13話 四つの都 一三 庄造の書斎。
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永年高等学校の教授をし、現在もしているひとの書斎だという事が、一眼に分る。ギッシリ詰った書棚、机の上には今にも落ちそうな位大小無数の書物が積み重ねてある。机の上だけではない。部屋中至る処に、然もかなり乱雑に積まれている。
仏像の胸像が机の上に、二つも三つも載せてあるのが印象的である。
庄造と庄平が椅子に掛けている。
庄造「つまり何かやりたいんだろう。それなら、いつでも財産は譲る事にしよう」
庄平「恐縮です」
庄造「その代り、というより寧ろ、同時にだな、お前はもう一つ貰うべきものがある」
庄平「僕はこれで充分です……」
庄造「まだ何を貰うとも、わたしは言っておらんよ」
庄平「じゃ、何を下さるんですか」
庄造「細君だ」
庄平「誰のですか?」
庄造「誰のですかってきく奴があるか、お前のだよ、そゝっかしい癖は相変らずだな」
庄平、煙草の箱の横へマッチの軸をすりつけて、火をつけようと、頻りに無駄な努力をする。
庄造、苦笑してマッチの箱を渡してやる。
庄造「貰えというのは、わたしの友人で神戸の造船所の技師長をしている男の娘さんだが、まあ、当代稀にみるいゝ娘さんだよ」
この時、
「写真がありましたよ、持って来ましょうか」
という声がする。
母親のお寿である。お茶をもってはいって来たのである。
庄造「写真では判らん、実物主義だ、実物を見なくちゃ分らん、いゝ処は」
庄平、なんとなく壁の仏像の写真と、机の上のその実物を見較べている。
お寿「でも、庄平が写真を見たいでしょうから」(去る)
庄平(慌てゝ)「いゝえ、僕にはそういう趣味はありません、どうぞお構いなく」
庄造「実物主義となると、つまり見合いだな、どうもこの見合いなどという言葉は、大の男がみだりに口にすべき言葉じゃないが、他に適当な言葉はないから見合いという事にして、さてこいつを早いとこ実行したいんだが……庄平、お前いつがよい、早い方がよいんだ」
庄平「僕は一生に一度しか見合いはしないと決心しているんです、僕の友人で六十回も見合いをして細君を物色した奴がいますが、こいつはそんな風にして物色した細君の実家から出して貰った金で洋行して、今じゃ院長で納っているんです、内地に居る時は何とも思わなかったんですが、戦地でその事を想い出したら、ムカ/\っとして来ましてね、兎に角こんなのは浅ましいですからね」
庄造「それでお前は一度だけなんだね」
庄平「そうです、つまり、見合いした以上、必ず貰う……」
庄造「その主義は、手間がはぶけてよい、賛成だ」
庄平「その代り、うっかり見合いしません」
庄造「何もうっかりしろとは言っとらんよ」
庄平「然しですね、あとで断るんなら、いくらでも見合いしますよ、断らない主義だとすると、やはり幾らか考えないと……」(煙草をもみ消す)
庄造「なんだか以前のお前みたいな物の言い方だね、短刀直入に返辞できんかね、軍人だろう、お前は」
庄平(いきなり)「はッ、一週間のちに見合いします」
庄造「うん、つまり来週の日曜日にやるんだね、日曜なら双方ともに都合がよい……処で、蛇足のようだが、一週間のちとは何か根拠があるのかね」
庄平「土曜日に是非会わなきゃならん人があるんです、見合いするとなると、それ迄に一度会っときたい人なんです」
庄平、煙草をくわえる。
庄造「成程、そういう事もあろう」
火をつけてやる。
庄平、煙草を吸う。
その煙がはれると、机の上の仏像がはっきりとうかぶ。
庄平(声だけ)「明日は京都へ行って、大橋先生に相談して来ようと思うんです、今度の仕事の事で」