爲め好かれとおもへるありて、今宵おん身の來まさんことを願ふとのみ書きて、末に昔の友なる女と署し、會合の家を指し示せり。其三はこれと同じ手して書けるものなり。その文左の如くなりき。

よしなき御疑念など起し給はで、御出下されかしと、ひたすら御待申上候。御別申上候節は、實に思ひ掛けぬ事にて、胸騷ぎ魂消えて、申上ぐべき詞をもえ(わきま)へ侍らざりしかど、今は御許にても、あわたゞしかりし當時の事を思ひ棄て給ひつらんと存じ候。御許にて思ひ(たが)へ給ひしにはあらずやと思はるゝ節も候へども、そはすべて御目にかゝりたる上にて申解くべく候。只だ一刻も早く御目にかゝり度御待申上ぐるより外無御座(ほかござなく)候。かしこ。

末には又昔の友なる女と署したり。會合の家は知らぬ(ちまた)に在れど、サンタならではかゝる文書くべき婦人あるべうもあらず。われは今更彼婦人に逢ひて何とかすべきと思ひぬれば、御返事もやあると(うなが)しに來し男を呼び入れて、詞短かにいひぬ。われは(には)かに思ひ定むる事ありて、拿破里を去らんとす。今までの厚き御惠は誓ひて忘れ侍らじ。御目に掛かりて御暇乞すべきなれど、あわたゞしき折なれば、唯だこの由御使に申すなりといひぬ。フエデリゴには數行の書を作りて遺し置きつ。その概略(あらまし)は今物書くべき心地もせねば、(くはし)しき事の顛末をば、羅馬に到り着きて後にこそ告ぐべけれ、手を握らで別れ去ることの心苦しさを察せよといふ程の(こゝろ)なりき。

 暇乞にとては、何處へも往かざりき。街上にてベルナルドオの面を見んことの影護(うしろめた)く、又此地に來てより交を結びし人には、相見んことの願はしくもあらねば、われは旅寓の一室にたれこめて此日を暮さんとおもひ居たり。さるを公子の車を誂へ置きたれば、共に醫師の家訪はずやと宣給ふがことわりなれば、隨ひて行きぬ。小く心安げなる家にて、年()けたる姉の家政を(つかさど)れるあり。質直なる性質眉目の間に現はれて、むかしカムパニアの野邊にありける時、鞠育(きくいく)の恩を受けしドメニカに似たるところあり。されど此は教育ある人なれば、起居振舞のみやびやかなる、いろ/\なる藝能ある(など)、日を同じうして語るべくもあらざるなるべし。

 翌朝われは先づヱズヰオの山を仰ぎ見て別を告げたり。(いたゞき)は深く烟霧の(うち)に隱れて、われに送別の意を表せんともせざる如し。是日(このひ)海原はいと靜にして、又我をして洞窟と瞽女(ごぜ)との夢を想はしむ。嗚呼(あゝ)、此拿破里の市も、今よりは同じ夢中の物となり(をは)るならん。

 房奴(カメリエリ)はけふの拿破里日報(ヂアリオ、ヂ ナポリ)を持ち來りぬ。(ひら)きて見れば、(わが)假名(けみやう)あり。さきの日の初舞臺の批評なりき。いかなる事を書けるにかと、心(せは)しく讀みもて行くに、先づ空想の(ゆたか)にして、章句の美しかりしを(たゝ)へ、恐らくは是れパンジエツチイの流を()めるものにて、摸倣の稍甚しきを嫌ふと斷ぜり。パンジエツチイといふ人はわれ夢にだに見しことあらず。われは唯だ我天賦の情に(もと)づきて歌ひしなり。想ふに彼批評家といふものは、おのれ常に摸擬の筆を用ゐるより、人の藝術も亦(しか)ならんと思へるにやあらん。末の方には例に依りて、奬勵の語を添へたり。いはく。此人終に名を成すべき望なきにあらず、今の見る所を以てするも、猶非凡なる材能たることを失はざるべし、空想感情靈應の諸性具備したりと見ゆればなりとあり。此評は惡しき方にはあらねど、當日の公衆の喝采に比ぶるときは、その冷かなること(いちじる)しとおもはる。われは此新聞紙を疊みて行李の中に(をさ)めたり。そは他年わが拿破里の遭遇の悉く夢ならぬを證せん(しろ)にもとてなり。嗚呼、われ拿破里を見たり、拿破里の市を彷徨(はうくわう)せり。わが得しところそも幾何(いくばく)ぞ、わが失ひしところはたそも幾何ぞ。知らず、フルヰアの預言は既に實現し盡せりや否や。

 われ等は拿破里を出立(いでた)ちたり。葡萄栽ゑたる丘陵は見る/\烟雲の間に沒せり。一行は羅馬に向ひて行くこと四日なりき。わが行くところの道は、二月の前にフエデリゴ、サンタの二人と(とも)に行きし道なりき。モラの旅亭に來て見れば、柑子の林は今花の眞盛なり。われは再び(わが)祕言(ひめごと)をサンタに(ぬす)み聽かれし木蔭に立寄りたり。人の離合聚散の測り難きこと、また今更に驚かれぬ。イトリの狹隘を過ぐる時、われはフエデリゴが上を憶ひ起しつ。旅劵を(けみ)する國境には、けふも洞穴の中に山羊の群をなせるあり。されどフエデリゴが筆に上りし當時の牧童は見えざりき。

 一行はテルラチナに宿りぬ。夜明くれば天氣晴朗なりき。あはれ、美しき海原よ。汝は我を懷抱し我をゆり動かして、我にめでたき夢を見させ、我をかう/″\しきララに逢はせき。今はわれ汝に別れんとぞすなる。水の天に接する處には、猶エズヰオの山の雄々しき姿見えて、立昇る烟の色は淡き藍色を成し、そのさま清明にして(しか)も幽微に、譬へば霞を以て顏料となし、かゞやく空の(おも)に畫ける如し。われは大息(といき)して呼べり。さらば/\、いで我は羅馬に入らん。我墓穴は我を待つこと久し。

 われは曾て怪しき(おうな)フルヰアとさまよひありきし山を望みき。われはジエンツアノ市を過ぎて、我母の車に觸れてみまかり給ひし廣こうぢを見き。路の傍なる乞兒(かたゐ)は我衣服の卑しからぬを見て、われを殿樣(エツチエレンツア)と呼べり。むかし母に手を()かれて祭を見し貧家の子幸(さち)ありといはんか、今ボルゲエゼ家の賓客となりて歸れる紳士幸ありといはんか、そは(たやす)く答へ難き問なるべし。

 一行はアルバノの山を()えたり。カムパニアの曠野(ひろの)は我前に(よこたは)れり。道の傍なる、蔦蘿(つたかづら)深く(とざ)せるアスカニウスの(つか)は先づ我眼に映ぜり。古墓あり、水道の殘礎あり、而して聖彼得(サン、ピエトロ)寺の穹窿天に聳えたる羅馬の市は、既に目睫(もくせふ)の中に在り。(アスカニウスは昔アルバ、ロンガの基を立てし人なり。是れ拉甸(ラテン)人の始めて市を成せる處にして、後の羅馬市はこれより生ぜりといふ。)

 車の(サン)ジヨワンニイの門(ポルタ、サン、ジヨワンニイ)より入るとき、公子は我を顧みて、いかに樂しき景色にはあらずやと宣給へり。「ラテラノ」の寺、丈長き尖柱(オベリスコス)、「コリゼエオ」の大廈(たいか)(あと)、トラヤヌスの廣こうぢ、いづれか我舊夢を喚び返す(なかだち)ならざる。

 羅馬は拿破里の熱鬧(ねつたう)に似ず。コルソオの大路は長しと雖、繁華なるトレドの街と異なり。車の窓より道行く人を覗ふに、むかし見し人も少からず。老いたる教師ハツバス・ダアダアのボルゲエゼ家の車の(しるし)に心づきて、蹣跚(まんさん)たる歩を(とゞ)め我等を(ゐや)したるは、おもはずなる心地せらる。コンドツチイ街(ヰヤ、コンドツチイ)の角を過ぐれば、むかしながらのペツポが手に(あしだ)まがひの木片(きぎれ)を裝ひて、道の傍に坐せるを見る。

 フランチエスカの君の、やう/\我家に歸り着きぬと宣給ふに答へて、まことにさなりと云ひつゝも、我は心の内に名状し難き感情の迫り來るを覺えき。我は今曾て訣絶の書を賜ひし舊恩人を拜せざるべからず。その待遇は果していかなるべきか。我はこゝに至りて、復たこれを避けんと欲することなく、却りて二馬の足掻(あがき)(なほ)(はなは)だ遲きを恨みき。譬へば死の宣告を受けたるものゝ、早く苦痛の境を過ぎて彼岸に達せんことを願ふが如くなるべし。

 車はボルゲエゼの(たち)の前に()まりぬ。僮僕(しもべ)は我を(いざな)ひて館の最高層に登り、相接せる二小房を指して、我行李を(おろ)さしめき。

 少選(しばし)ありて食卓に呼ばれぬ。われは舊恩人たる老公の前に出でゝ、身を(かゞ)めて拜せしに、アントニオが席をば我とフランチエスカとの間に設けよと宣給ふ。是れ我が久し振にて耳にせし最初の一語なりき。

 會話の調子は輕快なりき。われは物語の昔日の(あやまち)に及ばんことを(おもんぱか)りしに、この御館(みたち)を遠ざかりたりしことをだに言ひ出づる人なく、老公は優しさ舊に倍して我を(もてな)し給ひぬ。されどわれは此一家の復た我に厚きを喜ぶと共に、人の我を恕するは我を輕んずる所以(ゆゑん)なるを思ふことを禁じ得ざりき。

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