9話 飛びかかるトラ
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「ぼくがわるいんだよ。ぼくがころんだのが、いけないんだよ。みんな、ぼくを、うんと、なぐっておくれ。」
さすが、力じまんの井上君も、泣き声になっています。
小林団長は、ひもの切り口を、懐中電灯でしらべていましたが、はっとしたように、顔をあげてさけびました。
「そうじゃないよ。きみがころんだから、切れたんじゃないよ。
ほら、この切り口をごらん。だれかが、ナイフかハサミで、わざと切ったんだよ。岩かどですり切れたんじゃないよ。」
いかにも、それは、なにかするどいはもので切ったような、切り口でした。
「だれだろう。いったい、だれが、こんないたずらをしたんだろう?」
なんだか、気味がわるくなってきました。
「あっ、わかった。魔法博士だよ、きっと。」
「魔法博士が、どっかに、かくれていて、ぼくらを、このどうくつから、出られなくしたんだよ。」
みんなは、ゾーッとおそろしくなって、だまりこんでしまいました。もう、生きたここちもないのです。
「あっ、いいことがある。みんな、心配しないでもいいよ。ぼくらは、ここを出られるよ。」
小林団長が、明るい声でさけびました。
「ぼくらは、枝道に出くわすたびに、右へ右へと進んできたね。だから、ほら、考えてごらん。帰りにはぎゃくに、左の手で、左がわの岩にさわって、歩いていけば、しぜんに、もとへもどれるんだよ。ね、そうだろう。」
いかにも、よく考えてみると、そのとおりでした。もうだいじょうぶです。
「ばんざーい、やっぱり、団長はえらいなあ!」
ノロちゃんが、いせいのいい声をだしました。ノロちゃんは、ベソをかくのもはやいかわりに、よろこぶのも、まっさきです。
みんな、いきかえったような気持になって、左手で左の岩にさわりながら、あとへ、ひきかえしました。
いくつかの枝道を、ぶじに通りすぎて、あの深い岩のさけめのところまで、たどりつきました。
「あっ、ここだ。ここからコウモリが、たくさん飛びだしたんだ。やっぱり、もとにもどれたねえ。」
みんな、大よろこびです。ところが、懐中電灯で、岩のさけめをてらしていた、ひとりの少年が、
「あっ、たいへんだっ。橋がなくなっている。」
さっき、みんなが渡った板の橋が、消えてなくなっていたのです。はば一メートル半もある深い岩のさけめですから、橋がなくては、とても渡ることはできません。
「やっぱり、そうだよ。魔法博士が、かくれているんだ。そして、板をどっかへ持っていって、ぼくらを、ここから出られなくしたんだよ。きっと、そうだよ。」
ああ、もうだめです。さすがの小林団長も、こうなっては、うまい知恵も浮かびません。三本のピッケルを、ひもでつないで、橋のかわりにしても、とても人間をささえる力はないのです。
このまま、どうくつを出られないとすると、少年たちは、うえ死にしなければなりません。それを思うとおそろしさに、からだがガタガタ、ふるえてくるのでした。
十人の団員が、おそれおののいているのを見て、小林団長は、ここで、みんなを元気づけなければいけないと思いました。
「なあに、そのうちに、きっと、うまい考えが浮かんでくるよ。それより、もうおひるだろう。はらがへっては、いい知恵も出ないよ。このおくの広い場所で、ゆっくり、べんとうをひらこうじゃないか。」
少年たちは、どうくつのおくの広い場所にもどり、懐中電灯をまんなかにおき、このまわりに腰をおろし、リュックのなかからべんとうをとりだして、水筒の水をのみながら、たべはじめました。
みんな、これからどうなるのだろうと心配で、ごはんも、のどをとおりません。
でも、弱虫といわれるのがいやなので、みんな、やせがまんをして、さもおいしそうに、たべています。
すると、そのとき、どこか遠くのほうから、「ウォーッ、ウォーッ。」というおそろしい声が、聞こえてきました。
「おやっ、あれ、なんだろう?」
「人間の声じゃないよ。水のながれる音でもないよ。」
「ずっと、おくのほうだね。ぼく、いって見てくるよ。」
べんとうを、たべおわった井上一郎君が、そういって立ちあがり、懐中電灯を持って、どうくつのおくへ、はいっていきました。
枝道のところへいって、耳をすましていますと、左がわの穴から、また「ウォーッ、ウォーッ。」という、ものすごい声がひびいてきました。
井上君が懐中電灯で、穴のおくをてらすと、まっ暗ななかに、キラキラと金色に光った小さなものが見えました。
「あっ、黄金のトラだっ!」
それは、たしかに、トラのかたちをした金色のものでした。しかし、ふしぎなことに、そのトラは動いているのです。
ノソノソと、こちらへ近づいてくるのです。黄金でできたトラが動くはずはありません。これは、いったい、どうしたというのでしょう。
トラの姿が、だんだん大きくなってきました。はじめは十センチぐらいの小さなトラでしたが、近づくにつれて、みるみる大きくなってくるのです。二十センチ、三十センチ、五十センチ……。
生きています。生きた大きなトラなのです。
でも、なんという、ふしぎなトラでしょう。ぜんしんの毛が、金の糸でできたように、キラキラと、うつくしくかがやいています。二つの大きな目は、ダイヤのようにごこうをはなって、光っているのです。そして、おそろしい牙のある、まっかな口を、ガッとひらいたかとおもうと、
「グルルルル……、ウォーッ。」
「ワーッ、トラだあ! ほんとうのトラが出たあ!」
いくら勇敢な井上君でも、ほんもののトラにはかないません。悲鳴をあげて、逃げだしました。すると、その声が、どうくつにこだまして、
「トラだあ……、トラだあ……、トラだあ……。」
と、いつまでも、気味わるく、ひびくのです。
こちらにいた少年たちは、びっくりして、立ちあがりました。
「井上君、気でもちがったのか。日本の山のなかに、トラがいるはずはないじゃないか。」
小林団長が、しかるようにいいました。
「ほんとだよっ。おばけのトラだあ。金色のトラだあ。ホラ、あそこから……。」
少年たちは、ありったけの懐中電灯をつけて、井上君のゆびさす、ほら穴をてらしました。
ああ、ごらんなさい。その六つの、まるい光のかさなりあったなかへ、おそろしいものがヌーッと、姿を、あらわしたではありませんか。
大きなトラです。ぜんしん金色の大きなトラです。そいつが、まっかな口をひらき、白い牙をむきだして、十メートルほどむこうから、ノソノソと、こちらへやってくるのです。ああ、もう七メートルになりました。五メートルになりました。
「グルルルル……、ウォーッ。グルルル……、ウォーッ。」
ダイヤのように、光った目が、グッとこちらをにらみつけ、まっかな口が、いまにも、かみつきそうです。
少年たちは「ワーッ。」といって、さきをあらそって逃げだしました。しかし、もとのほうへ逃げれば、そこには、深い深い岩のわれめがあるのです。おそろしい谷があるのです。
まえには、目もくらむ深い谷、うしろからは、金色のトラのばけもの。いよいよ、もうだめです。トラにくわれるか、谷に落ちていのちをうしなうか、どちらにしても、たすかるみこみはありません。
「ワーッ、たすけてくれえ……。」
おそろしい、さけび声がおこりました。井上君です。井上君がやられたのです。
井上君は、いちばんあとから逃げていましたが、そこへ、トラがパッととびついてきて、まえ足で、おさえつけてしまったのです。
井上君は、あおむけにたおれて、もがいています。トラはその上から、まっかな口をガッとひらいて、かみつこうとしているのです。それを見ると、少年たちはギョッとして、心臓がのどのところまで、とびあがってくるような気がしました。