縷紅新草

3話 縷紅新草(3)

6,433字 約13分 2003年9月13日 公開

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 ――恥を知らぬか、恥じないか――と(みんな)でわあわあ、さも初路さんが、そんな姿絵を、紅い毛、(あお)い目にまで、露呈(あらわ)に見せて、お宝を儲けたように、唱い立てられて見た日には、内気な、優しい、上品な、着ものの上から触られても、毒蛇の牙形(はがた)(はだ)()みる……雪に咲いた、白玉椿のお人柄、耳たぶの赤くなる、もうそれが、砕けるのです、散るのです。

 遺書(かきおき)にも、あったそうです。――ああ、恥かしいと思ったばかりに――」

「察しられる。思いやられる。お前さんも聞いていようか。むかし、正しい武家の女性(にょしょう)たちは、拷問(ごうもん)(しもと)、火水の責にも、断じて口を開かない時、ただ、(きぬ)(うば)う、肌着を()ぐ、裸体にするというとともに、直ちに罪に落ちたというんだ。――そこへ掛けると……」

 辻町は、かくも心弱い人のために、西班牙(スペイン)セビイラの煙草工場のお転婆を(うらや)んだ。

 同時に、お米の母を思った。お京がもしその場に処したら、対手(あいて)の工女の顔に象棋盤(しょうぎばん)の目を切るかわりに、酢ながら心太(ところてん)()ちまけたろう。

「そこへ掛けると平民の子はね。」

 辻町は、うっかりいった。

「だって、平民だって、人の前で。」

「いいえ。」

「ええ、どうせ私は平民の子ですから。」

 辻町は、その乳のわきの、青い若菜を、ふと思って、覚えず肩を縮めたのである。

「あやまった。いや、しかし、千五百石の女、昔ものがたり以上に、あわれにはかない。そうして清らかだ。」

「中将姫のようでしたって、白羽二重の上へ(すべ)ると、あの方、白い指が消えました。露が光るように、針の(さき)を伝って、薄い胸から紅い糸が揺れて染まって、また(かが)って、銀の糸がきらきらと、何枚か、幾つの蜻蛉が、すいすいと浮いて写る。――(私が(そば)に見ていました)って、鼻ひしゃげのその頃の工女が、茄子(なす)の古漬のような口を開けて、()い年で話すんです。その女だって、その臭い口で声を張って唱ったんだと思うと、聞いていて、口惜(くや)しい、(にら)んでやりたいようですわ。――でも自害をなさいました、後一年ばかり、一時(ひところ)はこの土地で湯屋でも道端でも唄って、お気の弱いのをたっとむまでも、初路さんの刺繍を恥かしい事にいいましたとさ。

 ――あれあれ見たか、あれ見たか――、銀の羽がそのまま手足で、二つ蜻蛉が何とかですもの。」

「一体また二つの蜻蛉がなぜ変だろう。見聞(みきき)が狭い、知らないんだよ。土地の人は――そういう私だって、近頃まで、つい気がつかずに居たんだがね。

 手紙のついでで知っておいでだろうが、私の住んでいる処と、京橋の築地までは、そうだね、ここから、ずっと見て、向うの海まではあるだろう。今度、当地(こちら)へ来がけに、歯が(いた)んで、馴染(なじみ)歯科医(はいしゃ)へ行ったとお思い。その築地は、というと、用たしで、歯科医は大廻りに赤坂なんだよ。途中、四谷新宿へ突抜けの麹町(こうじまち)の大通りから三宅坂(みやけざか)、日比谷、……銀座へ出る……歌舞伎座の前を真直(まっすぐ)に、目的(めあて)明石町(あかしちょう)までと饒舌(しゃべ)ってもいい加減の間、町充満(いっぱい)、屋根一面、上下(うえした)、左右、縦も横も、微紅(うすあか)い光る雨に、花吹雪を浮かせたように、羽が透き、身が染って、数限りもない赤蜻蛉の、大流れを(みなぎ)らして飛ぶのが、行違ったり、(まんじ)に舞乱れたりするんじゃあない、上へ(ななめ)、下へ斜、右へ斜、左へ斜といった形で、おなじ方向を真北へさして、見当は浅草、千住(せんじゅ)、それから先はどこまでだか、ほとんど想像にも及びません。――明石町は昼の不知火(しらぬい)、隅田川の水の影が映ったよ。

 で、急いで明石町から引返(ひっかえ)して、赤坂の方へ向うと、また、おなじように飛んでいる。群れて()く。歯科医(はいしゃ)で、椅子に掛けた。窓の外を、この時は、幾分か、その数はまばらに見えたが、それでも、千や二千じゃない、二階の窓をすれすれの処に向う家の(ひさし)見当、ちょうど電信、電話線の高さを飛ぶ。それより、高くもない。ずっと低くもない。どれも、おなじくらいな空を通るんだがね、計り知られないその大群は、層を厚く、密度を(こまや)かにしたのじゃなくって、薄く透通る。その一つ一つの薄い羽のようにさ。

 何の事はない、見た処、東京の低い空を、淡紅(とき)一面の(しゃ)を張って、銀の霞に包んだようだ。聳立(そびえた)った、洋館、高い林、森なぞは、さながら、夕日の(べに)を巻いた白浪の上の(いわ)の島と云った(かたち)だ。

 つい口へ出た。(蜻蛉が大層飛んでいますね。)歯医師(はいしゃ)が(はあ、早朝からですよ。)と云ったがね。その時は四時過ぎです。

 帰途(かえり)に、赤坂見附で、同じことを、運転手に云うと、(今は少くなりました。こんなもんじゃありません。今朝六時頃、この見附を、客人で通りました時は、上下、左右すれ違うとサワサワと音がします。青空、青山、正面の雪の富士山の雲の下まで裾野を(おお)うといいます紫雲英(げんげ)のように、いっぱいです。赤蜻蛉に乗せられて、車が浮いて困ってしまいました。こんな経験ははじめてです。)と(あらた)めて吃驚(びっくり)したように言うんだね。私も、その日ほど(おびただ)しいのは始めてだったけれど、赤蜻蛉の群の一日都会に(みなぎ)るのは、秋、おなじ頃、ほとんど毎年と云ってもいい。子供のうちから大好きなんだけれど、これに気のついたのは、――うっかりじゃないか――この八九年以来なんだが、月はかわりません。きっと十月、中の十日から二十日(はつか)の間、三年つづいて十七日というのを、手帳につけて覚えています。季節、天気というものは、そんなに模様の変らないものと見えて、いつの年も秋の長雨、しけつづき、また大あらしのあった翌朝(あくるあさ)、からりと、嘘のように青空になると、待ってたように、しずめたり浮いたり、風に、すらすらすらすらと、薄い(あか)い霧をほぐして通る。

 ――この辺は、どうだろう。」

「え。」

 話にききとれていたせいではあるまい、お米の顔は緋葉(もみじ)の蔭にほんのりしていた。

「……もう(おそ)いんでしょう、今日は一つも見えませんわ。前の月の命日に参詣(おまいり)をしました時、山門を出て……あら、このいい日和にむら雨かと思いました。赤蜻蛉の羽がまるで銀の雨の降るように見えたんです。」

「一ツずつかね。」

「ひとツずつ?」

「ニツずつではなかったかい。」

「さあ、それはどうですか、ちょっと私気がつきません。」

「気がつくまい、そうだろう。それを言いたかったんだ、いまの蜻蛉の群の話は。それがね、残らず、二つだよ、比翼なんだよ。その刺繍(ししゅう)の姿と、おなじに、これを見て土地の人は、初路さんを殺したように、どんな唄を唱うだろう。

 みだらだの、風儀を乱すの、恥を(さら)すのといって、どうする気だろう。浪で洗えますか、火で焼けますか、地震だって壊せやしない。天を(おお)い地に(みなぎ)る、といった処で、颶風(はやて)があれば消えるだろう。(はかな)いものではあるけれども――ああ、その儚さを一人で身に受けたのは初路さんだね。」

「ええ、ですから、ですから、おじさん、そのお慰めかたがた……今では時世がかわりました。供養のために、初路さんの手技(てわざ)()(たた)えようと、それで、「糸塚」という記念の碑を。」

「…………」

「もう、出来かかっているんです。図取は新聞にも出ていました。台石の上へ、見事な白い石で大きな糸枠を据えるんです。刻んだ糸を巻いて、()で染めるんだっていうんですわ。」

「そこで、「友禅の碑」と、(つい)するのか。しかし、いや、とにかく、悪い事ではない。場所は、位置は。」

「さあ、行って見ましょう。半分うえ出来ているようです。門を入って、直きの場所です。」

 辻町は、あの、盂蘭盆の切籠燈(きりこ)に対する、寺の会釈を伝えて、お京が(かれ)に戯れた紅糸(べにいと)を思って、ものに手繰られるように、提灯とともにふらりと立った。

       五

「おばけの……蜻蛉?……おじさん。」

「何、そんなものの居よう(はず)はない。」

 とさも落着いたらしく、声を沈めた。その癖、たった今、思わず、「あ!」といったのは誰だろう。

 いま辻町は、蒼然(そうぜん)として苔蒸(こけむ)した一基の石碑を片手で抱いて――いや、抱くなどというのは(はば)かろう――霜より冷くっても、千五百石の(じょうろう)の、石の(むくろ)ともいうべきものに手を添えているのである。ただし、その上に、沈んだ藤色のお米の羽織が袖をすんなりと墓のなりにかかった、が、織だか、地紋だか、影絵のように細い柳の葉に、菊らしいのを薄色に染出したのが、白い山土に敷乱れた、枯草の中に咲残った、一叢(ひとむら)の嫁菜の花と、入交(いりま)ぜに、空を蔽うた雑樹を()れる日光に、幻の影を()めた、墓はさながら、(こずえ)を落ちた、うらがなしい綺麗な錦紗(きんしゃ)の燈籠の、うつむき伏した風情がある。

 ここは、切立(きったて)というほどではないが、巌組(いわぐ)みの(みち)(けわ)しく、砕いた薬研(やげん)の底を(あが)る、()れた滝の(あと)に似て、草土手の小高い処で、(るいるい)と墓が並び、傾き、また倒れたのがある。

 上り切った卵塔の一劃、高い処に、裏山の峯を()いて繁ったのが、例の高燈籠の大榎で、巌を縫って(わだかま)った根に寄って、先祖代々とともに、お米のお(っか)さんが、ぱっと目を開きそうに眠っている。そこも蔭で、薄暗い。

 それ、持参の昼提灯、土の下からさぞ、半間だと罵倒(ばとう)しようが、白く(すわ)って、ぼっと包んだ線香の煙が(なび)いて、裸蝋燭(ろうそく)の灯が、静寂な風に、ちらちらする。

 榎を(くぐ)った彼方(かなた)の崖は、すぐに、大傾斜の窪地になって、山の(すそ)まで、寺の裏庭を取りまわして一谷(ひとたに)一面の卵塔である。

 初路の墓は、お京のと相向って、やや斜下、左の草土手の処にあった。

 見たまえ――お米が外套(がいとう)を折畳みにして袖に取って、背後(うしろ)に立添った、前踞(まえこご)みに、辻町は手をその石碑にかけた羽織の、裏の(なまめ)かしい中へ、さし入れた。手首に冴えて淡藍(うすあい)が映える。片手には、頑丈な、(さび)の出た、木鋏(きばさみ)を構えている。

 この大剪刀(おおばさみ)が、もし空の樹の枝へでも引掛(ひっかか)っていたのだと、うっかり手にはしなかったろう。盂蘭盆の夜が更けて、燈籠が消えた時のように、羽織で包んだ初路の墓は、あわれにうつくしく、且つあたりを籠めて、陰々として、鬼気が(こも)るのであったから。

 鋏は落ちていた。これは、寺男の爺やまじりに、三人の日傭取(ひようとり)が、ものに驚き、泡を食って、遁出(にげだ)すのに、投出したものであった。

 その次第はこうである。

 はじめ二人は、(いしだん)から、山門を入ると、広い山内、鐘楼なし。松を控えた墓地の入口の、(とざ)さない木戸に近く、八分出来という石の塚を()た。台石に特に意匠はない、つい通りの巌組一丈余りの上に、(あつら)えの枠を置いた。が、あの、くるくると糸を廻す棒は見えぬ。くり抜いた跡はあるから、これには何か考案があるらしい。お米もそれはまだ知らなかった。枠の四つの()は、その半面に対しても(さいわい)(かなえ)に似ない。鼎に似ると、()るも()くも、いずれ繊楚(かよわ)い人のために見る目も忍びないであろう処を、あたかも(よし)、玉を捧ぐる白珊瑚(しろさんご)(なめら)かなる枝に見えた。

「かえりに、ゆっくり拝見しよう。」

 その母親の展墓である。自分からは急がすのをためらった案内者が、

「道が悪いんですから、気をつけてね。」

 わあ、わっ、わっ、わっ、おう、ふうと、鼻呼吸(いき)を吹いた(つら)を並べ、手を挙げ、胸を(たた)き、(こぶし)を振りなど、なだれを打ち、足ただらを踏んで、一時(ひといき)に四人、摺違(すれちが)いに木戸口へ、茶色になって()いて出た。

 その声も跫音(あしおと)も、響くと、もろともに、落ちかかったばかりである。

 不意に()つかりそうなのを、軽く身を抜いて路を避けた、お米の顔に、鼻をまともに突向けた、先頭(さきて)第一番の(じじい)が、(つら)も、(すね)も、一縮みの(しわ)の中から、ニンガリと変に笑ったと思うと、

「出ただええ、幽霊だあ。」

 幽霊。

「おッさん、蛇、(まむし)?」

 お米は――幽霊と聞いたのに――ちょっと眉を(ひそ)めて、蛇、蝮を憂慮(きづか)った。

「そんげえなもんじゃねえだア。」

 いかにも、そんげえなものには(おび)えまい、面魂、印半纏(しるしばんてん)も交って、布子のどんつく、半股引(はんももひき)空脛(からずね)が入乱れ、屈竟(くっきょう)な日傭取が、早く、糸塚の前を摺抜けて、松の下に、ごしゃごしゃとかたまった中から、寺爺やの白い眉の、びくびくと動くが見えて、

「蜻蛉だあ。」

「幽霊蜻蛉ですだアい。」

 と、冬の麦稈帽(むぎわらぼう)(かぶ)った、若いのが声を掛けた。

「蜻蛉なら、幽霊だって。」

 お米は、莞爾(にっこり)して坂上りに、衣紋(えもん)のやや乱れた、浅黄を雪に透く胸を、身繕いもせず、そのまま、見返りもしないで木戸を入った。

 (いわ)は鋭い。踏上る(みち)(けわ)しい。が、お米の双の爪さきは、白い蝶々に、おじさんを載せて、高く導く。

「何だい、今のは、あれは。」

「久助って、寺爺やです。卵塔場で働いていて、休みのお茶のついでに、私をからかったんでしょう。子供だと思っている。おじさんがいらっしゃるのに、見さかいがない。馬鹿だよ。」

「若いお前さんと、一緒にからかわれたのは嬉しいがね、(おど)かすにしても、寺で幽霊をいう奴があるものか。それも蜻蛉の幽霊。」

「蛇や、蝮でさえなければ、蜥蜴(とかげ)が化けたって、そんなに可恐(こわ)いもんですか。」

「居るかい。」

「時々。」

「居るだろうな。」

「でも、この時節。」

「よし、私だって驚かない。しかし、何だろう、ああ、そうか。おはぐろとんぼ、黒とんぼ。また、何とかいったっけ。漆のような真黒(まっくろ)な羽のひらひらする、(ほそ)く青い、たしか河原蜻蛉とも云ったと思うが、あの事じゃないかね。」

「黒いのは精霊蜻蛉ともいいますわ。幽霊だなんのって、あの(じじ)い。」

 その時であった。

「ああ。」

 と、お米が声を立てると、

(ひど)いこと、墓を。」

 といった。声とともに、着た羽織をすっと脱いだ、が、紐をどう解いたか、袖をどう、手の菊へ通したか、それは知らない。花野を(さっ)(なび)かした、一筋の風が藤色に通るように、早く、その墓を包んだ。

 向う傾けに草へ倒して、ぐるぐる巻というよりは、がんじ(がら)みに、ひしと荒縄の汚いのを、無残にも。

「初路さんを、――初路さんを。」

 これが女の碑だったのである。

茣蓙(ござ)にも、(むしろ)にも包まないで、まるで裸にして。」

 と気色(けしき)ばみつつ、且つ恥じたように耳朶(みみたぶ)を紅くした。

 いうまじき事かも知れぬが、辻町の目にも咄嵯(とっさ)に印したのは同じである。台石から取って()えした、持扱いの荒くれた爪摺(つまず)れであろう、青々と苔の蒸したのが、ところどころ《むし》られて、日の(くま)(かすか)に、石肌の浮いた影を膨らませ、影をまた凹ませて、残酷に(から)めた、さながら白身の(やつ)れた女を、反接緊縛(きんばく)したに異ならぬ。

 推察に(かた)くない。いずれかの都合で、新しい糸塚のために、ここの位置を動かして持運ぼうとしたらしい。

 が、心ない仕業をどうする。――お米の羽織に、そうして、墓の姿を隠して()かった。花やかともいえよう、ものに激した挙動(ふるまい)の、このしっとりした女房の人柄に似ない(すばや)仕種(しぐさ)の思掛けなさを、辻町は怪しまず、さもありそうな事と思ったのは、お京の娘だからであった。こんな場に出逢っては、きっとおなじはからいをするに疑いない。そのかわり、娘と違い、落着いたもので、澄まして羽織を脱ぎ、背負揚(しょいあげ)を棄て、悠然と帯を(いわお)に解いて、あらわな長襦袢(ながじゅばん)ばかりになって、小袖ぐるみ墓に着せたに違いない。

 何、夏なら、炎天なら何とする?……と。そういう皮肉な読者(おかた)には弱る、が、言わねば卑怯(ひきょう)らしい、裸体(はだか)になります、しからずんば、辻町が裸体にされよう。

 ――その墓へはまず詣でた――

 引返(ひっかえ)して来たのであった。

 辻町の何よりも早くここでしよう心は、立処(たちどころ)に縄を切って棄てる事であった。瞬時といえども、人目に(さら)すに忍びない。()るとなれば手伝おう、お米の手を借りて解きほどきなどするのにも、二人の目さえ当てかねる。

 さしあたり、ことわりもしないで、他の労業を無にするという遠慮だが、その申訳と、渠等(かれら)を納得させる手段は、酒と餅で、そんなに煩わしい事はない。手で招いても渋面の(しわ)は伸びよう。また厨裡(くり)心太(ところてん)を突くような跳梁権(ちょうりょうけん)を獲得していた、檀越(だんおつ)夫人の嫡女(ちゃくじょ)がここに居るのである。

 栗柿を()く、庖丁、小刀、そんなものを借りるのに手間ひまはかからない。

 大剪刀(おおばさみ)が、あたかも蝙蝠(こうもり)の骨のように飛んでいた。

 取って構えて、ちと勝手は悪い。が、縄目は見る目に忍びないから、(きぬ)を掛けたこのまま、留南奇(とめき)()く、絵で見た伏籠(ふせご)を念じながら、もろ手を、ずかと袖裏へ。驚破(すわ)、ほんのりと、暖い。(ぶん)と薫った、石の肌の(やわら)かさ。

 思わず、

「あ。」

 と声を立てたのであった。

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