16話 海底から空へ
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お話かわって、こちらは今井君兄弟です。いくら川岸をさがしても、白ひげのじいさんが見つからないので、もとのバラック小屋のそばへ、もどってきました。そのときは、もう、博士のランチが出発したあとでした。さっき、小林団長は今井君に、
「あとで、バラックのよこの大きな石の上を見てくれ。」
と、ささやいていったので……、その石をさがしますと、すぐに見つかりました。石の上に、手紙がのせてあったからです。
その手紙には、さっきのランチのかたちや、色をくわしくしるしたあとに、
「両国橋のそばの、ミナトヤという貸しボート屋へ、いそげ。そこの主人は、明智先生を知っているから、モーターボートを貸してくれる。いちばん早いボートを出させて、ランチのあとを、追跡せよ。」
今井君たちが、隅田川の下流をながめますと、はるかむこうに、手紙に書いてある白いランチが、小さく見えていました。
「あれだっ。あれが魔法博士のランチだよ。」
「よしっ、ランチと自動車のきょうそうだっ。」
今井君のにいさんが、はりきってさけびました。そして、ふたりは、橋のたもとにもどり、自動車にとびのって、全速力で走らせました。
今井君たちの自動車は、二百メートルも川しもの白いランチを追って、川岸を走りましたが、じきに、道が行きどまりになってしまいました。川っぷちに家がならんでいるので、まわり道をしなければならないのです。ランチのほうは一直線に走るのに、こちらは、町かどをグルグルまわっていくのですから、おくれるばかりです。
でも、やっと両国橋のミナトヤにつきました。川しもを見ると、白いランチは、やっぱり二百メートルもむこうを走っています。
すぐに明智先生に電話をかけ、ミナトヤの主人に、快速力のモーターボートを借りることにしました。それには、ミナトヤで、いちばんうでききの青年運転士が、のりこんでいるのです。
今井君たちも、そのボートにのりました。
「むこうに、小さく見える白いランチです。」
「見なれないランチだが、ずいぶん速力がありますね。しかし、このカモメ号は、隅田川第一の快速艇ですから、すぐに追いついてみせますよ。」
カモメ号は出発しました。へさきに滝のような白波をたてて、グングン速力をまし、ランチとのあいだが、みるみる、せばまっていきます。
こちらは、白いランチのなかです。労働者の変装をといて、ピッタリ身についた黒いシャツとズボンをつけ、顔も、あのピンとはねたひげのある、西洋悪魔の顔になっていました。
「先生、へんなモーターボートが近づいてきますよ。おそろしい速力だ。このランチを、追っかけているようですぜ。」
船員のひとりが、双眼鏡を魔法博士に渡しました。博士はそれを目にあてて、
「うん、子どもがひとりと、青年がふたりのっている。ああ、そうだ。あの子どもは今井というセトモノ屋の子だ。わしのあとを追っているんだ。しかし、へんだな。小林君の姿が見えないぞ。……おい、もっと速力が出せないか。これじゃ、じきに追っつかれるぞ!」
サーッ、サーッ、滝のように白波をたてて、矢のように走る二せきの快速艇。あたりの船の人たちはあっけにとられて、見おくっています。
「先生、だめです。もう、これいじょう速力は出ません。モーターボートは、グングンせまってきます。三分もしたら、追っつかれますよ。」
「よし、心配するな。こっちには、まだ、おくの手があるんだ。いまにあっといわせてやるぞ。
島が見えたら、五十メートルぐらいまで近づいて、左へまがるんだ。そして、おきのほうへ、逃げるんだ。」
魔法博士はおなじことを二度くりかえして、ねんをおしてから、船室のドアを開くと、となりの荷物のおいてあるうす暗い小部屋へ、とびこんでいきました。そして、そこにある大きな箱のふたを、開くのでした。
箱のなかから、へんなものを取りだし、博士は、それを黒シャツの上にきました。
きゅうくつなほど、ピッタリ身についたビニールの服です。頭から足のさきまで、ひとつになった、けいべん潜水服です。顔のまえはガラスばりになっていて、手足のさきには大きな水かきがつき、背中には、酸素のボンベ(鉄のくだ)が、二つならんでついています。
そのボンベから、細いくだが、ガラスばりの顔の内がわにつづいていて、それを口にあてれば、水のなかでも、息ができるのです。
この、けいべん潜水服をきた魔法博士は、荷物部屋の小さな戸を開いて、ソッと、うしろのほうをながめました。モーターボートは、もう三十メートルにせまっています。前のほうには、品川のお台場が大きく見えてきました。
魔法博士はさっき、ランチをお台場に近づけてから、左のほう、つまり、おきのほうへ、まがるように命じておきました。運転手は、そのとおりにランチを進めて、お台場から五十メートルほどのところで、きゅうに方向をかえ、おきのほうへ、つきすすみます。
「よしっ、いまだっ!」
ランチが方向をかえたので、博士ののぞいているドアは、うしろのモーターボートからは、見えなくなったのです。それを待ちかまえていた博士は、いきなりドアの外に出て、海へとびこみました。
ビニールの潜水服をきていますから、からだは、すこしも、ぬれません。酸素のボンベで、息はらくにできます。また、大きな水かきで、じゆうに泳げるのです。
博士は海の底を、お台場のほうへ泳いでいきます。そのとき、もし、博士がうしろをふりかえって見たら、なんだか大きなサメのような怪物が、あとを追ってくるのに気づいたでしょうが、博士は、一度も、うしろを見なかったのです。
いや、サメではありません。やっぱりビニールの潜水服をきた、博士よりは、すこし小がらな人間でした。これは、いったい、なにものでしょう?
博士は海の底を、お台場の岸に近づき、石がきをはいあがると、そこの草むらに身をふせて、首をもたげ、夕やみのせまった、おきのほうをながめました。
「ウフフフ……、わしが、逃げだしたともしらないで、モーターボートはランチを追っかけていく。おい、もっと速力を出せ。そして、どこまでも逃げるんだ。」
博士は、おかしそうに、ひとりごとをいって、草むらのなかを、むこうの大きなたてもののほうへ、はっていきました。それは戦争のときたてられた兵隊の家で、壁はやぶれ、柱はゆがんで、こわれたままになっているのです。ばけものやしきみたいです。
博士は、そのまっ暗なたてもののなかで、潜水服をぬぎすてました。
「ハハハ……、じつに、たのしいスポーツだったぞ。はじめは自動車、つぎはランチ、それから、海の底をくぐって、こんどは空の上だ。ハハハ……、いくら少年探偵団が、かしこくても、ここまでは、ついてこられまい。さかなが陸にのぼって、それから、鳥のように空に、まいあがるんだ。」
博士は、わけのわからないことをいって、
「まず、いっぷく。」と、タバコをとりだすのでした。
魔法博士は、ゆっくりとタバコをすってから立ちあがると、たてものを出て、お台場のまんなかの、ひろっぱへ、歩いていきました。
いままで、たてものにかくれて見えませんでしたが、そこには、一台のヘリコプターが、とまっていました。黒シャツ姿の博士は、そのほうへ、いそぐのです。
博士は、ヘリコプターのそうじゅう席にのりこみました。ほかには、だれもいません。博士のこしかけているうしろに、カーキ色のズックでつつんだ大きな荷物が、おいてあるばかりです。なにか機械でも、つつんであるのでしょう。
博士がそうじゅうかんをにぎりますと、巨大なトンボのはねのようなプロペラが、ブルン、ブルンとまわりはじめました。
ヘリコプターは、夕やみの空へ、スーッとのぼっていきました。上からながめると、港区から銀座にかけて、ネオンや電灯が、五色の星をばらまいたように、うつくしくまたたいています。
ヘリコプターは、そのひかりの海の上を通りすぎて、世田谷区のほうへ飛んでいきました。そして、とある大きなやしきの、ひろびろとした庭のしばふの上に着陸しました。