20話 二つの繪 麻素子さん
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芥川は「或阿呆の一生」の中に、(四十七火あそび、四十八死、參照、)麻素子さんを書いてゐる。
「火あそび」の中に、
「死にたがつていらつしやるのですつてね。」
「ええ。――いえ、死にたがつてゐるよりも生きることに飽きてゐるのです。」
彼等はかういふ問答から一しよに死ぬことを約束した。
「プラトニック・スウイサイドですね。」
「ダブル・プラトニック・スウイサイド。」
「死」の中に、
彼は彼女とは死ななかつた。唯未だに彼女の體に指一つ觸つてゐないことは彼には何か滿足だつた。彼女は何ごともなかつたやうに時々彼と話したりした。のみならず彼に彼女の持つてゐた青酸加里を一罎渡し、「これさへあればお互に力強いでせう」とも言つたりした。
と述べてゐる。
麻素子さんと芥川夫人、僕と芥川といつた間柄が、芥川にとつて、ほんの僅かの間の氣休めにもなつてゐたことではあらうが、ホテルのこと以來、麻素子さんと白蓮(柳原)さんとの間柄から、自然白蓮さんといふ客が、お互ひの神經の中にはいつてきた。この客が加はつたことは、芥川の足掻きを結果としてはまた大きくしてしまつたのではないかと僕は思つてゐる。
「白蓮さんは東京驛から麻素子さんの電話で、何事が起つたのかと、家中の有金を全部持つて駈けつけてきたさうだ。」
「麻素子さんといつしよにしばらく暮すことが、自分の生活を生かすといふのならば、支那なら自分がいくらでも紹介して、隱家の世話をすると白蓮さんは言ふんだが、君はどう思ふね。」と芥川は言つてゐた。芥川は僕がホテルを出て、夫人もまた歸つたあとのことであらうが、麻素子さんと白蓮さんとにどこかで會つてゐてさういふことを言つてゐた。
「芥川龍之介はお坊ちやんだ。」
白蓮さんがさう言つたといふ。僕は芥川と麻素子さんとから聞いてゐる。
芥川の讀者は、芥川が麻素子さんに、と書いてゐた數篇の詩を讀んでゐるはずであるが、芥川は僕に、
「自分が麻素子さんと死なうとしたのは麻素子さんにお乳がないので、(乳房が小さいといふ意、)さういふ婦人となら、いくら世間の者でも麻素子さんと自分とは關係があつたと言はぬであらうし、また自分も全然肉體關係がなしに、芥川龍之介はさういふ婦人と死んでゐたといふことを人に見せてやりたかつたのだ。よしんば世間の人が疑つたところで、自分はさういふ婦人と何ら關係もなしに死んでゆくのは愉快だ。」
と言つてゐた。麻素子さんにお乳がないといふことは、芥川夫人が女學校時代の體格檢査のときに、麻素子さんの胸をみてゐてて芥川に話してゐたことであり、芥川はそのことを僕に話してゐた。僕は女房に、ふだんは乳房がなくて、赤坊ができると充分に乳房が張り、赤坊が乳を離れるとまた乳房がひつこんでしまふといふ、特異質であらうかと思へるその知人の話を最近に聞いたが、この芥川の言ひひらきは? この芥川文學? は到底人を納得させるものではない。かういつたところに芥川のものが敗北の文學といはれる點があればあるのであらう。もつとも、芥川が麻素子さんといつしよに警察の醫者の手で解剖されることも覺悟して言つてゐたといふのならば話はまた別である。
芥川は前に麻素子さんを貰へと言つてゐたことがあつたが、ホテル以來、僕に遊びをすすめる傾向があつたのはみのがせない。面白いと思つてゐる。
何年か前の(終戰後)「主婦之友」に麻素子さんと芥川のことが載つてゐて、めづらしくすなほな記事であつたのには感心した。それが麻素子さんの人柄からきたことかどうかと考へてゐるが、多分さうなのであらうと思つてゐる。麻素子さんは療養所にはいつてゐると書いてあつた。薄命の人ではあらうが、麻素子さんのタイプは片山さん(松村みね子)に似てゐるのではなからうか。
芥川の弟の新原得二は、遺書で義絶を計つた芥川を金輪際認めずに、麻素子さんを兄の敵、僕と谷口喜作(故人)などをおのれの敵としてみてゐたやうである。
僕はホテル以來麻素子さんを黄泉の女王と言つてゐた。芥川と僕との間では平松さんとか麻素子さんとか言ふよりは、黄泉の女王といつたはうが言ひやすかつた。別に白蓮さんの筑紫の女王に對してあはせ奉つた次第ではない。
白蓮さんの旦那さんの父親は支那浪人として名のあつた宮崎蹈天。