12話 十二
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とまつたのは義雄、氷峰、緑紅の三人で、呑牛は午前一時頃まで飮んで歸宅した。これが渠の近頃の慣例ださうだ。
呑牛はもと人數倍の遊び手であつた。渠としては、三四日のゐつづけなどは珍らしくなく、遊女屋から毎日、新聞社へ通勤した時代もある。また、行燈部屋に一週間もほうり込まれ、「行燈部屋日記」を書いたこともあるさうだ。
それが、近頃、酒こそ飮め、決して細君以外に關係したことがない。或人は腎虚したのだと云つてゐる。然しまた或人は、若い細君が盛んなので、それ以上に堪へることが出來ないのだと云つてゐる。
そんな人間が多くあるのを、義雄は北海道に來てから知つてゐるので、呑牛がどちらであつても、左ほど氣にもとめなかつた。然し渠は、朝になつてから、渠に向つて呑牛の相方が語つたことを耳底に殘した、乃ち、かうだ――
「高見さんは感心になつたの、ね――あの甚助と云はれた人が、奧さんを貰つてから、一度もとまつたことがありませんよ。本當に感心、ね。」
義雄がそこを出る時、そこの電話を借りて、小樽の森本春雄と五分間の話をかはした。いよいよ明日頃は函館へ行くかといふこと。行けば、雜誌の問題をしツかりやり給へといふこと。それから、共同談判は大體うまく行きさうかと聽くと、まだ何とも分らないから、さう當てにしてゐては困るといふ返事である。
「僕の方は君等の話を實際當てにしてゐるのだから、これもしツかりやつて呉れ給へよ」と云つてゐるうち、話は變つて、
「君は今朝の小樽新報を見たか」と聽かれたので、
「まだ見ない」と答へると、
「君のことが載つてゐるぞ」と笑ひ聲だ。
それで五分間は切れてしまつた。氣になるので、早速氷峰に從つて北海實業雜誌社に歸り、小樽新報を探してゐると、氷峰が、
「このことだらう」と云つて、北海メール第一面の文藝欄に出た義雄の談話筆記「自然主義の三派」を見せた。
「いや、それとはまた別なことらしい」と、義雄がなほ探して見て、發見したのは小樽新報の欄外に出た「小説家田村氏の二十錢談判」といふのだ。樺太の新聞からの拔萃で、トマリオロの宿屋に於いて、隣室にとまつてゐたごけ志願者を僅か二十錢の違ひで買ひそこねたとある。
義雄はその意外なのに驚いた。然しそれに類似した事實はあつたので、實は、かう/\云ふのだと、氷峰に向つて辯解した。氣があつたのはあつたのだが、非常に毒がありさうなので、本氣になれなかつたのだ。
その日、メール社から義雄へ雜誌無名通信を讀めと屆けて來た。それにも、渠の私行上の、然し渠自身からおほびらにしてゐることの素ツ突拔きが載つてゐる。そして、
「渠が旅行に出る度毎に女を拵らへて來ないことはない」とある側らに、誰れかのいたづらで、
「而して歡迎會の歸りに女郎買ひをした」といふ朱書きがある。
さういふことを綜合して見て、義雄は當地にゐても自分の周圍が自分の爲めにいそがしい樣に見え、多少その意氣込みが揚らないでもなかつた。そして、樺太滯在中にも、東京新滑稽や、東京朝日新聞などに、お鳥との關係を書かれたことを思ひ出した。
然し、一方から考へると、さういふことはすべて過去のことだ。そして、現在の自分は殆ど全く戀もない。殆ど全く無一物である。無内容である。
この寂しい空疎に思ひ及ぶと、せめては早く弟の返電にでも接したくなる。然しそれも、今まで來ないなら、來さうにもない。
「多分、まだ仕事の發展が出來ないのだらう」と思ふと、義雄はこの誘惑の多い地方に空しくとどまることが出來かねる樣な氣がして、心はゐても立つてもゐられなくなる。