四つの都

32話 四つの都 三二 小使室。

784字 約2分 2013年7月30日 公開

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窓から、蜂谷十吉がぬっと顔を出して、清子を招く。十吉何故か髭を落している。

清子、渋々小使室の中にはいる。

十吉、いそ/\としてポケットから新聞を取出す。

十吉「尾形さん、あんたは南方へ日本語を教えに行くんですか?」

清子「えッ?」

狼狽する。

十吉「その銓衡試験を受けたんでしょう?」

清子、益々狼狽する。

十吉、清子に新聞を渡す。

十吉「合格者の名前が出ていますよ」

清子、新聞を見る。

十吉「あなたの名前、出ているでしょう?」

清子「えゝ」

少し興奮している。

十吉「あんたに早く見せてあげようと思って、夕刊の第一版をゲラ刷の儘持って来たんだ、僕はこの間からあんたが試験をうけたんじゃないかという気がしてたもんだから、一ぺんそれをきこう、きこうと思ってたんだが(清子、黙って新聞を折る)……どうして僕に相談してくれなかったんです? あんたは一人ぽっちじゃないか」

清子「いち/\あなたに相談しなきゃ、いけませんの?」

十吉(狼狽して)「いや、そ、そんな義務はあんたにはない、僕にもまた悲しいかな、相談しろという権利もない、然し僕もかつては報道班員として南方に居った人間だ、あんたが南方へ日本語を教えに行こうというのなら、僕も及ばずながら……もっとも僕はたよりない影の薄い男らしいが」

清子「いゝえ、私はたれの力も借りたくなかったの。私はたゞ兄の戦死した土地で働きたい一心なの。兄の一周忌も、もう明後日ですわ」(眼がうるむ)

十吉、眼をぎょろ/\させている。

初枝が授業を終って、通り掛り、はいって来る。

初枝「あら、蜂谷さん、お髭お剃りになったの?」

十吉「えゝ、まあね、おかしいでしょう?」

初枝「尾形さん、どうかなすったの? また喧嘩?」

清子「いゝえ、なんでもないの(十吉に)この間の傘お返しするわ」

十吉「いや、持っていた方が無難ですよ……髭を剃ってみた処で、たいした事ありませんよ、失敬!」

出て行く。

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