泡鳴五部作 03 放浪

21話 二十一

1,144字 約2分 2016年11月26日 公開

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 北海實業雜誌の初號はいよ/\生れた。全道各地の書店へ發送したのは勿論、北海メール、小樽新報、並びに北星に出た大きな廣告を見て、講讀を申し込んで來るものが多い。それに、札幌ステーシヨンの賣店に於ては、發刊日の午後半日のうちに、二百部ばかりも賣れた。

 その評判は、最近の來道貴賓なる後藤男爵、岡部子爵、伊藤大師、本願寺法主(ほつしゆ)に次いで、著明なものとなり、札幌、小樽、旭川、帶廣(おびひろ)、函館等に於いては、直ぐ知らないものはないほどになつた。そして、逢ふ人毎に、

「氷峰君萬歳」を呼ばないものはない。社長の川崎は、主筆ばかりが讃められて自分は殆ど縁の下の力持ち同樣なのに(ごふ)を煮やしたのだらう。雜誌の披露會を東壽司に於いて思つたよりも張り込んだ。然し、その内幕は、初號を印刷屋から受け取る代金も、披露會の費用も、すべてかの禿安老人に二度目の手を煩はしたのだ。

 東壽司に招待されたものは、義雄の歡迎會に來た新聞記者のあたま株と、北劍と義雄と禿安とである。藝者やお酌も七八名來た。

 その席で、禿安が入らない世話を燒いて、記者仲間を怒らしてしまつた。と云ふわけは、全體、この老人などをこの席へ招待したのは川崎の不注意であつて、(こく)に云へば、仲間を侮辱したのだと思はれてゐる矢さきに、禿安はどう感づいたのか、例の小樽新報の孤雲がまだ歌ひ出さないで、「アオウ、アオウ」を頻りに繰り返してゐる最中、片ツ端から細君持ちを説きつけて、自分と共に早く歸るやうにしてしまつたのだ。そして、殘つた獨身者は義雄と氷峰ばかりだ。

「あのおやぢ、また、何をおせツかいしやアがつたんぢや――勝手に出しや張りやアがつて、さ」と、川崎は自分がけちな策略をさせたと思はれては困るといふことを憤慨した。

 それから、三人は雨の夜を車で高砂樓に繰り込んだ。島田さんが來たといふので渠に熱心な女が先づ飛び出して來たが、川崎のゐるのを見て、

「あら、兄さん」と、まごついた。川崎は暖簾(のれん)をこぐつてあがる時、兩の袖で顏を隱してゐた。そして、渠も亦この女のなじみである。

 酒の席では、川崎と氷峰とがどちらも感づいて、をかしな遠慮がちの鞘當てがあつたが、川崎は高見呑牛と同じ事情で女郎屋にとまつたことがない。然し請負師のかけ引き上、人をつれて、よくここへやつて來るので、すべての女から、

「兄さん、兄さん」と云はれて喜んでゐる。

 この夜も、自分が大藏省である見識を見せて、女どもに意張つた話を聽かせ、皆の前で可なりふざけもしたばかりで、さきへ歸つてしまつた。

「あの兄さんは本當に面白い人よ」と、花子といふ義雄のなじみも引けてから渠に語つた。

 渠はこの樓へ最も多く來たのであるが、女が格式張つてどうも木で鼻をくくつた樣なので、いつも、二度と()まい、二度と來まいと思ふのだ。

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