魔術師

27話 燃える骸骨

2,705字 約5分 2022年7月28日 公開

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 親子四人は、声を限りにわめき(ののし)ったけれど、復讐鬼はもう相手にしなかった。彼は(ただ)黙々として煉瓦積みを続けていた。が、間もなく、その物音さえもしなくなった。扉の外に、完全な煉瓦の壁が出来上ったのである。

 狭いといっても、六畳程の部屋だ。昔の奥村源次郎の様に、急に窒息する気遣いはない。だが上下四方とも厚い煉瓦で完全に密閉された穴蔵だ。いつかは酸素もなくなるであろう。いや、それよりも、空腹の方が先に来るかも知れぬ。いずれにもせよ、じっとしていたら、死ぬ外はないのだ。

 煉瓦の壁を打破る様な、鋭利な武器はない。たった一ヶ所、外へ抜け出す可能性があり相に思われるのは、源次郎の横わっている洞穴だが、そこの土を掘る為には、恐ろしい骸骨に手を触れなければならぬ。死者の悪念におびえ切った四人のものは、まだその洞穴へは入って行く勇気がなかった。

 彼等は乏しいライターの光に、お互の顔を見合わせて、冷い床の上に坐ったまま、黙り込んでいた。

 黙っていれば、黙っている程、底冷えのする地底の夜気と共に、生埋めの恐ろしさが、ひしひしと身に迫って来る。

「アア、駄目だ。ライターのベンジンがなくなってしまった」

 一郎がおびえて叫んだ時には、ライターはもう、螢火(ほたるび)の様な果敢(はか)ない光になっていた。

「この上光までなくなっては耐らない」

 二郎が唸る様に云った。

「アア、どうしましょう。怖いわ」

 妙子は父親の膝にすがりついた。

 だが、消え行く燈火を、どうとり止めることが出来よう。螢火が淋しく二三度(またた)いたかと思うと、ライターはとうとう消えてしまった。

 闇と寒さと、墓場の様な恐ろしい静寂(せいじゃく)の中に、四人の者は、お互の身体に触れ合うことによって、僅かに一人ぼっちでないのを確めながら、どうする智恵も浮ばず、黙りこくっていた。

「誰かマッチを持っていないか。一本でもいい。お前達の顔を見ないで、こうしているのは(たま)らない」

 善太郎が我慢がし切れなくなって云った。

 一郎も二郎も、その言葉に励まされて、ポケットというポケットを探して見た。

「アア、あった。だが、たった三本です」

 二郎が情ない声で云った。

「あったか。早くつけてくれ。早く暗闇を追っぱらってくれ」

 シュッという音がしたかと思うと、部屋中が日の出の様に明るくなった。闇に慣れた目には、マッチの光さえ非常にまぶしく感じられた。

 四人は、その光の中で、これが最後という様に、お互の顔を眺め合った。

 丁度その時、マッチの軸がまだ燃え切らぬ内に、非常に変なことが起った。

「兄さん、ちょっと、あれ動いてやしない? ネ、動いてるわね」

 妙子のゾッとする様な囁き声に、一同例の洞穴を見ると、ゆれる(ほのお)のせいではない。確かに、着物を着た源次郎の骸骨が動いている。

「アッ、こちらへ歩いて来る。アレー」

 妙子の悲鳴に、男たちもギョッとして立上った。

 骸骨は断末魔の苦悶の姿をそのまま、洞穴を出て、一歩二歩と歩くともなく漂うともなく、こちらへ近づいて来る。幻覚ではない。()り固った五十年の妄執(もうしゅう)が、生命なき髑髏(どくろ)を歩かせたのであろうか。

 一同はそれを見ると、余りの不思議さ、物凄さに、思わずタジタジとあとじさりをしたが、その途端、二郎の指の力がぬけて、まだ燃えているマッチが床に落ちた。

 と同時に、ボッという恐ろしい音がしたかと思うと、部屋の中が真昼の様に明るくなった。

 床に落ち散っていたフイルムに火が移ったのだ。

 小型とは云え、十数巻のフイルムが、映写したまま、鉋屑(かんなくず)の山の様に放り出してあった。それが瞬く内に燃え尽す光景は、形容も出来ないすさまじさであった。

 狭い密室内は、むせ返る煙の渦に満たされ、螺線形(らせんがた)のフイルムを燃え走る火焔は、のたうち廻る無数の真赤な蛇だ。

 まるで火山の噴火孔(ふんかこう)熔鉱炉(ようこうろ)真唯中(まっただなか)に落ちこんだのと同じこと。まばゆさに目をあいていることも出来ぬ。鼻をつく異臭にむせて、息も絶え絶えの焦熱(しょうねつ)地獄だ。

「ア、お父さん。……それは何です。……どうなすったのです」

 ()き込みながら、二郎が非常な恐怖に撃たれて、あえぎあえぎ叫んだ。

 一郎も、妙子も、苦悶の内に、夢見心地で父の恐ろしい姿を眺めた。

 善太郎氏は、煉瓦の壁に(もた)れて、全身をねじ曲げ、両手は空を掴み、額には蚯蚓(みみず)の様な静脈をふくらませて、今にも窒息しそうに悶えていたが、ゾッとしたことには、その格好が、源次郎の骸骨が示していた苦悶の有様と生写しなのだ。

 骸骨はと見ると、洞穴を歩き出したまま、まるで善太郎氏の影の様に、寸分違わぬ姿勢で、すぐ隣の壁に凭れていた。

「キャーッ」という妙子の悲鳴、一郎と二郎も何か訳の分らぬことをわめきながら、父の奇妙な姿に飛びかかって行った。死霊のたたりを追っ払おうとしたのだ。

 父子三人は折り重なって部屋の隅に倒れた。倒れると同時に、眼の前に、真黒な無数の玉が群がって来て、何が何だか分らなくなってしまった。

 ふと気がつくと、フイルムの山は已に燃え尽して、立ちこめた煙もやや薄らいでいたが、椅子テーブルに移った火が、まだメラメラと燃えていた。

 一郎と二郎は、よろよろと立上ると、それに近づき、椅子やテーブルを投げつけ、踏みくだいて、火を消した。むせ返る煙を、少しでも少くしたかったのだ。

 (ことごと)く踏み消した積りで、元の場所に帰って、グッタリと倒れたが、どういう訳か、まだ部屋の中が薄明るく、チロチロと自分達の影が動いて見える。

 変だなと思って、その方を振向くと、分った分った。源次郎の骸骨の、ボロボロになった着物に火が移って、チョロチョロと鬼火の様に燃えているのだ。

 着物が湿っているので、威勢(いせい)よくは燃え上らぬ。青い焔が、着物の裾や袖を、人魂(ひとだま)みたいに、不気味に這っている。

 明滅する焔に、下方から照らし出された骸骨の顔は、陰影の加減で、ある時は笑い、ある時は泣き、或は落ち(くぼ)んだ目を怒らせ、今にも食いつかんばかりの、物凄い憤怒の形相となる。

 妙子は失神した様に俯伏(うつぶ)していたから、この恐ろしい光景を見なかったけれど、残る三人は、見まいとしても引きつける、死霊の怨念に、目をそらす力もなく、呼吸も止まる思いで、それを眺めていた。

 突然二郎が歯を喰いしばって唸り出した。

「畜生め、畜生め」

 (うな)ったかと思うと、彼はとうとう、物狂わしく、骸骨めがけて飛びかかって行った。見ているに耐えなかったのだ。恐ろしければ恐ろしい程、その相手にぶつかって行かないではいられぬ、不思議な衝動にかられたのだ。

 彼は、子供が泣きわめきながら、強い相手に向って行く、あの死にもの狂いの格好で、両腕を滅茶滅茶に振り動かし、燃える骸骨と、目に見えぬ死霊に向って突進した。

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