5話 五
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自然の復讐の最も劇しく最も惨酷なのは、人間の社会生活の不条理なる点に起因するものである。之は人類の征服に対しての直接の復讐と云ふよりも、寧ろ人間の社会制度の欠点に附け込んで自然が行ふ間接の復讐とも云ふべきもので、社会の制度が今日の儘に続く限りは、到底防ぐことは出来ぬ。自然には他の欠点に附け込むなどと云ふ人間らしい性質は無論ある訳はない。落花心ありと云ふのは見る人の心で、流水情ありと云ふのも眺める人の情である。花自身、水自身には素より心も無く情も無い。たゞ自然は公平無私である代りに冷淡無情である。それ故、何事にでも、若し不条理な点が有つたならば、何時でも何所でも厳重に攻め罰して少しも容赦はせぬ。されば人間の社会制度に無理な点があり、不条理な仕組がある場合には、自然より罰せられることを到底免れぬ。今日の社会の制度には種々伝来的の不条理な仕組があつて、それが各方面に禍の種を蒔いて居ることは、前に「所謂文明の弊の源」及び「人類の将来」と題する二篇に述べて置いた故、此所に再び繰り返すことは見合せるが、其の結果として自然より受ける復讐は何れの方面を見ても頗る著しいものがある。之も詳しく論ずることは見合せて、たゞ一二の例を次に述べるだけに止める。
富者は益々富み、貧者は益々貧しくなる傾のある今日の世の中では学者が折角、汗水流して研究し発明した事も、たゞ富者のみが之を利用して、貧者は却つて、其の為に更に困難に陥るに至り易い。蒸汽機関でも水力電気でも、人間の為し得た自然の征服としては最も立派なものであるが、後から見れば恰も貧富の懸隔を甚だしくするために特に造られたかの観がある。ヨーロッパ諸国で甚だしい貧民の生じたのは蒸汽機関が製造工業に応用せられて以来である故、この結果から見ると、蒸汽機関は一に貧民製造機関と名づけることが出来る。水を沸かして蒸汽とし、其の力で車を廻すと云ふことだけを見ると、如何に考へても自然から復讐せらるべき因縁は無い様であるが、之が人間社会に応用せられると、忽ち多数の貧困者が出来て、生活の困難が始まると云ふのは、畢竟、社会の制度の中に何等か不条理な点が存する故であらう。究理の学問が進み、自然の征服が行はれる毎に、富者の財産の額と、貧者の人員の数とが殖え来つたことを思ふと、今後急速度を以て文明が進めば、それに随ふて世の中も益々六かしく成り、人間が新に自然を征服する度毎に、恰も自然が其の復讐として執念深く人間社会を苦めるかの如き体裁を現すであらう。
富者が益々富み、貧者が益々貧しく成れば、富者は富貴のために自然的の生活に倦いて不自然なことを試み、貧者は生活に困難のために止むを得ず不自然なことを行ひ、何れも不自然なる生活を営むであらうが、之に対して、また自然は必ず復讐をする。十八歳の娘が七十歳の老人の妻となることもあれば、五十歳まで独身で暮さねばならぬ男もあらうが、斯様なことは身体の上にも必ず宜しくない影響を及ぼして、次代の人間の健康は、其の為に幾分か損はれずには止まぬ。年々花柳病患者の殖えることも、其の遠い原因を探れば社会制度に欠点のあることに構はずに、智恵に委せて自然を征服したからである。肺病患者が盛に殖えて何所の国でも白十字社の設立を急ぐのも、精神病者が年々多くなつて、瘋癲病院の増設が必要となるのも、殺人強盗詐欺窃盗の類が益々増加して監獄が悉く満員となるのも、其の遠い原因は矢張り前のと全く同じく、社会制度の欠陥が自然の征服によつて急激に曝露した為である。斯様に今日の世の中にある疾病も罪悪も、其の主なる原因を糺せば、皆人間自身の側に欠点が存する故であつて、毫も自然を恨むべき筋はないが、譬へ社会の制度に如何なる欠点が有つたとしても若し人間が盛に自然を征服することさへ為なかつたならば、僅か一世紀ばかりの中に、今日の如き有様には陥らなかつたに違ひない。之を思へば、今日の世の中が斯く六かしく成つて、多くの困難な社会問題の起つたのは、皆人間が身分をも顧ず無謀に自然を征服して、勝ち誇り来つたために、彼より劇しい復讐を蒙つて居るのであると云ふことも出来やう。尚この種類のことは、政治上にも、経済上にも、道徳上にも、教育上にも実に無数にある様に思はれるが、此所には詳しく述べることを略する。