9話 九 元園町の春
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Sさん。郡部の方もだんだん開けて来るようですね。御宅の御近所も春は定めてお賑かいことでしょう。そこでお前の住んでいる元園町の春はどうだという御尋ねでしたが、私共の方は昨今却ってあなたたちの方よりも寂しい位で、御正月だからといって別に取立てて申上げるほどのこともないようです。しかし折角ですから少しばかり何か御通信申上げましょう。
この頃は正月になっても、人の心を高い空の果へ引揚げて行くような、長閑な凧のうなりは全然聞かれなくなりました。往来の少い横町へ這入ると、追羽子の春めいた音も少しは聞えますが、その群の多くは玄関の書生さんや台所の女中さんたちで、お嬢さんや娘さんらしい人たちの立交っているのはあまり見かけませんから、門松を背景とした初春の巷に活動する人物としては、その色彩が頗る貧しいようです。平手で板を叩くような皷の音をさせて、鳥打帽子を被った万歳が幾人も来ます。鉦や太皷を鳴らすばかりで何にも芸のない獅子舞も来ます。松の内早仕舞の銭湯におひねりを置いてゆく人も少いので、番台の三宝の上に紙包の雪を積み上げたのも昔の夢となりました。藪入などは勿論ここらの一角とは没交渉で、新宿行の電車が満員の札をかけて忙がしそうに走るのを見て、太宗寺の御閻魔様の御繁昌を窃かに占うに過ぎません。
家々に飼犬が多いに引替えて、猫を飼う人は滅多にありません。家根伝いに浮かれあるく恋猫の痩せた姿を見るようなことは甚だ稀です。ただ折々に何処からか野良猫がさまよって来ますが、この闖入者は棒や箒で残酷に追い払われてしまいます。夜は静です、実に静です。支那の町のように宵から眠っているようです。八時か九時という頃には大抵の家は門戸を固くして、軒の電灯が白く凍った土を更に白く照しているばかりです。大きな犬が時々思い出したように、星の多い空を仰いで虎のように嘯きます。ここらでただ一軒という寄席の青柳亭が看板の灯を卸す頃になると、大股に曳き摺って行くような下駄の音が一としきり私の門前を賑わして、寄席帰りの書生さんの琵琶歌などが聞えます。跡はひっそりして、シュウマイ屋の唐人笛が高く低く、夜風にわななくような悲しい余韻を長く長く曳いて、横町から横町へと闇の奥へ消えて行きます。どこやらで赤児の泣く声も聞えます。尺八を吹く声も聞えます。角の玉突場でかちかちという音が寒むそうに聞えます。
寒の内には草鞋ばきの寒行の坊さんが来ます。中には襟巻を暖かそうにした小坊主を連れているのもあります。日が暮れると寒参りの鈴の音も聞えます。麹町通りの小間物屋には今日うし紅のビラが懸けられて、キルクの草履を穿いた山の手の女たちが驕慢な態度で店の前に突っ立ちます。ここらの女の白粉は格別に濃いのが眼に着きます。
四谷街道に接している故か、馬力の車が絶間なく通って、さなきだに霜融の路をいよいよ毀して行くのも此頃です。子供が竹馬に乗って歩くのも此頃です。火の番銭の詐欺の流行るのも此頃です。しかし風のない晴れた日には、御堀の堤の松の梢が自ずと霞んで、英国大使館の旗竿の上に鳶が悠然と止まっているのも此頃です。
まだ書いたら沢山ありますが、先ずここらで御免を蒙ります。さようなら。