二階から

9話 九 元園町の春

1,321字 約3分 2008年12月29日 公開

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 Sさん。郡部の方もだんだん開けて来るようですね。御宅の御近所も春は定めてお(にぎや)かいことでしょう。そこでお前の住んでいる元園町(もとぞのちょう)の春はどうだという御尋(おたず)ねでしたが、私共の方は昨今(かえ)ってあなたたちの方よりも寂しい位で、御正月だからといって別に取立てて申上げるほどのこともないようです。しかし折角(せっかく)ですから少しばかり何か御通信申上げましょう。

 この頃は正月になっても、人の心を高い空の果へ引揚げて行くような、長閑(のどか)(たこ)のうなりは全然(まるで)聞かれなくなりました。往来の少い横町へ這入(はい)ると、追羽子(おいはご)の春めいた音も少しは聞えますが、その群の多くは玄関の書生さんや台所の女中さんたちで、お嬢さんや娘さんらしい人たちの立交っているのはあまり見かけませんから、門松を背景とした初春(はつはる)(ちまた)に活動する人物としては、その色彩が(すこぶ)る貧しいようです。平手(ひらて)で板を叩くような(つづみ)の音をさせて、鳥打帽子を(かぶ)った万歳(まんざい)幾人(いくにん)も来ます。(かね)太皷(たいこ)を鳴らすばかりで何にも芸のない獅子舞も来ます。松の内早仕舞(はやじまい)の銭湯におひねりを置いてゆく人も少いので、番台の三宝の上に紙包の雪を積み上げたのも昔の夢となりました。藪入(やぶいり)などは勿論ここらの一角(いっかく)とは没交渉で、新宿行の電車が満員の札をかけて忙がしそうに走るのを見て、太宗寺(たいそうじ)御閻魔様(おえんまさま)の御繁昌を(ひそ)かに占うに過ぎません。

 家々に飼犬が多いに引替えて、猫を飼う人は滅多(めった)にありません。家根伝いに浮かれあるく恋猫の痩せた姿を見るようなことは甚だ稀です。ただ折々に何処(どこ)からか野良猫がさまよって来ますが、この闖入者(ちんにゅうしゃ)は棒や(ほうき)で残酷に追い払われてしまいます。夜は静です、実に静です。支那の町のように宵から眠っているようです。八時か九時という頃には大抵の家は門戸を固くして、軒の電灯が白く凍った土を更に白く照しているばかりです。大きな犬が時々思い出したように、星の多い空を仰いで虎のように(うそぶ)きます。ここらでただ一軒という寄席(よせ)青柳亭(あおやぎてい)が看板の()(おろ)す頃になると、大股に曳き摺って行くような下駄の音が()としきり私の門前を賑わして、寄席帰りの書生さんの琵琶歌(びわうた)などが聞えます。(あと)ひっそりして、シュウマイ屋の唐人笛(とうじんぶえ)が高く低く、夜風にわななくような悲しい余韻を長く長く()いて、横町から横町へと闇の奥へ消えて行きます。どこやらで赤児(あかご)の泣く声も聞えます。尺八を吹く声も聞えます。角の玉突場でかちかちという音が()むそうに聞えます。

 寒の内には草鞋(わらじ)ばきの寒行(かんぎょう)の坊さんが来ます。中には襟巻(えりまき)を暖かそうにした小坊主を連れているのもあります。日が暮れると寒参りの鈴の音も聞えます。麹町通(こうじまちどお)りの小間物屋(こまものや)には今日(こんにち)うし(べに)のビラが()けられて、キルクの草履(ぞうり)穿()いた山の手の女たちが驕慢(きょうまん)な態度で店の前に突っ立ちます。ここらの女の白粉(おしろい)は格別に濃いのが眼に着きます。

 四谷街道に接している(せい)か、馬力(ばりき)の車が絶間(たえま)なく通って、さなきだに霜融(しもどけ)(みち)をいよいよ(こわ)して行くのも此頃(このごろ)です。子供が竹馬に乗って歩くのも此頃です。火の番銭の詐欺(さぎ)流行(はや)るのも此頃です。しかし風のない晴れた日には、御堀(おほり)(どて)の松の梢が自ずと霞んで、英国大使館の旗竿の上に(とび)が悠然と止まっているのも此頃です。

 まだ書いたら沢山ありますが、()ずここらで御免(ごめん)(こうむ)ります。さようなら。

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