わが日本には火山は珍しくないから、他國に於ても一兩日の行程内に火山のない所はあるまいなどと思はれるかも知れないが、實際はさういふ風になつてゐない。例へば現在活動中の火山は南北アメリカ洲では西の方の太平洋沿岸だけに一列に竝んでをり、中部アメリカ地方では二條になつて右の南北線につながつてゐる。大體太平洋沿岸地方は火山の列を以て連絡を取つてゐるので、わが國の火山列も、千島、アレウト群島を經てアメリカの火山列につながつてゐるのである。その他歐洲にはイタリーに四箇、ギリシヤに一箇有名な活火山があり、その外にはイスランドに數箇あるきりで、北米の東部、或は歐洲の北部にゐる人には、火山現象を目撃することが容易でない。太平洋の中央部、特にハワイ島にはキラウエアといふ有名な活火山があるが、活火山に最も豐富な場所はジャワ島である。こゝには活火山だけの數が四十箇も數へられるといはれてゐる。わが國も活火山には可なり富んでゐるけれども、ジャワには及ぶべくもない。
試みに世界に於て名ある活火山を擧げてみるならば、南米エクワドル國に於るコトパクシ(高さ五千九百四十三米)は、圓錐形の偉大な山であるが、噴火の勢力も亦偉大で、鎔岩の破片を六里の遠距離に噴き飛ばしたといふ、この點に就ての記録保持者である。又その噴火の頻々な點に於ても有名である。
西インドの小アンチル群島中にあるマルチニック島の火山プレー(高さ千三百五十米)は、その西暦千九百二年五月八日の噴火に於て、赤熱した噴出物を以て山麓にある小都會サンピール市を襲ひ、二萬六千の人口中、地下室に監禁されてゐた一名の囚徒を除く外、擧つて死滅したことに於て有名である。ヴェスヴィオ噴火によるポムペイ全滅の慘事に勝るとも劣ることなきほどの出來事であつた。この時噴火口内に出現した高さ二百米の鎔岩塔も珍しいものであつたが、それは噴火の末期に於て次第に崩壞消失してしまつた。
ハワイのキラウエア火山(高さ千二百三十五米)は、ハワイ島の主峯マウナ・ロア火山の側面に寄生してゐるものであるが、通常の場合、その噴火口に鎔岩を充たし、しかもこの鎔岩が流動して種々の奇觀を呈するので、觀光客を絶えずひきつけてゐる。火山毛はその産物として最も有名である。山上に有名な火山觀測所がある。又觀光客のために開いた旅館もあり、ハワイ島の船着場ヒロからこゝまで四里の間、自動車にて面白い旅行も出來る。
キラウヱア火山
マウナ・ロアは四千百九十四米の高さを有つてをり、わが國の富士山よりも四百米以上高いから、讀者はその山容として富士形の圓錐形を想像せられるであらうが、實は左にあらず、寧ろ正月の御備餅に近い形をしてゐる。或は饅頭形とでも名づくべきであらうか。山側の傾斜は僅に六度乃至八度に過ぎない。これはその山體を作つてゐる岩石(玄武岩)の性質に因るものであつて、その鎔けてゐる際は比較的に流動し易いからである。昭和二年、大噴火をなしたときも噴火口から流れ出る鎔岩が、恰も溪水の流れのように一瀉千里の勢を以て駈け下つたのである。尤も山麓に近づくに從ひ、温度も下り遂には暗黒な固體となつて速さも鈍つたけれども。
火山毛(キラウヱア火山)
スマトラとジャワとの間、スンダ海峽にクラカトアといふ直徑二里程の小島があつた。これが西暦千八百八十三年に大爆裂をなして、島の大半を噴き飛ばし、跡には高さ僅に八百十六米の小火山島を殘したのみである。この時に起つた大氣の波動は世界を三週半する迄追跡し得られ、海水の動搖は津浪として全地球上殆んど到る處で觀測せられた。また大氣中に混入した灰塵は太陽を赤色に見せること數週間に及んだ。實に著者の如きも日本に於てこの現象を目撃した一人である。
マウナ・ロア(ハワイ島)
ジャワ島のパパンダヤング火山は西暦千七百七十二年の噴火に於て、僅に一夜の間に二千七百米の高さから千五百米に減じ、噴き飛ばしたものによつて四十箇村を埋沒したといふ。恐らくはこれが有史以來の最も激烈な噴火であつたらう。
イタリーで最も著名な火山はヴェスヴィオ(高さ千二百二十三米)であるが、これが世界的にもまた著名であるのは、西暦紀元七十九年の大噴火に於て、ポムペイ市を降灰にて埋沒したこと、有名な大都市ナポリに接近してゐるため見學に便利なこと、凡そ三十年位にて活動の一循環をなし、噴火現象多種多樣にて研究材料豐富なること、登山鐵道、火山觀測所、旅館の設備完全せる等に因るものである。著者が七年前に見たときは、つぎの大噴火は、或は十年以内ならんかとの意見が多かつたが、この年の九月三十日に見たときは、大噴火の時機切迫してゐるように思はれた。或は數年内に大爆發をなすことがないとも限らぬ。
イタリーの地形は長靴のようだとよくいはれてゐることであるが、その爪先に石ころのようにシシリー島が横たはつてをり、爪先から砂を蹴飛ばしたようにリパリ火山群島がある。其中活火山はストロムボリ(高さ九百二十六米)とヴルカーノ(高さ四百九十九米)との二箇であるが、前者は有史以來未だ一日も活動を休止したことがないといふので有名であり、後者は前にも記した通り、火山なる外國語の起原となつたくらゐである。この外イタリーにはシシリー島にエトナ火山(高さ三千二百七十四米)があり、以上イタリーの四火山、いづれもわが日本郵船會社の航路に當つてゐるので、甲板上から望見するには頗る好都合である。もし往航ならば先づ左舷の彼方にエトナが高く屹立してゐるのを見るべく、六七合目以上は無疵の圓錐形をしてゐるので富士を思ひ出すくらゐであるが、それ以下には二百以上の寄生火山が簇立してゐるので鋸齒状の輪廊が見られる。この山は平均十年毎に一回ぐらゐ爆發し、山側に生ずる裂け目の彼方此方を中心として鎔岩を流し、或は噴出物によつて小圓錐形の寄生火山を形作るなどする、つぎに郵船がメシナ海峽を通過すると、遙か左舷に鋸山式のヴルカーノが見える。更に進むと航海者には地中海の燈臺と呼ばれ、漁獵者には島の晴雨計と名づけられてゐるストロムボリが見える。この火山島は直徑僅に三粁の小圓錐であつて、その北側に人口二千五百の町があり、北西八合目に噴火口がある。火孔は三箇竝立して鎔岩を湛へ、數分間おきに之を噴き飛ばしてゐる。もしそこを通過するのが夜であるならば、吹き飛ばされた赤熱鎔岩が斜面を流れ下つて、或は途中で止まり、或は海中まで進入するのが見られるが、日中ならば斜面を流下する鎔岩が水蒸氣の尾を曳くので、これによつてそれと氣づかれるのみである。この火山の噴出時に於ける閃光は遠く百海里を照らすので、そこでストロムボリが地中海の燈臺と呼ばれる所以である。かくてこれ等の展望をほしいまゝにしたわが郵船はナポリ港に到着し、ヴェスヴィオを十分に見學し得る機會も捉へられるのである。先づ頂上から絶えず噴き出す蒸氣や火山灰によつて直ぐにそれがヴェスヴィオなることが氣づかれるが、それと同時に今一つ左方に竝立して見える尖つた山を見落してはならぬ。山名はソムマといはれてゐるが、これがソムマ即ち外輪山といふ外國語の起りである。地圖で見るソムマはヴェスヴィオを半ば抱擁した形をしてゐる。即ち不完全な外輪山であつて、もしそれが完全ならば中央にある圓錐状の火山を全部抱擁する形になるのである。ヴェスヴィオは西暦七十九年の大噴火前までは、このソムマの外側を引き伸したほどの一箇の偉大な圓錐状の火山であつたのが、あのをりの大噴火のために東南側の大半を吹き飛ばし、その中央に現在のヴェスヴィオを中央火口丘として殘したものと想像されてゐる。ポムペイの遺跡は山の中央から南東九粁の遠距離にあるが、これはその時降りつづいた降灰によつて全部埋沒せられ、その後幾百年の間その所在地が見失はれてゐたが、西暦千七百四十八年一農夫の偶然な發見により遂に今日のように殆んど全部發掘されることになつたのである。ポムペイの滅びた原因が降灰にあることは、空中から見た寫眞でもわかる通り、各家屋の屋根は全部拔けてゐて、四壁が完備してゐることによつてもわかるが、西暦千九百六年の大噴火のとき、僅に三十分間同方向に降り續いた火山灰が、山の北東にあるオッタヤーノの町に九十糎も積り、多くの屋根を打ち拔いて二百二十人の死人を生じたことによつても、うなづかれるであらう。かういふ風の家屋被害と、放射された噴出物によつて破壞せられたサンピール市街の零落とは著しい對象である。もし昨日まで繁昌したサンピールの舊市街零落した跡を噴出物流動の方向から眺むれば、殘つた壁が枯木林のように見え、それに直角の方向から見ると壁の正面整列が見られたといふ。
ヴェスヴィオ火山の遠景
ヴェスヴィオ火山平面圖
ポムペイ鳥瞰圖
ヴェスヴィオに登山した人は、通常火口内には暗黒に見える鎔岩の平地を見出すであらう。これは絶えず蒸氣、火山灰、鎔岩等を噴き出す中央の小丘から溢れ出たものであつて、かゝる平地を火口原と名づけ、外輪山に對する中央の火山を中央火口丘と名づける。わが富士山の如く外輪山を持たない火山は單式であるが、ヴェスヴィオの如く外輪山を有するものは複式である。
われ/\はこれまで海外の著名な火山を一巡して來た。これから國内にて有名な活火山を一巡して見たい。
有史以前には噴火した證跡を有しながら、有史以來一回も噴火したことのない火山の數はなか/\多い。箱根山の如きがその一例である。われ/\はこの種の火山を死火山或は舊火山と名づけて、有史以來噴火した歴史を有つてゐる活火山と區別してゐる。但しわれ/\の歴史は火山の壽命に比較すれば極めて短い時間であるから、現在死火山と思はれてゐるものも、數百年或は數千年の休息状態をつゞけた後、突然活動を開始するものがないとも限らぬ。これは文化が開けてから餘り多くの年數を經ない場所、例へば北海道などの死火山にはあり得べきことである。
日本火山分布