魔術師

26話 恐ろしき遺書

3,701字 約7分 2022年7月28日 公開

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「何です。何があったのです」

 一郎と二郎とが殆ど同時に叫んだ。

「骸骨だ。五十年前に生埋めにされた男の骸骨(がいこつ)だ。あいつの云ったことは、嘘ではなかったのだ」

 父玉村氏が、あえぎながら云った。

 だが、ただ骸骨を見ただけで、あんなに驚き恐れるというのは、何だか妙に思われた。元気な一郎二郎の兄弟は、いきなり壁に突進して、煉瓦の隙間に手をかけると、力を合わせて、壁を引き試みた。

 すると、ガラガラと煉瓦がくずれ、そのうしろに、深い洞穴が現われた。煉瓦は、(あらかじ)めその部分丈け取りはずして、いつでもくずれる様、ソッと積み上げてあったのだ。

 洞穴の中には、ボロボロに破れた着物を着た骸骨が、くずれもせず、断末魔の苦悶の姿をそのまま、()しかたまっていた。

 骨ばかりで、どうして原形を保っていることが出来たか。土の上に寄りかかっていたからか。或は復讐鬼の奥村源造が、骨をつぎ合わせて、そんな形をしつらえたのか。いずれにもせよ、着物を着た骸骨の、生けるが如き断末魔の形相は、ゾッとする程恐ろしいものであった。

 土の中へ食い込んだ両手の指、異様な恰好に折れ曲った両足、よじれた胴体、食いしばった、むき出しの歯並、恐ろしい洞穴みたいな両眼。それが気違いの様に取乱(とりみだ)して、断末魔の踊りを踊っているのだ。

 流石の兄弟も、父親同様、「ワッ」と云って、顔をそむけないではいられなかった。女の妙子は、もう見ぬ先から(ふる)え上って、床に顔を伏せたまま身を縮めていた。

 自分達は少しも知らぬ事とは云え、これが父なり祖父なりに生埋めにされた男かと思うと、善太郎氏も一郎も二郎も、何とも云えぬ変な気持になった。

 どんなにか恐ろしかった事だろう。どんなにか苦しかったことであろう。煉瓦にとざされた地底の暗闇。永久に抜け出す見込みのない墓穴。そこで、この男は、だんだん乏しくなって行く空気にあえぎながら、ガリガリと土を掻いて、息の絶えるまで、もがき苦しんだのである。

 善太郎氏は、思わず洞穴の前にひざまずいて死者の苦悶をやわらげ、なき父の罪障消滅を祈る為に、念仏を唱えたが、ふと見ると、床に落散っている煉瓦の塊に、何かしら文字の様な掻き傷のあるのに気がついた。

 アア、さっき奥村源造が、煉瓦に刻んだ遺書(かきおき)と云ったのは、これのことだなと思うと、恐ろしさに身震いが出たが、恐ろしければ恐ろしい程、それを読んで見ないではすまされぬ気持ちで、あちこちにちらばった煉瓦の塊を継ぎ合わして、字とも絵とも見分け(がた)い掻き傷を、(恐らく懐中ナイフか何かを持っていて、暗闇の中で書きつけたものであろう)苦心して読み下して見ると、それは、次の様な身の毛もよだつ文句であった。((みさお)というのは、彼が不義を働いた、幸右衛門の(めかけ)の名だ)

操、ミサオ、ミサオ。

モ一度顔ガ見タイ。

ダガ、モウ出ラレヌ。一生涯出ラレヌ。

アア苦シイ。息ガ苦シイ。

真暗ダ。何モ見エヌ。

ミサオ、ミサオ、ミサオ。

オレハ死ヌ。モウ死ヌ。

ミサオ、コノ敵ヲ討ッテクレ。

オレヲ生埋(イキウメ)ニシタ奴ハ玉村幸右衛門ダ。敵ヲ討ッテクレ。

アイツヲ、アイツノ子ヲ、アイツノ孫ヲ、オレト同ジ目ニ合ワセテクレ、アイツノ一家ガ栄エテイテハ、オレハ死ニ切レヌ。死ニ切レヌ。

息ガ出来ヌ。苦シイ。胸ガ破レソウダ。

ミサオ、ミサオ、ミサオ。

 煉瓦の掻き傷は無論こんなに順序正しく現われていた訳ではない。或は大きく、或は小さく、或は縦に、或は(ななめ)に、或は横に、断末魔の苦悶をそのまま、しどろもどろに書きちらしてあるのを、乏しいライターの光で、苦心をしながら、やっと読み得たのだ。

「お前の親爺(おやじ)がどんな残酷な私刑をやったかが分ったか」

 不気味な声が響いて来た。鉄の扉に小さな覗き穴があって、そこから源造が喋っているのだ。

「悪魔! 貴様の父は不義を働いたのだ。他人の愛妾を盗んだのだ。その報いを受けるのは当り前だ。僕達がこんな不合理な復讐をされる筈はない。貴様は血迷っているのだ。気が違ったのだ。開けろ! この扉を開けろ」

 血気の二郎がたまり兼ねて、鉄扉を乱打しながら叫んだ。

「ワハハ……。不義だと? 他人の妾を盗んだと? 何も知らぬくせに、ほざくな。盗んだのはお前達の親爺の幸右衛門の方だぞ。俺はちゃんと検べ上げてあるのだ。金にあかして、人の恋人を横どりしたのだ。横どりして置きながら、不義呼ばわりをして、あまつさえ、こんな残酷な目に合わせたのだ。それが証拠に、見ろ。恋人が行衛不明になったと知ると、妾の操は、名も分らぬ病にかかって、日に日に痩せ細って行ったじゃないか。そして妾としての用が足りなくなると、幸右衛門は、操を妾宅から追出してしまった。

 その時、操は妊娠していた。幸右衛門はそれが不義者源次郎の子だということを知っていた。それは本当だった。

 操には身寄りのものもなかったので、みじめな裏長屋で、その子を生み落すと、間もなく病死してしまった。みなし子は、人の手から手へと渡って、大きくなって行った。

 親も兄弟も親戚もなんにもない、一人ぼっちの幼児(おさなご)が、この世から、どんな待遇を受けるかということを、君達は知っているか。学校へもは()れず、ろくろく食うものも食わないで、朝から晩までこき使われ、何かというと恐ろしい折檻(せっかん)を受けた。そのみなし子というのは、かく云う俺だ。(おれ)は源次郎と操の間に生まれた、呪いの子だ。

 俺は世を呪った。分けても俺達親子をこんな目に合わせた、幸右衛門を呪った。と同時に、この広い世界に、たった一人ぼっちの我身が淋しくてたまらなかった。俺は行衛不明の父を捜すために、どれ程骨を折ったことだろう。

 とうとう、この穴蔵を発見し、無残な父の骸骨と対面したのは、十七の年だった。俺は煉瓦の遺書(かきおき)を読んだ。そして、幸右衛門という奴は、母と俺とを、ひどい目に合わせたばかりでなく、父の源次郎を、生埋めにした下手人であることが分った。俺は父の骸骨に復讐を誓った。その時幸右衛門はもう死んでいたけれど、相手が死んだ位で、この深い恨みが消え去るものではない。父が死ねばその子、子が死ねば孫と、玉村一家の最後の一人までも、俺はこの恨みをむくいないでは置かぬと誓ったのだ。俺は一生涯を復讐事業に捧げる決心をした。貴様達に、俺の親爺が受けたと同じ、苦しみを与えた上、一人残らず殺してやろうと決心したのだ。俺の生涯は、ただその準備の為に費された。犯罪学の書物に読み(ふけ)った時代もあった。毒薬の研究に没頭した時代もあった。ピストルの射撃も練習した。手品師の弟子入りもした。軽業(かるわざ)も習い覚えた。そして、身体を練り、知恵を磨く一方では、復讐事業の資金を貯蓄する為に、あらゆる辛酸(しんさん)()めた。

 やっと四十年の努力は報いられた。俺は世間から魔術師と云われる腕前になった。資金も余る程貯えた。そこで、愈々(いよいよ)復讐事業に着手したのだ。俺は自信があった。計画は少しの遺漏(いろう)もなく運ばれることと信じていた。

 ところが、いざ復讐に着手する間際になって、全く思いもかけぬ障害が起った。素人探偵の明智小五郎だ。あいつが外国から帰って来て、例の「蜘蛛男」事件で、すばらしい働きを見せたのだ。俺はこの恐ろしい男と戦わねばならなかった。俺は戦った。だが、あいつの為に、俺の計画は半ば以上齟齬(そご)を来たしてしまった。いつも際どい所で、あいつが飛び出して来るのだ。妙子の場合がそうだ。一郎の場合がそうだ。俺は、あいつの虚を()く為に、心にもなく、玉村一家以外の人をさえ襲わなければならなくなってしまった。

 いや、計画がさまたげられるばかりではない。今では俺の身が危いのだ。ぐずぐずしてはいられぬ。そこで、俺は計画を早めて最後の幕を切って落すことにした。実を云うと、子供達を一人一人滅ぼして行って、さんざん恐れと悲しみを味わせた上、一人残った父親を、この穴蔵へおびき寄せる手筈だった。だが、そんな悠長な順序を踏んでいる余裕がなくなった。俺の楽しみは薄らぐけれど、仕方がない。とうとう今夜、最後の幕を切って落したのだ。

 サア、これで俺の云うことはおしまいだ。あとは、この扉の外へ、五十年前に貴様の親爺がやった様に、煉瓦を積んで、貴様達を生埋めにするばかりだ。

 精々(せいぜい)苦しむがいい。そして、俺の親爺の苦しみがどんなものであったかを、つくづく味って見るがいい」

 悪魔の長談義が終ると共に、覗き穴の蓋がカチンと閉って、外には又しても、煉瓦積みの物音が始まった。

 これで悪魔の復讐の動機が分った。彼の四十年の労苦も明かになった。だが悪魔はなぜか、彼の結婚について、その妻の死について、残された一人娘の文代について、何事も云わなかった。穴蔵にとじこめられた四人の者は、そんなことを疑っている暇もなかったが、考えて見ると、いくら復讐の為とは云え、可愛い一人娘を、平然として悪事の道連れにしている、源造の気が知れぬではないか。彼は娘がいとしくはないのであろうか。それとも、他に何か深い事情でもあったのかしら。針で突いた程の抜目もない悪魔のことだ。娘の文代についても、(さかのぼ)っては彼の結婚そのものにさえ、何かしら深い深い企らみが隠されていたのではなかろうか。

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