吉田松陰

2話 吉田松陰年譜

1,031字 約2分 2017年8月4日 公開

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天保元年庚寅(こういん)  八月四日、萩(はぎ)城下松下村に生る。マヂニー隠謀のために捕えられ、追放せらる。

天保八年丁酉(ていゆう)  米穀騰貴。二月、大塩平八郎乱を大坂に起す。四月、家慶(いえよし)征夷大将軍に拝す〔慎徳公〕。

天保十一年庚子(こうし) 君侯毛利慶親(よしちか)の前において、兵書を進講す。

天保十二年辛丑(しんちゅう) 前将軍家斉薨(こう)ず〔文恭公〕。水野越前守幕政の改革に着手す。

天保十三年壬寅(じんいん) 佐久間象山海防八策を上(たてまつ)る。清国(しんこく)道光(どうこう)二十二年、英兵上海を取り、南京に入る。南京条約成(な)る。七月、文政打払令(うちはらいれい)を修正して、寛政の旧に復す。

天保十四年癸卯(きぼう) 夏、村田清風毛利侯を輔(たす)けて、羽賀台の大調練を催(もよお)す。水戸烈公驕慢に募(つの)れりとの咎(とが)を被(こうむ)り、幽蟄(ゆうちつ)せしめらる。

弘化元年甲辰(こうしん)  和蘭(オランダ)使節和蘭王の忠告書を齎(もた)らし来(きた)る。

弘化二年乙巳(いっし)  松陰兵を山田亦介(またすけ)に学ぶ。

弘化四年丁未(ていび)  孝明天皇即位。

嘉永三年庚戌(こうじゅつ)  八月、九州に遊ぶ。

嘉永四年辛亥(しんがい)  始めて江戸に遊ぶ。相房(そうぼう)を巡遊す。横井小楠天下を歴遊す。十二月、亡邸東北行をなす。

嘉永五年壬子(じんし)  籍を削り、禄を褫(うば)わる。

嘉永六年癸丑(きちゅう)  十年四方に遊学の公許を受く。六月朔日(さくじつ)、江戸に着す。六月三日、米国水師提督彼理(ペリー)浦賀に来る。七月、家定将軍となる〔温恭公〕。七月、露艦長崎に来る。九月、江戸を発し長崎に赴(おもむ)き、十二月、江戸に還る。

安政元年甲寅(こういん)  三月二十七日、下田において米艦に搭ぜんと欲して果さず。三月、神奈川条約成る。四月十五日、檻輿(かんよ)江戸に達す。九月十八日、罪案定りて藩に囚わる。十月二十四日、長門野山(のやま)の獄に下る。

安政二年乙卯(いつぼう)  五月、村田清風死す。十月二日、江戸大地震。藤田東湖死す。十二月十五日、獄を出て家に錮(こ)せらる。

安政三年丙辰(へいしん)  七月、家学(かがく)を教授す〔松下村塾(しょうかそんじゅく)成る〕。七月、米国総領事ハリス来る。

安政四年丁巳(ていし)  五月、条約規定書調印。六月、閣老阿部正弘死す。十月、ハリス江戸に入る。

安政五年戊午(ぼご)  正月、大いに攘夷(じょうい)論を唱う。閣老掘田正篤(まさひろ)京都に遊説(ゆうぜい)す。三月、大詔(たいしょう)煥発(かんぱつ)。四月、井伊大老(たいろう)となる。六月、勅許(ちょっきょ)を俟(ま)たずして、米国条約の調印をなす。八月、家茂(いえもち)将軍となる〔昭徳公〕。一橋党悉(ことごと)く罪せらる。八月、密勅(みっちょく)水戸に下る。九月、間部詮勝(まなべあきかつ)京都に入る。梁川星巌(やながわせいがん)死す。梅田、頼その他の志士縛(ばく)に就(つ)くもの前後相接す。十一月、松下義塾血盟。十一月二十九日、家に厳囚せらる。十二月五日、投獄の命あり。

安政六年己未(きび)  五月、江戸に檻送(かんそう)せらる。七月、江戸伝馬(てんま)町の獄に下る。十月二十日、永訣(えいけつ)書を作る。二十六日、『留魂録』成る。二十七日、刑に就(つ)く。

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