16話 十六
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その翌日、午後二時頃、雜誌社に行き、玄關のがらす戸を明けても、けふに限つて、來客を出迎へに來るものが來ない。
義雄はいつもの通り默つて靴脱ぎをあがり、そこの障子を明けると、お君が事務室から編輯室をいそいでとほつてらしい、いやな目つきをしてこちらを見ながら、茶の間へ來るのが見えた。
事務室には、氷峰がひとり仰向けに寢ころんで、暑さうにうちはを使ひながら、これも、義雄を見て、變な顏をしてゐる。
義雄は、その場の聯想がちよツと怪しい方面に向つたので、われ知らずをかしいほど顏を赤める。然し、
「まさか」と、心で思ひ直して、「どうしたと云ふんだ?」
「なアに」と、氷峰は身を起しながら、「妹に芝居をねだられてをつたのぢや。」
「うそですよ、田村さん。」お君は奧の方から聲をかける。「わたしはねだりません。兄さんが自分で他人ばかりよくして、お前をつれて行かないのは氣の毒ぢやから、一度一緒に芝居に行かうと云ふから、そんなら今夜つれて行つてと云うたのですよ。」
「どちらでも同じでないか?」
「わたしは誰れかの樣にねだりませんよ」と、お君の聲は冷淡なうちに多少の熱があるらしい。
「然し、お君さんだツて」と、義雄はその中を取つて、「行きたいのは當然だ、ねえ」と云ひながら、今まで二人は一種の祕密な情を以つて押し問答してゐたのだ、な、と想像した。
「實は、君に失敬であつたが」と、氷峰はバツトの箱から兩切り煙草を出しながら、聲を低め、
「ゆうべ、隣りのと行つたのぢや。はねは十一時頃であつたが、途中できやつがすね出したんで、あツちへ行つたり、こつちへ行つたり、さ――歸ると云つて見たり、歸らんと云つて見たり――どこかへちよツとつれ込めばよかつたらうが、僕はまだそこまで決心してをらぬから、他日若し拒絶する樣なことがある場合の邪魔を殘しても困るで、なア――人通りのない街をただぶら附いて、一時頃に歸つたのぢや。」
「然しさうじらして置いて、いよ/\本物の色氣違ひにでもなつたら、可哀さうぢやアないか?」
「大丈夫、さ。お君の件もさうぢやが、年頃の女といふ奴ア、思ひつめると、死ぬほど熱心にもならう。然し、また、獨り手にさめて行く時があるものぢや。思はれたが最後、それを待つてをるより外に、逃げる道はなからうと僕は思つとる。たとへば、お君は今大分さめて來た時で、お鈴は今熱した絶頂に達してをる時ぢや。」
「さう云ふ風にあしらつて行けるなら、君もなか/\えらいよ。」
こんな話があつてから、氷峰は、きのふ、物集北劍が來て、義雄に會ひたいと云つてゐたことを語る。
「何の用だらう?」
「何か未墾地のことに就いてだ、君が牧草培養の話をしてをつたからと云うて。」
「ぢやア、これから行つて來よう――實は、ゆうべ、鐵道に出てゐる舊友に會つたら、牧草地に適する賣り物があるといふ件もあるから。」
大通り七丁目の角なる板長屋の一つは、古くから物集北劍の質素な住ひである。
北辰新報失敗以來、借金の跡始末の外に何の用事もない主人は、そとでは、自己本籍の所在地部落合併の問題に盡力し、うちでは、朝顏を培養して樂しんでゐる。渠は酒好きで、いくらでも飮むが、何の藝もない。その藝のない無骨な點に惚れ込んで、今の細君は來た。もとは客を振り飛ばすことが有名な女郎だが、渠ばかりには心からうち込んだと見え、北辰新報の難局時代には、かの女の部屋の金屏風までも質屋へまげてしまつた。お豐と云ふが思ひ通り夫婦になれた今日では、自分が資本家ででもあつた樣に、
「もう、新聞發行などはいやです、なア」と云つてゐる。ヒステリ的に痩せてはゐるが、顏に美人のおもかげは殘つてゐる。北劍の盛んであつた時は、かの女が渠の部下なる記者氷峰に――慰勞のつもりで、わざ/\、――薄野遊びの資をつぎ込んだものだと義雄は聽いてゐた。
「物集君の細君には僕も隨分世話になつたよ」と、氷峰は度々語つた。
北劍はお豐を縁がはに呼び寄せ、自分の造つた朝顏の鉢を友達に分配する相談をしてゐた。その標準は、早起きのものにいいのをやり、寢坊のものにはさういいのをやる必要がないと云ふにある。お豐さんは、
「島田さんなどは、寢坊の隊長ですから、よいのをあげるに及びません、わ」と云つてゐた。
そこへ義雄が行き合はせたので、朝顏の話から始まつて、北劍が釧路に經營させてある牧場のことや放牧馬のことに移り、それから、義雄の話し出した牧草のことになつた。
「ゆうべ、かう云ふ話を持つて來た友人があるが、どうだらう」と、義雄は手帳を出して、その控へを北劍に見せる。
「川添ひで、水田――どこか知らんが、そんなよいところが殘つてゐる筈がない」と北劍は考へながら、「あつても、一反歩六圓とは既墾成功地の價格ぢや。それに開墾費、少くとも三圓を見込むと、八圓――高い、高い。」いツそ、この方が見込みあるか知れないと云つて、渠は一と綴ぢの書類を出し、近々やられる成功調査を金のない爲めに無事通過し難がつてゐる未墾地、二百三十萬坪ほどが天鹽にあることを説明する。そして、
「ちよツと木を切つたり、柵をめぐらしたりする金が二百か、三百あれば無事なのぢや――何とかして見たら、どうぢや」と云ふ。
「ちよツと當てがあるから、では、その方を當つて見ようか」と、義雄は答へて、それもどうだか分らないが、小樽の松田へ先づ相談しようと自分だけで決める。
「當つて見給へ、君もその土地の一部分を貰へれば、それを土臺にして、牧草培養も容易に出來るのぢやから」と、北劍はそれからまた牧草談に移り、面白い事實を語る。或退職軍人が坊主になつて本道に來たり、人助けの爲めだと云つて、頻りに牧草培養の利益を傳道した。それが爲めに、本道にクローバ、ルーサン、チモシ、ケンタキなどの牧草が非常に増加した。すると、間もなく、日露戰爭が起つて、糧秣厰は充分な買ひ上げをした。そして、その坊主は多分その筋の命を受けて、牧草を奬勵したのであつたといふことが分つた。
「北海道には、まだ不思議なことが多いよ」と、北劍は義雄の感服してゐるのに輪をかけた。
「あなたのことが東京の新聞に出てをります、なア」と云つて、お豐は前日の都新聞を持つて來た。見ると、義雄とお鳥との惡口が出てゐて、中に這入つた加集ばかりがいい人物になつてゐる。
「こりやア、この加集といふ男か、さうでなけりやア、それが周旋した金貸しかが材料を與へたのに相違ない」と、義雄は辯明した。心ではこんな復讎をされるには、自分の東京に於ける家がまだ賣れないで、借りた元金や利子を妻がまだ拂つてゐない、な、と想像できた。
天鹽の未墾地に關して義雄が照會したその返事が小樽から來た。無論、森本の手紙である。
先月末の交渉事件を返事しようと思つてゐるうち、未墾地問題の知らせがあつたから、二つを一緒に返事するとあつて、先づ、義雄の最も多く望みを屬して、小樽までも念押しに出かけた協同問題はすツぱり斷わりだ。
「三四年間に取り盡されるといふ蟹の鑵詰製造の爲めに、如何に奮發して資本金を出しても知れたものゆゑ、松田家の事業としては、餘りちひさ過ぎるといふ理由で、あの問題はお斷わりすることに決定致しました」と。
義雄はこれを讀んで、有形的物質的勢力なるものの、自分が豫想してゐたよりも偉大であることを自覺すると同時に、自分の有すると思ふ無形的、内容的現實の、まだ/\不充分なことをおぼえた。この場合、渠は勝ち誇つてゐた相撲がきはどいところで脊負ひ投げを喰つたと同樣な恥辱を感じた。
「情けない、なア」と、渠は心から叫んだ。無論、その場に人は誰れもゐなかつたからである。
それから、そのあとを讀むと、未墾地の方も、實は、それと殆ど同じ方面に二萬町歩ばかり着手中のがあつて、その處分に困難してゐるところだ。現に、きのふ、成功調査を受ける爲め、雇ひ技師がその地に向つて小樽を出發したが、それが歸り次第、兎に角、一度書類を見ようとある。
義雄はせめてこの土地問題だけでもうまく成功させたいと專らになる。然しこれは、
「また駄目だらう」と、默笑に附せられるのを恐れて、勇には話さなかつた。
樺太からの便りも一向ないので、仕事の初まり次第云つてよこせといふハガキを弟へ出した。そして、渠は自分の文句が一便毎に過激な命令になつて行くのをおぼえた。
然し、それと行き違ひに、弟から細かい字で書いたハガキが着した。いよ/\仕事を初め出すことが出來る時になつたが、蟹は毎日五疋から十疋、二十疋しか得られない。且、それが一疋に附き二十錢も二十五錢もする。これでは引き合ふ筈がないと怒られるかも知れないが、僅かでも製造しなければ、融通がつかないとある。
「馬鹿!」かう叫んで、義雄はそのハガキを疊に投げつけた。そして、その輕い紙に手ごたへがないのを、自分の事業に手ごたへがないのと同じ樣に思つた。「駄目だ、駄目だ――僕は、もう樺太を斷念する!」
「さう云ふんぢやア困る、ねえ」と、勇が云ふのを聽くと、渠は義雄よりもさきにそれを讀んだらしい。
「實に、無禮だ」と、義雄は心では怒つたが、ハガキだから止むを得ないことだ。それに、勇は、近頃時々義雄が勇のところにとまるので、義雄のことを心配し出したらしい。それが目に立つほどになつた。東京の家の方がどうなつたのか丸で音沙汰がなく、樺太からも送金して來ない。小樽漁業家の協同問題は駄目になる。すべて初めに云つたこととは違つてゐる。そこへ、またこのハガキだから、
「どうせ、失敗だらうから」と、勇は忠告がましく云つた。「東京へ歸つた方がよからう――こないだ出したといふ原稿料が來たら、それで歸り給へ。牧草のことなどア、ちよッくり行くものぢやアない。」
「そりやア、さうですよ、お歸りになれば、また奧さんのお力にもなりませうから」と、お綱さんも調子を合はす。
「何を云やアがる、この所帶持ちめ等!」かう思つたが、義雄はさう見せないで、ただやはらかに、「歸らなければならないことになれば歸りますが、まだ少し考へがありますから」と云つて、天鹽の土地のことをまた思ひ出した。