縷紅新草

2話 縷紅新草(2)

5,822字 約12分 2003年9月13日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 その時、外套(がいとう)の袖にコトンと動いた、石の上の提灯(ちょうちん)(つら)は、またおかしい。いや、おかしくない、大空の雲を淡く(すか)して蒼白(あおじろ)い。

「……さて、これだが、手向けるとか、供えるとか、お米坊のいう――誰かさんは――」

「ええ、そうなの。」

 と、小菊と坊さん花をちょっと囲って、お米は(しずか)(うなず)いた。

「その嬰児(あかんぼ)が、串戯(じょうだん)にも、心中の仕損いなどという。――いずれ、あの、いけずな御母堂から、いつかその前後の事を聞かされて、それで知っているんだね。

 不思議な、怪しい、縁だなあ。――花あかりに、消えて行った可哀相な人の墓はいかにも、この燈籠寺にあるんだよ。

 若気のいたり。……」

 辻町は、額をおさえて、提灯に俯向(うつむ)いて、

「何と思ったか、東京へ――出発間際、人目を忍んで……というと悪く色気があります。何、こそこそと、鼠あるきに、行燈形(あんどんなり)(ちいさ)切籠燈(きりこ)の、就中(なかんずく)、安価なのを一枚(ひとつ)細腕で引いて、梯子段(はしごだん)の片暗がりを忍ぶように、この(いしだん)を隅の方から(あが)って来た。胸も、息も、どきどきしながら。

 ゆかただか、(うすもの)だか、女郎花(おみなえし)桔梗(ききょう)、萩、それとも(すすき)か、淡彩色(うすざいしき)の燈籠より、美しく寂しかろう、白露に(しずく)をしそうな、その(ひと)の姿に供える気です。

 中段さ、ちょうど今居る。

 しかるに、どうだい。お米坊は洒落(しゃれ)にも私を、薄情だというけれど、人間の薄情より三十年の月日は情がない。この提灯でいうのじゃないが、燈台下暗しで、とぼんとして気がつかなかった。申訳より、面目(めんぼく)がないくらいだ。

 ――すまして饒舌(しゃべ)って()いか知らん、その時は、このもみじが、青葉で真黒(まっくろ)だった下へ来て、上へ墓地を見ると、向うの峯をぼッと、霧にして、木曾のははき木だね、ここじゃ、見えない。が、有名な高燈籠が(えのき)(こずえ)(とも)れている……葉と葉をくぐって、()の影が露を誘って、ちらちらと樹を伝うのが、長くかかって、幻の藤の総を、すっと(なび)かしたように仰がれる。絵の模様は見えないが、まるで、その高燈籠の宙の袖を、その人の姿のように思って、うっかりとして立った。

――ああ、呆れた――

 目の前に、白いものと思ったっけ、山門を真下(まっさが)りに、(あい)がかった浴衣に、昼夜帯の婦人が、

――身投げに逢いに来ましたね――

 言う事も言う事さ、誰だと思います。御母堂さ。それなら、言いそうな事だろう。いきなり、がんと(くら)わされたから、おじさんの小僧、目をまるくして(きも)(つぶ)した。そうだろう、当の御親類の墓地へ、といっては、ついぞ、つけとどけ、盆のお義理なんぞに出向いた事のない(やつ)が、」

 辻町は提灯を押えながら、

「酒買い狸が途惑(とまどい)をしたように、燈籠をぶら下げて立っているんだ。

 いう事が捷早(すばや)いよ、お京さん、そう、のっけにやられたんじゃ、事実、親類へ供えに来たものにした処で、そうとはいえない。

――初路さんのお墓は――

 いかにも、若い、優しい、が、何だか、弱々とした、身を投げた女の名だけは、いつか聞いていた。

――お墓の場所は知っていますか――

 知るもんですか。お京さんが、崖で夜露に(すべ)る処へ、石ころ道が切立(きった)てで危いから、そんなにとぼついているんじゃ怪我をする。お寺へ預けて、昼間あらためて、お参りを、そうなさい、という。こっちはだね。日中(ひなか)のこのこ出られますか。何、志はそれで済むからこの石の上へ置いたなり帰ろうと、降参に及ぶとね、犬猫が踏んでも、きれいなお精霊(しょうりょう)が身震いをするだろう。――とにかく、お寺まで、と云って、お京さん、今度は片褄(かたづま)をきりりと端折(はしょ)った。

 こっちもその要心から、わざと夜になって出掛けたのに、今頃まで、何をしていたろう。(遊んでいた。世の中の(うる)ささがなくて寺は涼しい。裏縁に引いた山清水に……西瓜(すいか)(おご)りだ、和尚さん、小僧には内証(ないしょ)らしく冷して置いた、紫陽花(あじさい)の影の映る、青い心太(ところてん)をつるつる突出して、芥子(からし)を利かして、冷い涙を流しながら、見た処三百ばかりの墓燈籠と、草葉の影に九十九ばかり、お精霊の幻を見て涼んでいた、その中に初路さんの姿も。)と、お京さん、(すき)なお転婆をいって、山門を入った(いきおい)だからね。……その勢だから……向った本堂の横式台、あの高い処に、晩出(おそで)参詣(さんけい)を待って、お納所(なっしょ)が、盆礼、お返しのしるしと、紅白の麻糸を三宝に積んで、小机を控えた前へ。どうです、私が引込(ひっこ)むもんだから、お京さん、引取った切籠燈(きりこ)をツイと出すと、

――この春、身を投げた、お嬢さんに。……心中を仕損った、この人の、こころざし――

 私は門まで遁出(にげだ)したよ。あとをカタカタと追って返して、

――それ、紅い糸を持って来た。縁結びに――白いのが()かったかしら、……あいては幻……

 と頬をかすられて、私はこの中段まで転げ落ちた。ちと大袈裟(おおげさ)だがね、遠くの暗い海の上で、稲妻がしていたよ。その夜、途中からえらい降りで。」……

……………………

……………………

 辻町は夕立を(おも)うごとく、しばらく息を沈めたが、やがて、ちょっと語調をかえて云った。

「お米坊、そんな、こんな、お母さんに聞いていたのかね。」

「ええ、お嫁に行ってから、あと……」

「そうだろうな、あの気象でも、(きま)りどころは整然(ちゃん)としている。嫁入前の若い娘に、余り聞かせる事じゃないから。

 ――さて、問題の提灯だ。成程、その人に、切籠燈(きりこ)のかわりに供えると、思ったのはもっともだ。が、そんな、実は、しおらしいとか、心入れ、とかいう奇特なんじゃなかったよ。懺悔(ざんげ)をするがね、実は我ながら、とぼけていて、ひとりでおかしいくらいなんだよ。月夜に提灯が贅沢(ぜいたく)なら、真昼間(まっぴるま)ぶらで提げたのは、何だろう、余程(よっぽど)半間さ。

 というのがね、先刻(さっき)お前さんは、(つれ)にはぐれた観光団が、鼻の下を伸ばして、うっかり見物している間抜けに附合う気で、黙ってついていてくれたけれど、来がけに坂下の小路(なか)で、あの提灯屋の前へ、私がぼんやり突立(つった)ったろう。

 場所も方角も、まるで違うけれども、むかし小学校の時分、学校近所の……あすこは大川(ぢか)窪地(くぼち)だが、寺があって、その門前に、店の暗い提灯屋があった。(ひげ)のある親仁(おやじ)が、紺の筒袖を、斑々(むらむら)胡粉(ごふん)だらけ。腰衣のような幅広の前掛(まえかけ)したのが、泥絵具だらけ、青や、(あか)や、そのまま転がったら、楽書(らくがき)獅子(しし)になりそうで、牡丹(ぼたん)をこってりと刷毛(はけ)(えど)る。()も桃色に(さっ)と流して、ぼかす手際が鮮彩(あざやか)です。それから鯉の滝登り。八橋一面の杜若(かきつばた)は、風呂屋へ進上の祝だろう。そんな比羅絵(びらえ)を、のしかかって描いているのが、嬉しくて、面白くって、絵具を解き()めた大摺鉢(おおすりばち)へ、鞠子(まりこ)宿(しゅく)じゃないけれど、薯蕷汁(とろろ)となって溶込むように……学校の帰途(かえり)にはその軒下へ、いつまでも立って見ていた事を思出した。時雨も(みぞれ)も知っている。夏は学校が(やすみ)です。桜の春、また雪の時なんぞは、その緋牡丹の燃えた事、冴えた事、葉にも(こけ)にも、パッパッと惜気(おしげ)なく金銀の(はく)を使うのが、御殿の廊下へ日の()したように輝いた。そうした時は、(うち)へ帰る途中の、大川の橋に、綺麗な牡丹が咲いたっけ。

 先刻(さっき)のあの提灯屋は、絵比羅も何にも描いてはいない。番傘の白いのを日向(ひなた)へ並べていたんだが、つい、その昔を思出して、あんまり店を(のぞ)いたので、ただじゃ出て来にくくなったもんだから、観光団お買上げさ。

――ご紋は――

――牡丹――

 何、描かせては手間がとれる……第一実用むきの気といっては、いささかもなかったからね。これは、(からかさ)でもよかったよ。パッと拡げて、菊を持ったお米さんに、背後(うしろ)から差掛けて登れば()かった。」

「どうぞ。……女万歳の広告に。」

「仰せのとおり。――いや、串戯(じょうだん)はよして。いまの並べた傘の小間隙間(すきま)へ、柳を透いて日のさすのが、銀の色紙(しきし)を拡げたような処へ、お前さんのその花についていたろう、蝶が二つ、あの店へ翔込(たちこ)んで、傘の上へ舞ったのが、雪の牡丹へ、ちらちらと(はく)が散浮く……

 そのままに見えたと思った時も――箔――すぐこの寺に墓のある――同町内に、ぐっしょりと濡れた姿を(はかな)く引取った――箔屋――にも気がつかなかった。薄情とは言われまいが、世帯の苦労に、朝夕は、細く刻んでも、日は遠い。年月が余り(へだた)ると、目前(めのまえ)の菊日和も、遠い花の霞になって、夢の(おぼろ)が消えて()く。

 が、あらためて、澄まない気がする。御母堂の奥津城を展じたあとで。……ずっと離れているといいんだがな。近いと、どうも、この年でも(きま)りが悪い。きっと冷かすぜ、石塔の下から、クックッ、カラカラとまず笑う。」

「こわい、おじさん。お(っか)さんだがいいけれど。……私がついていますから、冷かしはしませんから、よく、お拝みなさいましよね。

 ――(糸塚)さん。」

「糸塚……初路さんか。糸塚は姓なのかね。」

「いいえ、あら、そう……おじさんは、ご存じないわね。

 ――糸塚さん、糸巻塚ともいうんですって。

 この谷を一つ隔てた、向うの山の中途に、鬼子母神(きしもじん)様のお寺がありましょう。」

「ああ、柘榴寺(ざくろでら)――真成寺(しんじょうじ)。」

「ちょっとごめんなさい。私も端の方へ、少し休んで。……いいえ、構うもんですか。落葉といっても(にしき)のようで、勿体ないほどですわ。あの柘榴の花の散った中へ、鬼子母神様の雲だといって、草履を脱いで坐ったのも、つい近頃のようですもの。お母さんにつれられて。白い雲、青い雲、紫の雲は何様でしょう。鬼子母神様は(あか)い雲のように思われますね。」

 墓所は(じき)近いのに、面影を(はる)かに(しの)んで、母親を想うか、お米は恍惚(うっとり)して云った。

 ――聞くとともに、辻町は、その壮年を三四年、相州逗子(ずし)に過ごした時、新婚の(かれ)の妻女の、病厄のためにまさに絶えなんとした生命を、医療もそれよ。まさしく観世音の大慈の利験(りやく)に生きたことを忘れない。南海霊山の岩殿寺(いわとのじ)、奥の御堂(みどう)の裏山に、一処(ひとところ)咲満ちて、春たけなわな白光(びゃっこう)に、()しき(かおり)(みなぎ)った紫の(すみれ)の中に、白い山兎の飛ぶのを()つつ、病中の人を念じたのを、この時まざまざと、目前の雲に視て、輝く霊巌(れいげん)の台に対し、さしうつむくまで、心衷(しんちゅう)に、恭礼黙拝したのである。――

 お米の横顔さえ、《ろう》たけて、

「柘榴寺、ね、おじさん、あすこの寺内に、初代元祖、友禅の墓がありましょう。一頃は()う人どころか、(こけ)の下に土も枯れ、水も(かわ)いていたんですが、近年(ちかごろ)他国の人たちが方々から尋ねて来て、世評が高いもんですから、記念碑が新しく建ちましてね、名所のようになりました。それでね、ここのお寺でも、新規に、初路さんの、やっぱり記念碑を建てる事になったんです。」

「ははあ、和尚さん、娑婆気(しゃばっけ)だな、人寄せに、黒枠で……と身を投げた人だから、薄彩色(うすざいしき)水絵具の立看板。」

「黙って。……いいえ、お上人よりか、檀家の有志、県の観光会の表向きの仕事なんです。お寺は地所を貸すんです。」

「葬った土とは別なんだね。」

「ええ、それで、糸塚、糸巻塚、どっちにしようかっていってるところ。」

「どっちにしろ、友禅の(染)に対する(糸)なんだろう。」

「そんな、ただ思いつき、趣向ですか、そんなんじゃありません。あの方、はんけちの工場へ通って、縫取をしていらしってさ、それが原因(もと)で、あんな事になったんですもの。糸も紅糸(べにいと)からですわ。」

「糸も紅糸……はんけちの工場へ通って、縫取をして、それが原因(もと)?……」

「まあ、何にも、ご存じない。」

「怪我にも心中だなどという、そういっちゃ、しかし済まないけれども、何にも知らない。おなじ写真を並んで取っても、大勢の中だと、いつとなく、生別れ、死別れ、年が()つと、それっきりになる事もあるからね。」

 辻町は向直っていったのである。

「蟹は甲らに似せて穴を掘る……も可訝(おかし)いかな。おなじ穴の狸……飛んでもない。一升入の(ひさご)は一升だけ、何しろ、当推量も左前だ。誰もお(きま)りの貧のくるしみからだと思っていたよ。」

 また、事実そうであった。

「まあ、そうですか、いうのもお可哀相。あの方、それは、おくらしに賃仕事をなすったでしょう。けれど、もと、千五百石のお(やしき)(じょうろう)さん。」

「おお、ざっとお姫様だ。ああ、惜しい事をした。あの晩一緒に死んでおけば、今頃はうまれかわって、小いろの一つも持った果報な男になったろう。……糸も、紅糸は聞いても床しい。」

「それどころじゃありません。その糸から起った事です。千五百石の女ですが、初路さん、お妾腹(めかけばら)だったんですって。それでも一粒種、いい月日の(もと)に、生れなすったんですけれど、廃藩以来、ほどなく、お邸は退転、御両親も皆あの世。お部屋方の遠縁へ引取られなさいましたのが、いま、お話のありました箔屋なのです。時節がら、箔屋さんも暮しが安易(らく)でないために、工場(こうば)通いをなさいました。お邸育ちのお慰みから、縮緬(ちりめん)細工もお上手だし、お針は利きます。すぐ第一等の女工さんでごく上等のものばかり、はんけちと云って、薄色もありましょうが、おもに白絹へ、蝶花を綺麗に刺繍(ししゅう)をするんですが、いい品は、国産の誉れの一つで、内地より、外国へ高級品で出たんですって。」

「なるほど。」

       四

あれあれ見たか

  あれ見たか

…………………

「あれあれ見たか、あれ見たか、二つ蜻蛉(とんぼ)が草の葉に、かやつり草に宿かりて……その唄を、工場で唱いましたってさ。唄が初路さんを殺したんです。

 細い、かやつり草を、青く縁へとって、その片端、はんけちの雪のような()へ赤蜻蛉を二つ。」

 お米の二つ折る指がしなって、内端(うちは)に襟をおさえたのである。

「一ツずつ、蜻蛉が別ならよかったんでしょうし、外の人の考案(かんがえ)で、あの方、ただ刺繍だけなら、何でもなかったと言うんです。どの道、うつくしいのと、仕事の上手なのに、(ねた)(そね)みから起った事です。何につけ、かにつけ、ゆがみ曲りに難癖をつけないではおきません。処を図案まで、あの方がなさいました。何から思いつきなすったんだか。――その赤蜻蛉の刺繍が、大層な評判だし、分けて輸出さきの西洋の気受けが、それは、(すご)(いきおい)で、どしどし註文が来ました処から、外国まで、恥を(さら)すんだって、羽をみんな、手足にして、紅いのを縮緬のように唄い(はや)して、身肌を見せたと、騒ぐんでしょう。」

(巻初に記して一粲(いっさん)に供した俗謡には、二三行、

…………………

…………………

 脱落があるらしい、お米が口誦(くしょう)(はばか)ったからである。)

「いやですわね、おじさん、蝶々や、蜻蛉は、あれは衣服(きもの)を着ているでしょうか。

――人目しのぶと思えども

羽はうすもの隠されぬ――

 それも一つならまだしもだけれど、一つの尾に一つが続いて、すっと、あの、羽を八つ、静かに銀糸で縫ったんです、寝ていやしません、飛んでいるんですわね。ええ、それをですわ、

――世間、いなずま目が光る――

目次に戻る

目次