透明人間

19話 怒る透明人間 空中を飛ぶ金貨

3,101字 約6分 2010年8月22日 公開

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 このことがあって二日ほどたったとき、またまた船員(せんいん)は、世にもふしぎなできごとにであった。

 船員は、じぶんの部屋(じぶん)でゆっくりとコーヒーをすすっていた。

 たっぷり砂糖(さとう)をほうりこんだ、()いコーヒーをうまそうに飲みながら、かたわらの新聞をながめていると、

「おおい、あにき、あにきいるかい」

と、われるように戸をたたく者がいる。

「だれだい? しずかにしろ、戸がこわれるじゃないか。戸をたたくのをやめて入ってこい」

 ころがりこんできたのは、かれのなかまのわかい(ふな)のりだった。

「なんだい、ひどくあわてて……どんな大事件(だいじけん)が起こったっていうのかい? えっ、おまえ、透明人間(とうめいにんげん)にでもぶつかったというのかね?」

 船員はなかまの顔を、にやにや笑って見ながら声をかけた。

「いいや、透明人間じゃない。だが、おなじようにへんなふしぎなことなんだ」

「ふしぎなこと? まあいいから落ちつきなよ。コーヒーをごちそうするから、ゆっくり話したらどうだい」

 やがて、(あつ)いコーヒーがはこぼれ、わかい(ふな)のりはひと(いき)つくと、まだこうふんのさめないようすで話しだした。

「おどろいたの、なんのって、きょうのようにおどろいたことは、いままで一度だってありはしねえよ、あにきだってその場にいあわせたら、きっと目の玉がひっくりかえるほどおどろくにちがいないよ」

「おれがおどろくか、おどろかないか、そんなことはいいけど、その話というのはどんなことなんだい? おまえはかんじんのことはちっとも話してねえぜ」

「うん、それだよ。おれが朝はやくセント・マイクル小路(こうじ)を歩いていたんだ。まだ時間が早かったので、(まち)はしいんとしていて、通っている人は、おれのずっと先を歩いている年よりきりで、ほかに人かげは前にも(あと)にも見えなかった。おれはこんど乗っていく船や、ゆく先の(みなと)のことを(かんが)えて歩いていた。その時、どういうきっかけだったかわからないが、ひょいとよこの(かべ)に目をやった」

「うん、それで……」

「そのとたんに、おどろいたねえ。ひとにぎりの金貨(きんか)が、(かべ)にそって空中(くうちゅう)をふわふわととんでいるんだ。それを見たときのびっくりしたこと……おれは思わずなんども目をこすったよ。が、なん度見なおしても、ほんものの金貨だ。かなりの早さで()んでいくんだ。じっと見つめているうちに、すこしおどろきがおさまると、(よく)がむらむらっと起こったんだ」

「その金貨(きんか)を、じぶんのものにしようとしたのかい?」

 (ふな)のりはいつのまにか、わかいなかまのふしぎな話にひきずりこまれて、熱心(ねっしん)にきいていた。

「おはずかしいが、そうなんだ。あたりに人はいない、金貨(きんか)持主(もちぬし)がいるようではなし、ちょうど手のとどくところをとんでいるんだ。おれは、一枚や二枚ちょうだいしたって、たいして悪くはあるまいと考えたので、ひょいと手をのばして、その金貨(きんか)をつかもうとした」

「うまくつかめたのか?」

「いいや、手をのばしたとたん、いきなり強い力でなぐり(たお)されて、その場にばったりとたおれてしまった。ひどく(こし)をうってのびてしまったが、かろうじて(いた)みをこらえて立ちあがったときには、金貨(きんか)はちょうちょうが()うように、ふわふわとマイクル小路(こうじ)のかどを消えていったんだ」

「おまえ、(ゆめ)でも見ていたのじゃないか? ゆうべ、ぐっすり(ねむ)ったのかい?」

 (ふな)のりが(うた)ぐりぶかい調子(ちょうし)でいうと、わかいなかまは、不平(ふへい)そうにほおをふくらし、

「いやになるなあ、あにきまでがそんなことを言うのですかい? おれの(こし)は、その時すごい力でなぐり(たお)されて、いやっというほど地面にうちつけたので、いまでもずきんずきん(いた)んでますよ。おれだってさっきまで、金貨(きんか)空中(くうちゅう)をふわふわ()ぶなんてことがあるとは思ってませんでしたよ。だけど、はっきりじぶんの目でみたんです。これよりたしかなことはありませんよ。おれは金貨(きんか)がマイクル小路(こうじ)のかどに()えてゆくまで、じっと見ていて、その足であにきのところへかけつけてきたんだよ」

「そうか、では、まんざらうそでもなさそうだし、おまえが()ぼけていたわけでもないんだね。とすると、ずいぶんふしぎな気味(きみ)のわるい話じゃないか」

「そうなんだよ。おれも金貨(きんか)が見えてる間は無我(むが)むちゅうだったが、金貨が消えてしまったとたん、ぞっとしたね。がたがたとふるえてきて、どうしてもとまらねえんだ。このごろは(へん)なことばかり(つづ)くじゃないか。透明人間(とうめいにんげん)だなんて(おそ)ろしいやつのことを、新聞がでかでか書きたてたと思うと、金貨が空中(くうちゅう)をとびまわる。おれはなんとなくおそろしくてしかたがないよ」

 (ふな)のりは、その時、なぜともなく宿屋(やどや)の前で会ったシルクハットをかぶったみょうな男のことと、そのとき空中(くうちゅう)からきこえた声のことをふっと思いだした。

(おれも頭がどうかしているのかな。あのときふいに空中(くうちゅう)から声がきこえてきたような気がしたが……そら耳だと思っていたが、もしかすると、ほんとに空中からきこえたのかもしれないぞ。金貨が空中を()ぶなら、空中から声がきこえてもふしぎではないかもしれん)

 ひとりで考えこんでしまった。わかいなかまもだまりこんで、やけにたばこばかりすっていた。

 金貨(きんか)空中(くうちゅう)()ぶということは、事実(じじつ)だったらしい。

 その証拠(しょうこ)にポート・ストウ村では、一日じゅう、ほうぼうの物かげやへいのそばを、金貨(きんか)がふわふわと飛んでいた。

 そのようすを見たという人はいく人もあった。

「ええ、そうですよ。人もいなければ動物もいません。ただ金貨(きんか)だけがふわふわとかなりの(はや)さで()んでるんですよ。わたしが近づいたとたんに、どこへともなく消えてしまったんです」

 かれらは口をそろえて言った。

「そしておどろくじゃありませんか。その金貨(きんか)は、どうも、ほうぼうの金庫やぜに(ばこ)からとびだしてきたものらしいんですよ。村の銀行(ぎんこう)金庫(きんこ)からも、ちょうど片手(かたて)でつかめるほどの金貨(きんか)と、紙できちんと()いた貨幣(かへい)とが、ふいに空中(くうちゅう)()いあがり、おどろく行員(こういん)をしり()に、ふわふわと()んで銀行(ぎんこう)をでてゆき、表通(おもてどお)りにとびだすと、そのまま見えなくなってしまったそうだ」

 ふしぎなことのあったのは、銀行(ぎんこう)だけではなかった。

 食料品(しょくりょうひん)をうっているこじんまりした店では、(きゃく)につり(せん)をわたすために主人(しゅじん)銭箱(ぜにばこ)のふたをあけた。そのとたん、主人(しゅじん)はすぐ身近(みぢか)に人のけはいがせまるような感じをうけた。

「おやっ?」

 主人(しゅじん)は、あたりを見まわしたが、もちろん、店さきでまだ(たまご)熱心(ねっしん)に見くらべている客よりほかに、だれもいなかった。

 主人(しゅじん)銭箱(ぜにばこ)からつり(せん)をつまみだそうとすると、さっと銭箱の中のひとつかみの金貨が空中へ()いあがった。

「きゃっ!」

 主人(しゅじん)悲鳴(ひめい)をあげて、()いあがった金貨のゆくえを見まもるばかりだった。主人の悲鳴におどろいた客も、空中(くうちゅう)をとびながら店をでて大通りへ金貨が逃げていくのを見ると、すっかりたまげて、つり銭もうけとらず、いちもくさんにわが家へ逃げていった。

 ポート・ストウ村は、ひっくりかえるようなさわぎになってしまった。

 ほうぼうの店や宿屋(やどや)から、手につかめるほどずつの金貨(きんか)空中(くうちゅう)をとんで()えていった。

 あちらの通りや、こちらの(まち)かどで、人びとは金貨(きんか)()んでいるのを見かけたが、人が近づくとふしぎなことに、金貨はさっと身をひるがえすようにかき消えてしまった。

 こうして、ほうぼうの金庫(きんこ)銭箱(ぜひばこ)から()いあがってきた金貨のゆくえを知ったら、村の人たちは、いまよりもっとおどろいたにちがいない。

 金貨(きんか)は人目をさけて、(まち)の通りを飛びつづけて村はずれまでやってくると、そこの小さな宿屋(やどや)のまえで、おどおどとあたりを見まわして心配(しんぱい)そうに立っている、(ふる)びたシルクハットをかぶった男のポケットに、吸いこまれるようにはいっていった。

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